Trak Ellis-Hill
2019年2月14日

レズビアンの私は、広告の世界では存在しないらしい

子どもたちに、ありのままの自分でいられる世界で育ってほしいと願うのなら、広告にもそのような世界が描かれることが重要だ。

(写真:Shutterstock)
(写真:Shutterstock)

私はレズビアン(女性同性愛者)である。広告の世界では、私は存在していないようだ。そう言うと過激に聞こえるかもしれない。広告の世界では長い間、同性愛が多少言及されてきたが、決して多くはなかった。また、同性愛の女性より、同性愛の男性が描かれている場合の方が多いだろう。多分それはレズビアンが、親しみやすかったり陽気であったり、可愛らしく愛嬌があったり、受けやすい仕草だったりしないからだろう。マーケターたちがレズビアンを広告に登場させるとしても、その描き方はよくあるステレオタイプ(固定観念)な表現だったり、差し支えない範囲で「異性愛者」バージョンに近付けたレズビアン像だったりしがち。我々は男性・女性の二者択一のジェンダーの枠に押し込められるか、完全に無視されるしかないのだ。

昨年、最も批判を浴びた広告10本のうち、2本が同性カップルを取り上げたものだった。私が広告業界で働き始めた15年前ほどには、レズビアンはもう驚かれなくなったようだ。それでも私は少なくとも週に1度は、どこかでレズビアンだとカミングアウトしなければいけないし、私が「私の妻」と口にするまで気が付かなかった人たちには、カミングアウトするたびに驚かれる。

どんなグループが広告で取り上げられるのか

私は、自分が生まれたタイミングや場所、そして私の両親のもとに生まれたことをラッキーだと思っている。マイノリティーがよく直面するような問題を避けてこられたのは、幸運なことだ。自分のセクシュアリティーが原因で何らかの支障が生じるのを避けることができたし、レズビアンを理由にいじめられたり攻撃されたり、差別されたりすることも無かったと記憶している。でも映画やテレビ、広告といった世界で繰り広げられるものの大半に、女性としての、そしてレズビアンとしての私の居場所は依然として無い。

女性が制作した、女性の生き方や視点、経験にまつわるストーリーに、寄せられる意見はますます変化している。女性の登場シーンやセリフは増えたし、こういったストーリー作りに携わる制作者や出演者の女性に、敬意を払う人も増えている。だがそれも「#MeToo」や「Time's Up(時間切れ)」などセクハラ撲滅運動の後押しもあって、まだ動き始まったばかりだ。昨年、作品を手掛けた映画監督のうち、女性が占める割合は、前年の11%から減ってわずか8%だった。そしてその傾向は今年も、既に顕著だ。英国アカデミー賞と米アカデミー賞の監督カテゴリーで、ノミネートされた女性がゼロだったからだ。

女性のストーリーテラーへの賞賛は欠如しているものの、女性を描いたコンテンツはこれまでになく多く目にするようになっている。これは、広告の世界では道理にかなっている。人口の51%は女性だし、購買の意思決定の大半は女性が下しているか、もしくは女性の影響を大きく受けているからだ。

だが、レズビアンについてはどうだろう。私はレズビアンとして、自分自身が広告に反映されているとは感じない。数字もそう語っている。ロイズ・バンキング・グループ (Lloyds Banking Group) の調査によると、広告で最も取り上げられることの少ないグループはレズビアンだそうだ。

現状を変えよう

今年は変化の年になるかもしれない。広告実践委員会(Committee of Advertising Practice)は2018年12月、「害を及ぼしたり、深刻あるいは広範囲に迷惑となるジェンダーのステレオタイプ(固定観念)」を禁止すると発表した。これがジェンダー不均衡の是正を促すものとなるのは間違いないだろう。また業界に広く浸透した、異性愛が当然という考え方を変えることにもつながってほしい。

影響を与え、流れを方向付け、物事のイメージを変える大きな力がブランドにはある。ならばブランドには、オーディエンスを形成するさまざまな人々を、自分たちの仕事に反映させる義務があるのではないだろうか。それは、意味あるポジティブな社会文化的変化に貢献するために。作品(レズビアンを登場させるだけでいいのだ)を通して、人々の受容を推進するために。古くさくて有害なステレオタイプを一掃するために。そして、我々は変わらず皆結び付いていて同じであること、さまざまな違いは本質的な問題ではないことを、さまざまな方法で見せるために。

