Mimi Gray
2019年1月22日

あなたの「ビジュアル食生活」は健康的か?

何を視覚的に消費し、何をダブルタップして見るかで、大きな違いが生まれる。だからこそ物事に対し、前向きな姿勢で臨んでいこう。

あなたの「ビジュアル食生活」は健康的か?

大抵午前9時までに、私はすでに500以上の画像を目にしている。この数字に驚く人も呆れる人もいるだろうし、称賛する人もいるかもしれない。だが実はとても簡単なことだ。

朝ベッドから出るまでに、すでにインスタグラムで50の画像を目にしている。ニュースをつけると、事件や有名人、どこかの海に浮かぶプラスチックごみの画像などが目に飛び込んでくる。バスに乗ると、そこでまたスマートフォンの画面をスクロールして100ほどの画像をぼんやり閲覧。窓の外に目をやれば、看板やバスの車体広告、店舗や壁の絵や写真などが次々に現れては消えていく。地下鉄に向かう途中で雑誌を買い、またスマートフォンをチェックする。

午前9時、見た画像は500以上になった。ほら、簡単なことだと言ったでしょう? そして午前10時半までには、その数が2倍に膨らんだ。

私たちは日々、何千の画像を無理やり消費させられている。過度に修正され、セクシーな味付けをされた小さな画像が、後から後からどんどん流れてくる。時にはそのせいでむなしさや、無力感を覚えたりする。この画像消費は、私たちの社会の産物だ。私たちはいつも多忙で時間に追われ、情報に飢えているのだから。だがこういった画像には、何の栄養もない場合が多い。ただそこにあるからという理由で、私たちはこういった画像を貪っているのだ。

こういった背景から、「ビジュアル・ダイエット」プロジェクトが生まれた。昨年この問題を考え始めた時は、まだ個人的な段階で、業界のムーブメントといったものでは決してなかった。私たちはみな、無抵抗に画像を摂取しているだけでなく、提供もしている。世界に吐き出すものに対して、みな責任を負っているのだ。

スーザン・ソンタグは1977年に発表した『写真論』の中で、こう書いている。「写真によって現実を確認し、経験を強めてもらう必要があるということは、いまやだれもがその中毒にかかっている美的消費者中心主義である。産業社会は市民を映像麻薬常用者に変えている。それはもっとも抵抗しがたい形の精神公害である」(近藤耕人訳、昌文社、1979年)

洞察に満ち、強い影響力を持つ、この彼女の論考発表から40年経った今、私たちはブルーライトとバイブレーション、「いいね!」ボタンを装備し、砂糖を欲するかのようにサイバー上で承認を求めている。

我々はいかにして、ここまで来たのか?

自己認識(顔の写っている写真はそうでない写真より40%も多くの「いいね!」がつく)と、社会的相互関係(「いいね!」をしてくれれば「いいね!」を返すハッシュタグ「#like4like」のような)との組み合わせによって、私たちは好きでないものにもハートマークをつけるようになった。

ビキニ姿でケーキをほおばるキム・カーダシアン。雑誌の表紙を飾ったインスタグラム上の仮想セレブ、リル・ミケーラ(実際の人間でさえもない!)。プールサイドでの友人の自撮り(この友人はなぜかいつも休暇中のように見える)。

こういったコンテンツをあまりにも多く消費すると、うつや不安感、自己陶酔といった心の病につながり得る。最近では、画像処理された自撮り写真のように自分の見かけを変えるべく整形手術を受けるという「スナップチャット障害」さえ起きている。

反社会的ソーシャルメディアは、この文化現象の一つにすぎない。私たちは広告業に携わる者として、イメージを作り上げる業界の人間として、人々の心の健康を守り、人々の心に良い刺激を与える大きな責任を負っている。

私たちはインフルエンサーを似非セレブに仕立て上げ、有料コンテンツとそうでないものとの境目を曖昧にし、問題を生み出してきた。私たちはペースを落とし、「シェア」ボタンを押す前に、自分がアップロードする画像の副作用を考える必要がある。それがフォロワー10万人に対するものであれ、100人に対するものであれ。

自己意識の高まり

「ビジュアル・ダイエット」プロジェクトは、現在の私たちの、イメージを貪りソーシャルメディアと関わるやり方に疑問を唱え、画像消費についての意識を高めるよう訴えるものだ。

