Gideon Spanier
2021年4月22日

インハウス化の現在、そして今後

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック以降、デジタルコミュニケーションは企業業務における重要性を増しつつあり、外部エージェンシーが好むと好まざるとにかかわらず、ブランドがそうした自社機能に投資するのは理にかなっている。

インハウス化の現在、そして今後

インハウス化が進展し、外部エージェンシーの不安は募っている。ロイズ・バンキング・グループ(LBG)、マークス&スペンサー、ペプシコなどの著名ブランドが、この数カ月で広告やマーケティングの一部を内製化した。

ブランド側の動機には、さまざまなものが入り交じっている。コスト削減、機動性重視、制作コンテンツの拡充のほか、マーケティングをビジネスの中心に据えてファーストパーティデータの利用を促進したいというのもある。さらに、セルフサービスツールで、メディアプラットフォームから広告を直接購入しやすくなったことも挙げられる。

インハウス化といってもさまざまだ。クライアントの社内チームが担うこともあれば、クライアントのオフィス内に社外スタッフが常駐するオンサイトエージェンシーが置かれることもある。さらには、クライアント側とエージェンシー側の人間が混在するハイブリッド型もある。

通常、内製化されるのは、価値の高い戦略や大規模なブランディングではなく、小回りが利くファネル下部のデジタル作業であることが多い。あるエージェンシーのトップは、もともとこうした仕事には魅力がほとんどないとして、業務としては「地方の村の縁日で見るロバ乗り体験に競走馬を使うようなものだ」と語る。

しかし、そのような虚勢に同調しないリーダーも多い。パンデミックの影響は深刻で、多くのエージェンシーにおいてクライアントの満足度は上昇しているものの、コストを実験的に削減しようとするクライアントも多いのだ。

LBGが先ごろ、年間最大9000件に上る顧客コミュニケーション用の制作のために、30人強のインハウスのクリエイティブエージェンシー、Beehiveを設立することにしたのは、理屈の上では、ファネル下部の仕事という枠に当てはまる。LBGでマーケティングコミュニケーション担当ディレクターを務めるリチャード・ウォーレン氏は、きっかけとなったのはコスト削減だと認めたうえで、今契約している広告エージェンシーには影響がないことを強調した。ブランド広告の展開に関しては、アダム&イブDDB(adam&eveDDB)とニュー・コマーシャル・アーツ(New Commercial Arts.)が「群を抜いている」という。

しかし、続くウォーレン氏の言葉には身震いさせられた。このコロナ禍において、LBGのチームはすでに、より「共感的」で、質の高い仕事ができることを示したとしたうえで、「(少なくとも顧客コミュニケーションについては)エージェンシーと組むよりも内製化したほうがはるかにうまくいくと考えている」というのだ。そして「広告エージェンシーには、もはやライティングができる人がいない」と続けた。同氏が広告エージェンシーの経営に携わっていたことを考えると、これはかなり挑発的な主張だ。

M&Sフード(M&S Food)の取り組みはさらに急進的で、広告アセットすべてのクリエイティブと制作を担う内製チームを構築した。このチームによるプロジェクトワークを優先するため、グレイ・ロンドン(Grey London)との従来の契約関係はすでに終了させており、「業界全体の中から最高のクリエイティブ人材を選んで提携していく」としている。費用の抑制には言及しなかったがコスト削減も目指しているに違いない。

内製化にあたっては、人材の確保と維持、クリエイティブの品質、リスクの管理、コーポレートキャプチャー(企業による過度な影響力行使)の回避など、留意すべき点は数多くある。しかし、デジタルコミュニケーションと顧客体験は、いまや企業ビジネスの中核になりつつあり、ブランドがそうした自社の機能に投資するのは理にかなっている。

2018年にデジタルメディアバイイングの一部を内製化したボーダフォンは、同社でブランドおよびメディアのグローバルディレクターを務めるアン・シュティリング氏によると、内製化以来、さらなる統合と「スピードと学習」の向上が進んでいるという。社内チームのほうが「データとデジタルの『作業台』に適している」と同氏は言う。ボーダフォンでは「質」が向上し、コストも削減したが、カスタマイズされたメッセージが「爆発的に」増えたため、顧客の需要も高まったという。

いずれの例も、内製化が定着しているだけでなく、さらに拡大する可能性が高いことを示している。Boots UKの最高マーケティング責任者であるピート・マーキー氏は、TSB Bankなどでエージェンシー業務の内製化をいくつも監督してきたが、外部エージェンシーにもまだ選択肢があると言う。「インハウス化の流れに乗ってその専門部署を単独または共同で設けるか、さらなる差別化の道を求めて適切なスピード、コスト、質で魅力を高めていくかのどちらかだ。そのことを証明できれば、エージェンシーにとってそれは強力なセールスポイントになる」

インハウス化に適応を強いられるエージェンシーには厳しい時代だ。しかし、「Campaign UK」に掲載されているSchool Reports特集を読めば、この分野には起業家精神と独創性に富むひたむきな人たちがあふれていることがわかる。最高マーケティング責任者がインハウス化に舵を切ったとしても、多くのエージェンシーには次の役割が用意されているだろう。

ギデオン・スパニア、Campaign英国版編集長

提供:
Campaign; 翻訳・編集:

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