Robert Sawatzky
2021年5月13日

プライバシー尊重をめぐる複雑な状況とは

これまで不信感を募らせてきたAPACの消費者は、公平な価値交換を承諾してくれるのか、それとも個人を特定できる情報(PII)を使用しないコンテクスチュアルソリューションが主流になるのか、業界の専門家たちがこうした点について議論した。

プライバシー尊重をめぐる複雑な状況とは

Campaign、フォレスター、世界広告主連盟(WFA)による最新の調査によると、サードパーティCookieが徐々に廃止されつつある中、ブランドは自社が保有・管理する消費者データへの依存に傾いている。調査では、消費者プライバシーに関する規制が厳格化されていく世界におけるマーケティングの複雑な状況が示されている。

データ収集が、消費者にとってより互恵的になることを理想とする世界において、ブランドの60%は、より良いプライバシー慣行を取り入れることが、マーケティングをより効果的にする利点になり得るのではないかとみている。しかし、ブランド、メディアエージェンシー、パブリッシャー、アドテクソリューションなどの幹部たちが意見を交わした「Campaign360」のオープニングディスカッションを聞く限り、実像はもっと複雑であり、消費者の信頼を回復するためには、個人データの縮小や普遍的なマーケティング活動への回帰がみられるかもしれない。

個人データの公平な価値交換

ユニリーバでグローバルメディア担当のバイスプレジデントを務め、WFAのAPACバイスプレジデントでもあるデビッド・ポーター氏は、「ブランドが積極的にデータを収集するようになるにつれ、GDPRなどの規制に準拠さえすればいいというわけではないとの認識が高まっている。重要なのは、「人々が喜んで参加したくなる、真に公平な価値交換を作り上げることだ」と述べ、「それこそがこの新たな状況において、ブランドが成功するための秘策となるだろう」と語った。

ザ ・トレード・デスクでクライアントサービス担当ゼネラルマネージャーを務めるサマンサ・パールソン氏によると、APACの広告主には強みがあるという。同社の独自調査によると、この地域はEMEA(欧州、中東、アフリカ)や米国よりも無料インターネットの価値交換を消費者が理解しているというのだ。

パールソン氏は、「我々の調査から、APACでは、消費者の約半分が、無料のオンランコンテンツと引き換えにネット上の関心事に関する情報を提供し、関心に基づく広告を受け取ることを厭わないことがわかった。この割合は他の地域と比較しても顕著に高い。EMEAと米国だと、関心に基づく広告を受け取るために情報を提供することを望むのは、消費者のわずか3分の1だ」と説明した。

しかし、消費者がどこまで協力してくれるかに関しては、依然として懐疑的な見方がある。Campaign、フォレスター、WFAの合同調査では、ブランド、エージェンシー、パブリッシャーの大半が消費者はまだ価値を理解していないと感じており、消費者が長年スパムを送りつけられていると感じている場合、その状況を覆すのはさらに 困難だと WFAのポーター氏は指摘している。

グループエムのAPAC担当CEO、アシュトシュ・スリヴァスタヴァ氏はこれに同意し、より真摯な態度で臨むべきだと述べた。「現実を直視しましょう。我々の業界は、常にユーザーと関連性の高いコンテクスチュアルターゲットを実施することで、成功してきたわけではない。知ってのとおり、スパムが大量に出回っており、望まれない数多くのメッセージがポップアップして消費者の体験を妨げている。すばらしい価値交換を作り出せる広告は、理論上は存在している。しかし、実際には、業界としてはそうでないことが多い」と同氏は言う。

HSBCで顧客および国際関係担当グループ責任者を務めるリチャ・ゴスワミ氏は、ブランドやマーケターは、消費者がプロダクトやサービスを利用するための情報提供をどの程度望んでいるかについて、過大に評価してしまうことがあると語る。そのため同氏の最近の業務においては、たとえば情報を収集して金融商品を単に売り込むのではなく、顧客への金融リテラシーの提供強化に取り組んでおり、そうすることで、情報共有の機会をより適切で内容に沿ったものにできるという。

グループエムのスリヴァスタヴァ氏は、まだやれることはたくさんあるとした上で、業界は、意識を向上させ、人々の役に立つ、より責任ある広告に注力することで、収集したあらゆる情報を駆使し、より関連性のある体験を目指し続けることができるだろうと語った。

同意取得

サウスチャイナ・モーニング・ポストのデジタル担当バイスプレジデント、イアン・ホッキング氏は、これまで最も不信感を募らせてきた問題の一つは、消費者データ収集の多くが、消費者が知らないところで承諾を得ずに行われてきたことであり、それゆえ今はどのような価値交換に対しても最初の反応は否定的なのだと語った。

「ユーザーは、ID取得の開示(オプトインと承諾)と不開示によるメリットの違いや、エコシステム全体に及ぼされる違いのことを理解していないのは確かだ」とホッキング氏は言う。「トラッキングとデータ侵害についてしか認識されていないため、ユーザーにとっては、そうしたものはすべて悪いものに見える。だとすると、個々の消費者が、機会を目の前にしながらも、プライバシーを心配してオプトアウトしてしまうことを非難することはできないのではないだろうか」

