Jessica Goodfellow
2021年6月24日

アップルと中国:プライバシー戦略がインターネットを分断する

ユーザーのプライバシーを保護するために設計された機能が、将来的にアップルと政府との関係に悪影響を及ぼす可能性がある。インターネット検閲を悪化させるハイテク企業の役割と、倫理に対する商業的コストを検証する。

北京にあるアジア最大のアップルストア
北京にあるアジア最大のアップルストア

アップルの最新のプライバシー機能により、同社の二極化が一層進んでいる。プライバシーリーダーとしての使命を果たす一方で、世界的な事業展開と収益を守ることができるかどうか、難しい決断を迫られているのだ。もし各国政府がアップルをコントロール可能な企業とみなすのならば、同社の決定は将来的に自らの立場を悪化させる可能性がある。

iPhoneのメーカーであるアップルは、6月上旬に開催された年次ソフトウェア開発者会議で、一連の追加的なプライバシー保護機能を発表した。その中の一つが、ユーザーのウェブ閲覧状況をインターネットサービスプロバイダーや広告主から見えないようにする機能だ。

この「プライベートリレー」機能は、ウェブトラフィックからIPアドレスを取り除き、代わりに一時的なIPアドレスをユーザーに割り当てる。その狙いは、「フィンガープリンティング」などの同意のないトラッキング技術に対処することで、広告主がIPアドレスを用いて個人の位置を特定することを防ぐことだ。グーグルも、「Willful IP Blindness」という同様の機能を開発中だ。

アップルによると、この機能は次の10カ国ではユーザーに提供されることはないという。具体的には、中国、ベラルーシ、コロンビア、エジプト、カザフスタン、フィリピン、サウジアラビア、南アフリカ、トルクメニスタン、ウガンダだ。これら場の多くでは、インターネットの監視、検閲をしており、それを実行するのに障害となる暗号化や仮想プライベートネットワーク(VPN)といった技術の使用も禁止している。アップルがこれらの市場で事業を継続するためには、サービスを市場に合わせる必要がある。

しかし、そうすることで、「プライバシーは基本的人権」というアップルの中核的な信念が損なわれてしまうと業界関係者らは考えている。アップルが自らをプライバシーファーストの企業として売り込みながら、個人のプライバシー権を認めない政府を支持することは適切なのだろうか?

アップルのウェブサイトのスクリーンショット


インターパブリック・グループ(IPG)傘下のエージェンシー、UMワールドワイドでグローバルブランドセーフティオフィサーを務めるジョシュア・ローコック氏はこう語る。「アップルがプライバシーを、自社デバイスの機能やサービスとしてうまく売り込んできた手法を見ると、ユーザーがこのプライバシー提案を高く評価していることは明らかだ。一部の市場において、プライバシー機能の提供を制限するアップルの動きは、他の市場の規制当局、競合他社、消費者から批判される可能性がある。そうした批判派は、アップルによるプライバシーに関する約束が、十分に順守されていないと考えるかもしれない」

「さらに悪いことに、これが引き金となり、すべての国が、他の市場を前例として、セキュリティやプライバシーの面でアップルに何らかの譲歩を求める可能性もある」とローコック氏は指摘する。

倫理と収益のバランス

アップルは近年、自社のコアバリューとは相反する譲歩を行い、プライバシー擁護団体から批判を受けてきた。最も顕著な事例は中国で起きたもので、すべてのユーザーデータを国営のクラウドセンターに移行し、同国内の法制度を通じて当局がデータにアクセスできるようにしたことだ。また、政府の要求に応じて、中国のApp StoreからVPNアプリや一部のポッドキャストアプリRSSフィードリーダーを削除した。2019年に香港で起きた民主化デモの際には、中国国営メディアの圧力を受けて、デモ参加者が組織化し、警察の動きを追跡するために使用していたアプリや、抗議活動を広く報じて高く評価されていたニュースアプリを削除している。

これらの動きにより、アップルは米中間の複雑な地政学的緊張の中心に置かれることとなった。当時、両国の首脳が互いに貿易関税を課しており、それがアップルの株価を下落させていた。アップルは、製品の組み立て、そして売上の約15%を中国に依存しているため、貿易摩擦の影響を特に受けやすい。香港での検閲を助長することは、本拠を置く米国での姿勢と真逆だが、アップルが「たった一つのアプリのために、巨大な中国ビジネスを危険にさらしたくないと考えたのは明らかだ」と、企業問題専門家のデビッド・ウルフ氏は当時述べている。コンサルティング企業アリソン・アドバイザリー(Allison Advisory)でマネージングディレクターを務めるウルフ氏は、アップルが第3の収益源である中国でのビジネスを守るために妥協を続けるならば、同社の評判に「反論の余地のないダメージ」を与える可能性があると警告した。

「アップルは米国と中国の規制のあいだをうまくかいくぐろうと考えている」と指摘するのは、国際ビジネス関係と多極化世界の専門家であるダン・スタインボック氏だ。「もし米国の意向を無視するなら、収益の大半を占める米国での圧力が強まることになる。一方、中国の意向を無視するなら、重要な国外市場で疎外されるリスクがある。さらに、米国の政策決定者がアップルに過度の圧力をかけるなら、同社が大きなウェイトを占める米国の株式相場が不安定になるリスクもある。一方、アップルの活動は、中国全体だけでなく、小さな省である貴州省でも重視されており、それには同社の同省におけるデータベースへの投資が大きく関わっている」