広告でレズビアンや、レズビアンカップルが描かれるたびに目が行く。この描き方やこのキャスティングに至るまでの経緯を、いつも考えてしまう。クリエイティブチームは「私たちのブランドはそういった流れには乗りたくないし、勇み足になりたくない。大層なことをしていると思われたくない」と言うクライアントに対して、過去に私がそうしたように、立ち向かったのだろうか。あるいは私がやったよりももっと強く、レズビアンをストーリーの中心に据えることでアイデアがより良くなること、決して大仰ではないこと、勇敢で現代的でモダンでノーマルで、そして正しいことなのだと納得させたのか。あるいはクライアント側がこのように言ったのだろうか。「レズビアンが主人公だったり、レズビアンカップルが登場するアイデアを考えてくれませんか。そういったストーリーを届けたいのです。そういった人たちがきちんと反映され、当たり前に登場する広告にしたい。地味に静かにではなく、積極的にインクルーシブでいたいと思っているのです」と。

昨年私は、レズビアンが登場する有名ブランドの広告をいくつか見たが、ゾッとした。異性愛者の人が友人に、次のようなセリフがついた保険広告のリンクを送るところを想像できるだろうか。「ねえ見て、この広告の人、ストレート(異性愛者)の男性なんだけれど…、なんと妻にキスしているんだよ。すごいね。ストレートで妻とキスとか、さ。見てみて」。レズビアンの登場する広告が、こういった驚きを表現せずに作られるようになるのは、いつのことなのだろうか。

私は白人で、実際に肌がとても白い。秋の曇りの日でも日焼けするほどだ。つまり私は、肌の色がブラックやブラウン、あるいはベージュ(スペイン人とのハーフである私の友人は、自身をこのように呼んでいる)であることがどのようなものなのかを知らない。自分の知る限り、私には身体的な障害が無いので、障害者であることがどのようなものなのかも分からない。貧困のどん底に
あることや、信仰心が厚いこと、トランスジェンダーであること、一人親であることも分からない。こういったいろいろな人々や、いろいろな状況がある事は知っているが、それは彼らが広告に描かれているから、という理由ではない。これってとても酷いことだと思うのだが、いかがだろうか?

排除の力

差別はいろいろな形で現れる。そして、人々やブランドが語るストーリーから排除されるということは、直接的な攻撃と同様に大きな力がある。ブランドコミュニケーションから排除されるということは、存在を矮小化され排除され、人々の意識や文化的ディスコース、日々の暮らしから消し去られることを意味する。子どもたちは、日々自分たちに浴びせられるイメージこそが、普通の暮らしなのだと考えて育っていく。そして彼らが目にするイメージの多くが広告や看板、テレビ、ソーシャルメディアから来るのだ。

広告で、もっとレズビアンが描かれてほしいと願う。主役としても、脇役としても。こういったコンテンツは、必ずしもレズビアンであることについての作品でなくともよい。むしろ、たまたまレズビアンだったというだけの、一人の人についてのストーリーであってほしい。保険が必要だったり、銀行を変える必要があったり、マクドナルドに行ったりする「普通の」人だ。そうすれば私の娘も、自分を取り巻くイメージの中にレズビアンを見付けることができる。ママとお母さんがいる事は、ママやパパがいること、あるいはママだけ、もしくはパパだけがいることと同じように、当たり前なのだと考えることができる。

私はここで、自分が属する、なかなか取り上げられることのないマイノリティーについて語ってきたが、実のところ、すべてのマイノリティーのグループについても語っているのだ。すべてのマイノリティーが、みんなで大きな1つのマジョリティーを形成している。そしてこれらのマイノリティーは大抵の場合、我々が消費するコンテンツの大半を生み出すストーリーテラーやブランドからは(意図的に、偶然に、あるいは無意識に)認知されていないのだ。

多様性は恐ろしい言葉ではないし、時代の思潮でも、ポリティカルコレクトネス(政治的正当性)でもない。多様性とは「全ての人々」、あらゆる人々のことだ。もし調和や受容、寛容を推し進めたいのならば、もし子どもたちがありのままの自分で生きていけて、自分について自由に語ることができ(男性が弱くても、女性が強くてもいい)、自分の扱われ方が人種や宗教、セクシュアリティーによる影響を何も受けない世界で生きていってほしいのならば、ブランドには、自分たちの責任を真剣に捉えてもらう必要がある。ブランドが作り出すイメージやコンテンツは、我々があらゆる人や自分たち自身についてどう考えるかに大きく影響する。だからブランドは、我々が暮らす多様な世界をありのままに反映すべきなのだ。

(文:トラック・エリス・ヒル 編集:田崎亮子)

トラック・エリス・ヒル氏は、英国のコンテンツ会社「モーフィルム(Mofilm)」のエグゼクティ・クリエイティブ・ディレクター。

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