Brian Wieser
2021年8月13日

スカーレット・ヨハンソンのディズニー提訴から考える広告の未来

ストリーミングサービスが強くなるということは、テレビのスポンサー番組の視聴が減少するということを意味する。マーケターはテレビCMに代わる戦略を構築しなければならないと、グループMのブライアン・ウィーザー氏は言う。

Getty Images AaronP/Bauer-Griffin / Contributor
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先ごろ、女優のスカーレット・ヨハンソン氏が、映画「ブラック・ウィドウ」の公開を巡り、劇場公開と同時に「ディズニープラス(Disney+)」でストリーミング配信を開始したディズニーを相手取って訴訟を起こした。

ヨハンソン氏側の主張によると、彼女の報酬は劇場興行収入に基づいて算定されることになっていたため、公開と同時にストリーミング配信を行ったことによって興行収入に影響が及び、金銭的損害を被ったという。これに対し、ディズニーは、ストリーミング配信の開始はヨハンソン氏と交わした契約に沿ったものであり、作品が劇場のみで上映される「期間」に縛られる契約ではなかったと主張している。

この訴訟がどのような形で決着するにせよ、業界の方向性は、ストリーミングサービスが軸となる将来に備えて、すでに足元を固めつつあり、この裁判によってその方向性が変わる可能性は低い。ストリーミングサービスは、映画館より消費者に近く、その上本質的にグローバルだ。やがては、広告主にとってのこれまでのテレビの役割を変えることになる。

映画の興業収益の分配方法は変わるかもしれないが、消費者の関心がストリーミングサービスに向かっていることには議論の余地がない

歴史を振り返ってみれば、ハリウッドのスタジオ、俳優、エージェントといった映画制作者たちは、世界の映像メディア業界の芸術的、政治的、財務的権力基盤を代表していた。ハリウッドをはじめとする映画業界はこれまでずっと、大手ブランドを相手にするグローバルな広告業界には欠かせないものだった。

しかし、この20年でその力は弱体化し始めた。有料テレビやケーブルネットワークが、スタジオ保有企業の売上、利益の伸長に大きな役割を果たすようになったからだ。

そして新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックに先立つ数年間、米国を拠点とする大半の世界的メディアコングロマリットは、自社のストリーミングサービスを企業戦略の実質的中核に据えたため、スタジオビジネスは更に吸収されていった。

この変化は、劇場オーナーや従来型の有料テレビ配信事業者など、業界エコシステムのさまざまな関係者を犠牲にしながら進んだと言って間違いないだろう。そして、それは俳優も例外ではない。

俳優、映画監督、エージェントなどは、これまでと同様に報酬を得るだろう。しかし、「成功」指標の透明性が低下することにより、その交渉力を失う可能性がある。そのコンテンツがどれくらい見られたのかという正確な数値も、コンテンツがストリーミングサービスの解約抑制にどれだけ貢献したかというデータも、すべてのデータが、ストリーミングサービスを提供するオーナー企業に独占されている。

ヨハンソン氏とディズニーのあいだに起こった今回の訴訟は、こうした流れへの巻き返しだと見ることができるかもしれないが、仮にヨハンソン氏側が金銭や裁判の面で意義のある勝利を収めたとしても、それでディズニーや業界が進む方向を変えるだろうか。まずそのようなことはありえない。

これから数年にわたり業界に影響を及ぼす変化は、コロナ禍よりもずっと前から始まっていた

エンターテインメント業界は、映画館で映画を見る人の数が平常時の水準に回復することを期待しているが、その中で見過ごされている問題がある。コロナ禍以前に、米国を拠点とするスタジオが劇場公開に「ゴーサイン」を出していた作品は、巨額の予算を投じ、その予算よりさらに巨額の劇場収入が期待できる映画であったということだ。

そのような映画を支える財務モデルは、劇場公開終了後に生じる権利(ペイパービュー、プレミアムTV、DVD販売、ケーブルTV基本セット、テレビ放映料など)から一定水準の売上が得られることを前提として成り立っていたが、これが不確実なものになってきた。とりわけストリーミングサービスを運営するグループ企業がその権利を恒久的に保有することになれば、その予測はさらに難しくなる。

一方、予算も収入も限られた映画の公開はさらに減った。ほぼ間違いなく、そのようなコンテンツは、エコシステムの中で主にストリーミングサービスで配信される、お金をかけた連続テレビシリーズに「取って代わられて」いるのだろう。

企業のコンテンツ制作戦略とコンテンツ配給戦略が一つになったことで、直接ストリーミングサービスに流れるコンテンツが増加した

この要因は、メディア企業がスタジオビジネスを総合的な視点からマネージメントし、劇場や従来のTVネットワーク、自社ストリーミングサービス等と、あらゆる配給チャネルに向けてコンテンツを制作するようになったからだ。

