Fayola Douglas
2020年7月29日

完全に没入できるタッチレス体験は可能か?

体験を提供する業界がとり得るCOVID-19適応策の一つが、接触の少ないイベントだ。

完全に没入できるタッチレス体験は可能か?

「非接触(タッチレスレス)技術は、すでに私たちの生活の多くの部分に組み込まれています。非接触型決済やアレクサ(アマゾンのAIアシスタント)といった端末やアプリは、オンラインでの暮らしとオフラインでの暮らしを同期させているのです」。Genuine X(ジャック・モートン社のイノベーション部隊)でクリエイティブ・テクノロジー・ディレクターを務めるセバスチャン・ジョーハンス氏はこのように語る。

問題は、非接触型のインターフェースがブランド体験にも浸透し、従来からの体験型のアクティベーションと同レベルの有意義なインタラクションを提供できるのか、ということだ。

ジョーハンス氏はこう続ける。「良好かつ魅力的な環境を提供するため、テクノロジーは体験を損ねるものではなく、充実させるものでなくてはなりません。人々が非接触型決済のような技術を使うのは、便利で、煩雑さが無いから。安全のためというだけでは普及しません」

「最初のうちは、ブランドはその目新しさに引き込まれると予想されますが、最終的にはニューノーム(新しい当たり前)になっていき、恒久的に変えてしまうでしょう。特に脳とコンピューターをつなぐBCI(brain-computer interface)が広く取り入れられるようになると、接触型の古い機器が新しい端末へと入れ替わっていくと考えられます。しかしタッチレスのイノベーションは直感的に理解できる、よく考えられたものでなくてはなりません。貧弱なUX(ユーザー体験)は悪い印象を与えるだけで、ブランドに悪影響を与える恐れがあります」

接触をなくすことは、代償を伴うのか?

接触は没入型体験の鍵を握っていると、サム・ボンパス氏(ボンパス&パー スタジオのディレクター)は考えている。

「触覚はほとんど考慮されてこなかった感覚ですが、皮膚は人体で最も大きな器官です。体重の15%を占め、体の表面1~2平方メートルほどを覆っています。触れることで起こる激しい感情は、脳内でエンドルフィンのように作用するホルモン『オキシトシン』の分泌にもつながります」

ヘイヒューマン(HeyHuman)のマネージングディレクター兼パートナー、リズ・リチャードソン氏は、タッチレスの体験には人々を引き付ける力があると考えている。「物理的に針を持ち上げてレコード盤に落とさないからといって、音楽が心を動かせないわけではありません」

すると、消費者の他の感覚を活用することが、エンゲージメントにおいて重要となる。触覚が無くても、視覚や聴覚を刺激されればそれが緩和される。ここでリチャードソン氏が思い起こすのは、ヘイヒューマンが実施したグリーン・アンド・ブラックス(チョコレート会社)のプロジェクトだ。チョコレートを連想する単語、画像、音は何なのか、潜在的態度をオンラインで調べ、その結果を活用したサンプリングを実施したもので、カラフルなパッケージに収められた丸い形のチョコレートと、それを引き立てるサウンドトラックを用意し、チョコレートのテイスティング体験を向上させた。

リチャードソン氏は語る。「魅力的で確実な体験型イベントがどのようなものになるかが、神経科学によって予算を無駄に費やさずとも分かるようになりました。パンデミック後の世界では最高のタッチレス体験が、人々が望むものを提供することとなるでしょう。タッチレスは、タッチの粗悪な代用ではないのです」

デバイスのソリューション

個人用端末の活用だけでなく、ジェスチャー認識技術やモーションキャプチャー技術、感圧式の床材も、人々を魅了する体験には有効だろう。ネスレのエアロ(チョコレートのブランド)は以前、ロンドンのウェストフィールド(ショッピングモール)で、あるエリア内に立つ人数に応じて賞品を配るアクティベーションを実施した。またジャガーはボールを打つ動きを、スマートフォンを使うだけで真似できるテニスアプリを開発した。

目でポートレートを描く技術を開発したグラハム・フィンク氏(アステリアならびにディスプレイスのクリエイティブアドバイザー)は、今回のパンデミックによってタッチレス社会の実現が近付いたと感じている。

「手も鉛筆もブラシも、COVID-19の混乱の収集も必要ないのです」と同氏は笑う。「ミケランジェロの『アダムの創造』の天井画(記事冒頭の絵画)は、今やとても危険に見えます。神はもう少しデジタル化を進め、手を差し伸べる機会を減らした方がよいのかもしれません」

フィンク氏の描画方法はアイトラッキング技術と赤外線を組み合わせ、眼球の動きをとらえてデジタルキャンバス上に線を描いていく。同氏はギャラリーでライブアートワークを作成し、アートとタッチは切り離せないものではないと証明した。

現在、英国の世帯の約95%が携帯電話を所有しており、スマートフォンでのインターネット利用時間は毎日約2.5時間に上る。コグニファイド(Cognifide)のレイ・ギャモンズCEOは、携帯用端末との相性がタッチレス体験の鍵になると考えている。

「この移行を最も効果的にサポートするのはモバイルアプリです。没入できるタッチレス体験を提供し、人間との接触が無いイベントを実現できるのですから」と同氏は示唆する。「例えば、モバイルアプリからイベントに参加した人たちが、講演者に直接質問したり、インタラクティブなセッションに参加することが、さまざまな技術によって可能になります」

「それほど新しくない」ノーマル

「一部の空港では、チェックイン時に顔認証を活用するようになりました」とフィンク氏は、多くの人々が「ニューノーマル(新常態)」と呼ぶものについて言及する。「タッチレスの未来」は、我々が慣れ親しんできた世界と、それほど変わらない可能性があるというのだ。「これまでも自動ドアは、近付く前にドアを開けてくれていましたからね」

スマートフォンは、コミュニケーション用のインターフェースとして物理的なインタラクション(相互作用)のギャップを埋めるため、さまざまな方法で活用可能だ。だが、体験の没入感をさらに高めるには、他の感覚に働きかける必要がある。

目にしたものを何でもかんでも手で触ったり撫でたりしたいと思うことは、今までよりも減るかもしれない。だが、我々の習慣が完全に変わってしまうという見方に、ボンパス氏は懐疑的だ。同氏は未来をこのように予測する。

「接触がタブーになるにつれ、クリエイティビティーの可能性はますます広がります。敬意を払いながら安全に取り入れることができれば、(タッチレスは)これまで以上にパーソナルで有意義な、注目すべき技術だと感じられるようになるでしょう」

(文:ファヨーラ・ダグラス、翻訳・編集:田崎亮子)

提供:
Campaign UK

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