ホッキング氏はさらに、「もしかすると、大手テック企業やプラットフォームのなかには、プライバシーを利用した利益獲得手法をやめて、消費者に事態が悪化した場合に何が起こるのかを警告したうえで、より良いオープンウェブに向けた普遍的な基準の作成に真剣に取り組むところもあるかもしれない」とも述べている。

しかし、Campaign、フォレスター、WFAの合同調査では、Cookieのない世界に備えるいま、自社の承諾管理プロセスを「非常によくできている」と評価するブランドは、わずか3%であることが明らかになっている。

WFAのポーター氏は、IDソリューションやルールの、変化のペースが年単位から月単位に変わったと指摘し、ブランドがまだ立ち位置を明確にしていないのは、新たなCookielessソリューションがAPACの全ての市場で機能するのか、明確な確証が得られていないことが理由の一つだと示唆した。その上で、それも今後4、5カ月で急激に変わるだろうと述べ、まだ着手していないメンバーたちに対応を促した。

新たなCookielessソリューションを巡る意見対立

実際、多数の新たなIDソリューションの登場によって複雑さが増している。マーケティングの業界団体であるMMAグローバルとプロハスカ・コンサルティングが最近実施した分析では、現在開発中のソリューションが市場に80件あると確認された。それでなくとも一部ブランドが不透明なサプライチェーンだと評しているところに、さらにこれらが加わると、舵取りはさらに困難なものになる。

グループエムのスリヴァスタヴァ氏は、「開発状況はそれぞれで異なるが、多くの人々が不満を漏らしている。これらは間違った方向に導くかもしれず、過去に悩まされた不透明な状況をまた作り出してしまうかもしれないと、みんなが心配しているのだ。」と述べた。

スリヴァスタヴァ氏は、だからこそいま現在、業界団体が取り組んでいるビジネスの再整理が重要なのであり、グループエムでは業界にスタンダードをもたらすための、選択肢の絞り込みに取り組んでいると語る。「これが、いま抑えられなくなっている混乱に秩序をもたらすことを願っている」と同氏は続けた。

そんななか、パールソン氏から希望を抱かせる話が一つあった。それは、ザ・トレード・デスクのものをはじめとして、新しい統合IDソリューションの多くはほかのソリューションとの相互運用が可能であり、マーケターは1つを選ぶのではなく、複数のソリューションと連携することができるのだという。

パブリッシャーとコンテキストデータ

現時点では、IDソリューションがあふれているが、いずれ規格化されて数個にまとまるであろう。しかし今、ブランド、エージェンシー、パブリッシャーが検討している、不確かな未来における最善の安全策は、コンテキストベースの広告に回帰することかもしれない。

ホッキング氏は、「ブランドとパブリッシャーが1対1の関係に戻る大規模な回帰になる可能性があり、極めて興味深い」と語った。「コンテキストが、人々の購入戦略に重要な役割を果たすようになると、パブリッシャーは1ドル当たり数セントかかるオープンなマーケットプレイスから、ブランドとの1対1のパートナーシップに転換することで、長期的には、はるかに利益率の高い収益を上げられるようになるだろう」

これに対し、グループエムのスリヴァスタヴァ氏は、Cookieの停止とCPMの下落で広告売上が「消失する」可能性がある小さなパブリッシャーをはじめとして、多くのパブリッシャーからすると、問題ははるかに複雑であることに変わりはないと指摘する。ブランドとパブリッシャーの提携は、小規模であればうまくいくだろうが、規模が大きくなるとそうはいかないというのだ。パブリッシャーはシングル・サインオンでほかのパブリッシャーとの大きな提携関係を構築し、クリーンルームでデータを集約することが必要になるだろう。これは難しいけれど、生き残るには不可欠だろうと、同氏は予測する。

「規模の拡大を実現できるのはこの方法だけだ。そうではなく、ブランドが無数の小規模パブリッシャーと個別に取引を行うといった場合を想像すればわかる。そんなことはできるわけがない」(スリヴァスタヴァ氏)

とはいえ、コンテクスチュアルターゲティングがパーソナライズの新しい方法になるという点については、グループエムも強気な姿勢を見せており、さらに洗練された人工知能(AI)の力により、「誰がコンテンツを消費しているのか」から、「どんな思いでどのコンテンツが消費されているのか」に焦点が移るとみている。スリヴァスタヴァ氏は、これらのシグナルをコンテキストに沿って整理し、それに沿ってメッセージをパーソナライズするのは簡単だと指摘した。その場合、キーワードや時間、ロケーション、環境、時間帯などでターゲティングすることになる。

スリヴァスタヴァ氏は、「基本的に、ブランドがコンテンツ消費の周辺条件を分析するには、技術を大幅に向上させる必要がある」と語り、そのためAIを大規模に活用し、テキスト、画像、各種メタデータ、位置情報等を分析することを示唆した。「それによってはじめて、適切でタイミングよく希望を満たす広告が掲載できているかが把握できる」

ポーター氏は、こうした多くの分析を実行できるようになったのは最近のことだとしつつも、コンテクスチュアルターゲティングとされているものの大半は、突き詰めるとCookie以前の古き良きメディアプランニングと同義であることが多いと指摘した。

まさにバック・トゥ・ザ・フューチャー。未来に戻る、ということだ。

提供:
Campaign; 翻訳・編集:

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