私たちは、自分たちが目にするものを常にコントロールすることはできない(謎の存在を見たら死ぬという映画『バード・ボックス』に刺激を受けた人々のように目隠しで動き回るような、極端なダイエット方法を除いては)。だができる範囲で、ビジュアル的に栄養価の高い、インスピレーションに満ちた空間を生み出すよう努めるべきだ。私たちのありようは自分が見るもので決まるというならば、私は良いものだけを目にしたい。そしてこれは、業界外の人たちに対してもそうであるように、エージェンシーでクリエイティブに携わる人間にとって同じことが言えるのだ。

ネガティブなことばかり言っているようだが、私は本当に希望を持っている。私たちはおそらく5年、あるいは6年後には、今プラスチックのストローで飲み物を飲んでいる(ウミガメにやさしいとは言えない)人を見たときに感じるような軽蔑感を持って、自撮り写真を見ているだろう。

時代は動いている。信じられないかもしれないが、私たちは明らかに転換点に到達しようとしている。画面を見ている時間を意識するようになったし、毎年9月は一カ月間ソーシャルメディアから離れようという「スクロール・フリー・セプテンバー」という動きがある。画像加工ソフトで修正した画像にはその旨を明記することを義務づけるよう求める、請願も出されている(すでにフランスでは法制化されている)。また最近あなたの周囲で「ソーシャルメディアを卒業した」と、あたかも麻薬使用を止めたかのように誇らしげに公表している人がいないだろうか。

クリエイティブ業界は、画像の扱いにおいてロールモデルになるべきだ。私たちをおいて、他にはいないからだ。

そういった道筋を作っているのは、「クリエイティブの美を解放する」とうたう『ビューティーペーパーズ(Beauty Papers)』や、レタッチされていないアナログなコンテンツばかりを掲載する『パイロット(Pylot)』といった、型破りな雑誌だ。

化粧品ブランド「リンメル ロンドン(Rimmel London)」の、自分を自由に表現しようという「#IWillNotBeDeleted(私は削除されない)」キャンペーンや、生理用品ブランド「リブレス(Libresse)」の女性器の多様性を訴える「Viva La Vulva」は、新しい動きの表れだ。ジャミーラ・ジャミルは、自分が重きを置くことを「#I_Weigh(私の重み)」というハッシュタグをつけてインスタグラムで披露する試みを発案。「自分の外見を恥じたり憎んだりするメディア主導の傾向に対する革命」だという。生理用品が不要な下着のブランド「シンクス(Thinx)」も、さまざまな試みを展開している。

ありのままの女性の肌をテーマにした、ソフィー・ハリス・テーラーの写真の連作「Epidermis」は、私たちが「不完全さ」とみなすものを覆し、「普通」を再定義している。サラ・シャキールは、女性のストレッチマーク(肉割れや妊娠線など)にグリッター加工を施した作品を発表した。また、カイリー・ジェンナーの持つインスタグラムの「いいね!」世界記録を、単なる卵の画像が更新した。まだまだ、挙げればきりがない。

さて、今後は?

私たちは皆でこの怪物を作り出したが、打ち勝つことだってできる。一人ひとりが、画像の出どころはどこかを考え、良い意味での懐疑的な視点を持ち続けるようにしよう。クリエイティブに携わる人間として、良いものをもっと目にしよう。必要ならばカニエ・ウェスト&キム・カーダシアン夫妻をフォローし続けるのはいいが、ポジティブで気持ちよく感じる画像やイメージを追求し、バランスの良い「ビジュアル食生活」を送ろう。そういったものが、目や心の良い「野菜」や「スープ」になってくれる。

脳に良い食べ物、という話は聞いたことがあるだろうか。摂取するのは魚ではなく、アートなのだ。信じられないって? 今カナダで話題になっているのは、健康のためにアート鑑賞を医師が処方するという試みだ。ドイツの画家ゲルハルト・リヒターが言っているように「アートは、希望の最高の形態」。私はこれを心から信じている。

業界として私たちは革命を率いる必要がある。人々の心を満たすものを提供しよう。オンライン上でつながる相手に対しては慎重になろう。そして、責任を持って画像を投稿してほしい。

ダブルタップするたび、私たちは自分たちが住みたいと思う世界に票を投じていることになる。だから、愛は出し惜しみしよう。無料ではないのだから。そして「いいね!」に、見合う価値があるわけではないことを忘れずに。成功の度合いが、ソーシャルメディア上の数字ではなく、心の安寧や、心の健康で測られる世界を生み出そう。

あなたの「ビジュアル食生活」は、どうなっているだろうか?

(文:ミミ・グレイ 編集:田崎亮子)

ミミ・グレイ氏は、M&C サーチ(M&C Saatchi)のビジュアルコンテンツ責任者。

提供:
Campaign UK

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