「21世紀序盤の商業的成功には、グローバルでの有効性とローカルへの対応力の両方が必要だ」と、スタインボック氏は付け加える。「どちらか一方の問題ではなく、この2つのバランスが重要なのだ」

オーストラリアのスウィンバーン工科大学でメディア学の上級講師を務めるベリンダ・バーネット氏は、一部の市場でプライバシー保護機能を低下させて提供するというアップルの決定が、ユーザーにとって最善の利益になるとは考えないが、別の道を選ぶなら、ほとんどの営利企業が望まない犠牲を払うことになるとしている。

「我々は、中国共産党が生み出した社会政治的な問題に、ハイテク企業が立ち向かうことは期待できない」とバーネット氏は言う。「中国は現在、大規模な監視システムを導入しており、アップルのプライバシーに関する変更は、中国政府が望む市民の完全な透明性に反するものだった。アップルの選択肢は、中国政府を喜ばせるためにポリシーを変更するか、あるいは市場から撤退するかのどちらかしかない」

「フェイスブックが米国議会議事堂襲撃後にトランプ前大統領のアカウントを停止したように、権力に対抗する姿勢を示すのは良いことだろう。しかし、政治情勢によっては、政府が単に製品やブランドを禁止したり、厳しく制限したりという結果を招くだけになる」

インターネットを検閲しようとする国が増えるなか、UMワールドワイドのローコック氏は、プラットフォームが倫理と商業の大きなジレンマに日々近づきつつあると指摘する。

「例えばツイッターはインドにおいて、自社の理念やユーザーとの約束を守るのか、政府の要求に従うのか、それとも市場から撤退するのかを、決断する必要性に迫られている」とローコック氏。「特に、株主への説明責任がある場合には、難しい選択となる」

グローバルコンサルティング企業、ディファレンス・グループ(Difference Group)を創業したスタインボック氏は、中国のハイテク企業が世界的な規模を求める際には、困難な政治的決断に直面している事実を認識することが重要だと指摘する。

「米国の立場からは、アップルは中国で譲歩していると見られている」とスタインボック氏は言う。「しかし、中国ではアップルやICT大手は歓迎されている。中国の見立てでは、中国の主要なICT大手はすべて、米国で大きな譲歩を余儀なくされることが予想されており、ファーウェイやTikTokへの10年間にわたる排除措置や、中国の米国に対する海外直接投資(FDI)の急落などに見られるように、米国で歓迎されている中国企業はほとんどないようだ」

インターネットを分断する

このような政治情勢は、インターネットの分断につながっている。言論の自由や個人のプライバシー権を守る側面と、コントロールの側面だ。アップルが、提供するサービスを市場別に分けたことは、「スプリンターネット(分断されたインターネット)を常態化させる」とローコック氏は警告する。「このことは、アップルが自社のサービスに対して持っている統制力を損ない、個人の権利を著しく悪化させるリスクがある」

「アップルの場合のように、現地の法律を順守するために一部の機能やサービスを削除することは大きなリスクではない。しかし、デジタルサービスやプラットフォームが、政府によって抑圧や支配の道具として武器化されてしまうことはリスクだ」とローコック氏は憂慮する。

これは、インターネットに対する統制を強めようとする国が増えているなかで、特に懸念されることだ。インターネットは、民主主義にとって重要なツールであり、市民が自由に情報にアクセスできる環境を提供してきたが、過去20年間、特に2001年9月11日以降、「国家安全保障」の名の下に「大きく逸脱した」とスタインボック氏は振り返る。

「昨今の実際の影響として、おそらく政府の商業的介入に際して、国家安全保障が引き合いに出されることが増えてくるだろう」とスタインボック氏は付け加える。

スタインボック氏とローコック氏はともに、政府や法執行機関に適切な監視能力を与える一方で、情報の自由な流れと個人の権利を守るため、プライバシーに関する多国間の協力が「急務」だと考えている。

「GDPR(EU一般データ保護規則)によってEUと米国のあいだで生じたデータ転送の問題は、友好国間であっても、簡単な用語を一致させるのにも苦労することを示している」とローコックは説明する。「これは、グローバルな規制や協定が、プライバシー、データ、テクノロジーの分野にいかに追いついていないかを示すものだ。ここでは、G7やAPEC(アジア太平洋経済協力)などがリーダーシップを発揮することが求められている。彼らが率先して、データ、プライバシー、ユーザーの権利に関する重要な原則を一致させることや、ネットの分断を回避すること。そして、コンプライアンスの維持が困難になったためにプラットフォームが市場から撤退しようとする際には、その経済的なリスクを軽減することが求められている」

「各国政府は、多国間の協力を通じてプライバシーに関する目標を達成することが可能なはずだが、残念ながら現在は、貿易戦争や新保護主義のためにそれができなくなっている」と、スタインボック氏は分析している。

提供:
Campaign; 翻訳・編集:

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