Louise George Kittaka
2017年7月20日

「シニア層」へのアプローチに再考が求められる理由

シニア市場はマーケティング担当者にとって、目を離せない存在だ。しかしシニア層に拒否感を持たれずに、有意義な対応をするにはどうすればいいのか、まだ答えが出せないでいる。

従来とは異なるシニア像を打ち出した資生堂。このような見方は、まだ多いとはいえない。
従来とは異なるシニア像を打ち出した資生堂。このような見方は、まだ多いとはいえない。

日本で高齢化が世界で最も急速に進んでいることは、つとに知られるところ。2015年の人口統計によれば、日本人4人のうち1人以上が65歳以上だ。その割合が2065年頃までには40%に達し得ると専門家は見ている。このシナリオによるならば、そこにビジネスチャンスが潜んでいることは、専門家の知見を借りずとも明らかだ

「高齢者(60歳以上)の年間消費総額はすでに100兆円を超えており、毎年1兆円ずつ増えています」と、電通 マーケティングイノベーション部コンサルティングディレクターの斉藤徹氏は話す。「調査によれば、この年代は日本で最大の金融資産を有しており、多くの企業がこの市場へのさまざまなアプローチを検討しています」

しかし、その可能性をいかに活用し、魅力的な市場における変化にどう対応していったらいいのか、広告主はいまだ見極められないでいるようだ。

問題の一つは、退職年齢(一般的には60歳または65歳)に達した年代をひとくくりに捉えがちな点にある。投資銀行CLSAグループが発表した包括的な報告書の中で、オリバー・マシュー氏とデビッド・マッコーン氏は「グランマ・エフェクト」を指摘。70歳の女性と聞くと、台所で家庭料理にいそしむ姿をイメージしがちな人がいかに多いかを説いた。これは、60代半ばから70代中半ばの女性の実情からはほど遠く、二人は報告書の中でこの世代を「アクティブ・バランサー」と呼んでいる。

楽しみを追求する人々

この世代は、加齢に伴う変化を受け入れつつも、自らが楽しむ活動に積極的に取り組み続ける。この世代のニーズと優先順位は、健康が衰え、認知能力が落ち、配偶者を失う人が増える80代の人々のそれとは大きく異なる。CLSAで消費者部門を担当するマシュー氏は、多様なニーズがあることをまず認識すべきと話す。「シニア市場も他の市場と同じように、異なるサブのデモグラフィック属性や広告チャネルを特定するといった点で、きちんとセグメント化することができます。高齢化社会において、多大な購買力を有するのは明らかに高齢者層。その市場で強力なセグメンテーションを行うことは、成功への鍵となります」

ビジネス界にとってもう一つの難問は、業界のシニア層に対する見方と、シニア層自身の自分達の捉え方との間のギャップを埋めることにある。日本老年学会・日本老年医学会では今年初め、「シニア層」を75歳以上の人と定義し直すよう提案。65歳から74歳までの多くの人々が、公私ともに活発な生活を送っている現実を反映してのことだ。専門家たちはまた、増えつつある90歳以上の高齢者を指す「超高齢者」という新しい言葉も作った。

日本のメディアは、シニア層の中でも年齢が低いアクティブな世代を、的確に表現する言葉をまだ打ち出せていない。アサツーディ・ケイ(ADK) ソリューション・プランニング本部シニア・プランナーの稲葉光亮氏によれば「シニア」が最も失礼にあたらない表現であることは同社の調査で分かっているという。「でもそれは、悪い例の中でも一番ましなもの、といったところ。くだんのアクティブなシニア層は、『シニア』という言葉さえ特に好きだと思っていないのです」と語る。