現在の環境下で、スタジオが親会社の目標達成のために10億ドルを投じるとするならば、劇場公開する2億5000万ドルの映画4本を制作するか、それとも、1本5000万ドルの予算で20本のプレステージシリーズを制作するか、どちらを選択するだろうか。どの知的財産でも常に同じ答えになるわけではないが、リソースは後者に優先的に割り当てられることが多くなるだろう。

理論上、コンテンツ資産は、グループ企業内で制作し配給まで行うほうが、外部の企業が関わる場合よりも収益を高められるが、現在の風潮はそれだけが理由ではない。

より大きな要因として考えられるのは、ストリーミングサービスで1ドルの収益を生み出すほうが、従来型のチャネルから同じ1ドルを生み出すよりも、スタジオの親会社に対する投資家から評価が高まる可能性が高い点だ。

これは、ストリーミングの売上が継続的で予測可能なものであるのに対し、他の売上は単発で、見極めが難しいと投資家に認識されていることが一因だ。

さらに、アナリストのコミュニティは、多くのストリーミング企業について、サブスクリプション登録者から得られる収益とは関係なく、ただその登録者数にだけ注目している。少なくとも現時点では、売上よりも登録者数の増加のほうを高く評価しているようだ。

言い換えれば、スタジオは今後も引き続き劇場向けの超大作を制作するが、作品数は減っていくだろう。劇場映画をストリーミングサービスで配信する権利を確保するために、スタジオが制作関係者に支払う報酬の再交渉はあるだろうが、結局、その再交渉によって業界が進む方向が大きく変わることはないだろう。

ストリーミングサービスが強くなると、テレビのスポンサー番組の視聴が減少し、広告主がこれまで知っていたテレビの役割にも影響が及ぶ

メディア企業は広告のない、あるいは広告が少ないストリーミングサービスに向けたコンテンツへの投資を増やしているが、その犠牲になっているのは劇場主体の映画ばかりではない。劇場向け作品への投資が控えられているのと同じ理由で、広告収益に支えられた従来のTVネットワークの放送コンテンツへの投資も抑制されている。

こうした複数のトレンドが組み合わさり、多くの消費者のCM接触時間が減少したことで、テレビに依存したリーチ&フリークエンシーモデルに基づくマーケターのメディア目標を、高い費用対効果で達成してきたテレビの媒体力にも悪影響が出てきている。

変化を望むかどうかにかかわらず、マーケターにはこれから起こる変化を活用するチャンスがある

結果として、減少しつつあるテレビの広告枠でやりくりする新たな方法を見出すか、あるいは、オリジナルコンテンツをプロデュースするか、アドレサブルな広告インベントリを通じてリーチを最大化し、支出を最適化する新たな賢い方法を見つけるか、例えば、まったく別の形でのブランド構築に目を向けるのか、マーケターにとっては決断する方法を変える必要性がますます高まっている。

マーケターはテレビへの投資予算を、音楽、スポーツ、イベント、クリエイティブなメッセージングなどを絡めた文化への投資と組み合わせるのがいいかもしれない。あるいは、YouTubeなどユーザー生成ベースのコンテンツ向けの予算を、現在のような、一般的な縦割り管理ではなく、従来のテレビ予算と共に管理するようにしていくなど、動画に対する見方を根本的に変えることを選ぶのもいいかもしれない。

こうした変化のすべてには、注目すべきプラス面もある。グローバルなメディアコングロマリットが世界各地の市場でその地位を確立し、広告やマーケティングのソリューションを各市場に提供しているので、マーケターは、こうした新しい世界を最大限に活用したグローバルなベストプラクティスをよりうまく確立できるようになるだろう。

さらに、その関係も国ごとに築かれるものというより、よりグローバルなものになっていくだろう。グローバルマーケターや、ビジネスをグローバルに展開しているマーケターにとっては有利になるかもしれない。

まとめると、広告主にとっても、またハリウッドとそこに集う才能ある人々にとっても、業界は変わりつつある。この変化を最大限に活用するため、マーケターは、いま生じている短期的な混乱に囚われすぎてはならない。

マーケターには、よりグローバルで、新しいプラットフォームを軸とし、ホリスティックであるための新たな定義を必要とする業界を中心に編成された、新たな戦略を構築するチャンスがあるのだ。


ブライアン・ウィーザー氏は、グループMのビジネスインテリジェンス担当グローバルプレジデント

提供:
Campaign; 翻訳・編集:

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