現代的な視点で歌舞伎の世界を描き、社会現象とも言える波及効果を生み出している『国宝』。実写の邦画作品として興行収入が100億円を超えたのは、20数年振りのことだ。
この映画はストーリー性だけでなく、出演した俳優たちも日本人の観客の心を捉えた。主演の一人、吉沢亮は昨年末に不祥事を起こしている(酒に酔って自宅隣家に侵入。書類送検され、後に不起訴処分)。この映画は実質的な復帰作となったが、不祥事の影響は微塵も感じさせず、役者としての力量を称賛する声ばかりが目立っている。
日本ではセレブリティの影響力がオーディエンスとの信頼関係をつくり、関係性を深化させる。今回の吉沢のケースは、それを端的に示したと言える。著名なタレントとストーリーテリングが密接に結びつく、日本の広告文化の特徴だ。
GumGumの予測データエンジン「マインドセット・グラフ」(数十億に上るインプレッションを日々分析。キーワードのみならず、画像や動画、音声の内容も包括的に勘案)によると、『国宝』に関する言及数は公開3週間後の6月29日に急増、123,408件に達した。これは同映画に関する1日の平均言及数の約4倍に相当する。翌30日には歌舞伎関連の言及数が162,442件にまで増え、人々の関心が映画から日本の伝統芸能全体へと広がったことを示した。この頃から『国宝』人気は全国レベルとなり、文化的側面も盛んに言及されるようになった。
7月中旬には、その人気が沸騰。7月19日から20日にかけて、『国宝』に言及するコンテンツ内の広告に対する視聴者の平均視聴時間は、4.25~4.3秒を記録。データセット全体で最高のパフォーマンスを示した。この平均視聴時間は6月から10月にかけてのそれと比較して80%も高く、映画の話題性がスクリーンをはるかに超えて広がったことを示す。
マイルストーン効果と日本のセレブリティ文化
8月18日には『国宝』の興行収入が100億円を突破、再び注目度が急上昇した。同月20日には歌舞伎に関する言及数が280,868件、23日には207,438件を記録。データセット全体で最も多いトラフィックとなった。
数字が急増したのは、このニュースが全国的に報道された直後。文化関連のニュースがいかにオーディエンスのリーチを広げ、アテンション(この場合、GumGumの計測による広告の視聴時間)の流れを変えるのか、明確に示されたかたちだ。この後(8月下旬)も、歌舞伎関連のコンテンツの平均視聴時間は6月下旬のレベル(1.7秒)を上回った。この傾向は9月まで続いたことをデータは物語る。
映画の観客動員数は公開からわずか24日間で231万人を記録、興行収入は約32億6000万円に達した。8月には米アカデミー賞国際長編映画賞の日本代表作品に選出された。
こうしたエンゲージメントの高まりで、吉沢亮の復権は確固たるものとなった。日本ではスターの持つパワーがいかに世論形成に大きな影響力を持つか、改めて示したのだ。ユニバーサル・ランゲージ・プロモーション・エージェンシーの2024年度広告ガイドによると、日本のテレビCMでは約70%にセレブリティが起用されており、欧米諸国と比較するとはるかに高い。
『国宝』の成功が広告主に示唆するのは、堅固なストーリーテリングと影響力の強いセレブリティを組み合わせることの価値だ。エンターテインメントと「感情」を融合させることで、ブランドはオーディエンスと強力かつ永続的なレレバンスを築くことができる。
広告主にとっての重要性
『国宝』におけるアテンションの推移は、カルチャーモーメントがオーディエンスをどのように異なるレベルのエンゲージメントへと導くかを示した。
波のように変化するアテンションに合わせ、ブランドはどのような戦略を展開できるのか −− この映画はそのための素晴らしい事例となり得るだろう。
6月に言及数が急上昇した際は、「スケール」の威力がまざまざと示された。オーディエンスが映画に関する様々な情報を探し求める中、注目度は全国レベルに波及。7月には持続的な関心へと深まり、歌舞伎をテーマにしたコンテンツの視聴時間が伸び、エンゲージメントも高まった。
そして8月には映画の興行収入が節目を迎え、注目度が再上昇。メディアが後押しをし、ソーシャルメディアで言及数が増えることで、映画は新たな活力を得た。
カルチャーモーメントを断片的に捉えるのではなく、その流れに合わせて柔軟な戦略を展開する −− そうすることで、広告主はメッセージをより迅速・広範に、効果的に伝播することができる。結果的に、オーディエンスとの長期にわたる有益な関係性を構築できるのだ。こうした機会を、ブランドは決して見逃すべきではないだろう。
セルビー健三氏は、GumGum Japanのマネージングディレクターを務める。