その課題に自ら挑むアクティブなシニアの一例として、稲葉氏は、今年6月に新しい男性誌『ジジ(GG)」を立ち上げたベテラン編集者、岸田一郎氏を挙げる。60代の岸田氏によると、GGメディアが創刊した同誌がターゲットとするのは、人生を最大限まで謳歌したいと願う、主に50~70代の「ゴールデン・ジェネレーションズ」の男性だ。日本では「じじい」といった言葉が、文脈によって、親しみを込めた「おじいちゃん」、もしくは「老人」を示す侮蔑的な表現として使われているが、「ゴールデン・ジェネレーションズ」はそんな社会によって貼られるレッテルに対抗するものとも捉えられる。

シニア市場には、広告主が念頭に置くべき特徴があると、電通の斉藤氏は話す。「シニアは好みのブランドを簡単に変える傾向がないので、長期的なアプローチを取っている企業のほうが成功しやすいといえるでしょう。逆に、素早い結果を求める企業は、この市場で失敗する可能性が高くなる。若者と比較して、シニアの消費者は流行を取り入れる可能性が低いため、短期的に結果を期待するのは難しくなるのです」

東京に拠点を置くクリエイティブエージェンシー、ウルトラスーパーニュー(USN)のシニアストラテジックプランナーであるレナード レイ氏は、企業はデータに頼るだけでなく、ターゲットとなる消費者と直接対話をすべきと話す。「量的・質的に十分なデータは、消費者のパターンを特定したり、作業基盤を確立したりするには便利です。しかしブランドやマーケティング会社は、マーケティングの戦略や方法を打ち立てる際に、もっと消費者の視点から見る努力をしなくてはなりません。自分たちは、消費者が実際に直面している問題を解決しようとしているのか、あるいは自分たちが好む消費者像に合わせた製品やサービスを開発しようとしているのか、自問しなくてはならないのです」

シニアではなく、大人

そんなアプローチをとったのが資生堂だ。2015年、50歳以上の女性を対象としたスキンケアと化粧品の新ブランド「プリオール」をデビューさせたのだ。この年代の女性は既に市場で48%近くのシェアを占めており、日本の急速な高齢化に伴い、その数はさらに伸びると予想されている。

「全国7都市で、ターゲットとする年代の女性たちから直接話を聞くイベントを開催しました」と、同社で広報を担当する廣田智氏は言う。資生堂のヘア&メーキャップアーティストも参加し、中年やそれ以降の世代になろうとしている人たちに合った髪や肌、ファッションに関するアドバイスを提供した。「この世代は影響力の大きい市場で、今後大きく成長する市場だと見ています」


資生堂はプリオールの広告に、二名の有名女優を起用。50代後半の原田美枝子と70代前半の宮本信子を、山中でのハイキングなどさまざまなシチュエーションで登場させている。コピーもアクティブなライフスタイルというイメージで打ち出し、プリオールを「シニア」ではなく「大人」のためのスキンケアとして提案している。


ADKの稲葉氏は、シニア市場へのアプローチを考える際には、「年寄り」らしさをほのめかすことなく共感を生む広告にすることが、間違いなくプラスになると語る。「現代のシニア層は、例えばテーブルの周りに集まってお茶をすするというようなイメージでは語られたくないと思っています。広告主が使えるのは『レトロ』、『クール』、『格好いい』といったテーマ。例えば、この世代と同時代を過ごしてきたアイドルや人気スポーツ選手、アニメキャラクターなどの起用は、宣伝活動の上で大きなタッチポイントになり得ます」

もう一点よくあるのが、60歳以上の人々は「ITに疎い」という見方だと、USNのレイ氏は指摘する。「全体を見渡せば、そういう見方もできるかもしれませんが、すべてのシニアに必ずしも当てはまるわけではありません。また、『高齢者市場』の一員と見なされる年齢に、現在40~50代の人々も間もなく近付いていくことを、忘れてはなりません。この世代は仕事や日常生活でインターネットやSNS、スマートフォンなどを使っています。ブランドやマーケティング担当者にとっての『高齢者』が誰を指すのかは、常に進化させていく必要があるのです」

(文:橘高ルイーズ・ジョージ   編集:田崎亮子)

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Campaign Japan

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