Matthew Keegan
2022年10月07日

ブランドエクスペリエンスの今後を占う

世界が「アフターコロナ」へと変わりつつある中、ブランドは再びイベントに力を入れる。これからのイベントはどのような形になっていくのか。専門家に聞いた。

ブランドエクスペリエンスの今後を占う

新型コロナウィルスが瞬く間に世界的広がりを見せ、各国がロックダウンに乗り出した2020年春。「果たしてコロナ以前の状態に戻れるのか」「対面式イベントは過去のものになってしまうのか」 −− 先行きが全く見通せない中、イベント・エクスペリエンス業界も他の業界同様、重苦しい空気に包まれた。唯一はっきりしていたのは、生き残りを賭けてコロナ禍に即応しなければならないことだった。

それから2年半が経った今、業界の空気は全く変わり、あたかもコロナ以前に戻ったかのようですらある。

「対面イベントが復活して、今はブームです」と話すのは米クリエイティブエージェンシー「INVNT」のAPAC(アジア太平洋地域)担当ディレクター、ローラ・ロバーツ氏。「人々はズームを介したやり取りに疲れてしまった。失われた時間を取り戻そうと、今では対面のインタラクションやイベントに非常に積極的です」

イベントへの支出が増加

「ブランドも対面のエクスペリエンスへの支出を増やしている。同時に、ライブストリーミングやオンデマンドのようなデジタル素材にも相応の支出をしています」とロバーツ氏。

アフターコロナへの移行期における大きな変化の1つは、対面とバーチャルを併用して消費者にブランドストーリーとイベントを伝達することだ。社会的反響の大きさも、戦略上極めて重要な要素になる。

「弊社がシドニーのルナ・パークで行った『ストレンジャーシングス 未知の世界 シーズン4(ネットフリックスの人気SFドラマシリーズ)』プレミアエクスペリエンスがその好例でしょう。このイベントはティックトック(TikTok)でもライブストリーミングされ、110万人が視聴した。ソーシャルメディアでのリーチも350万人超でした」

オーストラリアのような市場は対面イベントの数が2019年レベルに戻っているが、他のAPAC市場はまだ用心深く、動きが鈍い。

「中国のようにまだロックダウンを行い、コロナへの警戒感が強い市場では大規模な対面イベントはできません。主流はバーチャルや小さな対面イベントです」と話すのは米マーケティングサービスエージェンシー「プロジェクト・ワールドワイド」のAPAC CEO、ベン・テイラー氏。「シンガポールもほとんどのイベントがバーチャルですが、先週末に行われたF1シンガポールGPが対面イベント復活のきっかけになるでしょう。GPの人気が、対面イベントを熱望するオーディエンスの気持ちを象徴しています」

中国のブランドアクティベーションエージェンシー「ピコ(Pico)」が先月行った調査では、多くのオーディエンスが対面イベントに参加したいと回答。「対面イベントは極めて重要」あるいは「とても重要」と答えた人々は64%強だった。

カギは総合的アプローチ

ブランドやオーディエンスが優先するのは人と人との直接的なインタラクションであり、ライブイベントだ。だが対面とデジタルの併用は今後も続いていくだろう。

「昨年、弊社のクライアントの9割は両者を併用していくと答えました。対面イベントは復活しつつありますが、今でも半数近く(47%)が併用は『極めて重要』あるいは『とても重要』と答えています」。こう話すのはピコのグローバルアクティベーション担当ヴァイスプレジデント、グレゴリー・クランドール氏。「オーディエンスやブランドにエンゲージメントの選択肢を与える包括的アプローチで、我々は今後もイベントを進化させていきます」

「サイレントディスコ」スタイルで行われたゼロコン・シドニーのブレイクアウト・セッション(写真提供:INVNT)


エンゲージメントの選択肢が増えることは良いに違いない。だが対面とデジタルの併用は、オーディエンスとブランド双方のメリットになるのか。

「イベントはもはや、1回きりで終わってしまうものではありません」とロバート氏。「会場に来られないオーディエンスはストリーミングで、リアルタイムでも事後でもイベントを体験できる。加えて、世界中の誰もが参加できるのです。こうして集まったオーディエンスのデータは、ブランドに新境地を切り開く。しかもイベントのROI(投資利益率)は正確にトラッキングできるのです」

オーディエンスはブランドとつながる選択肢が増え、ブランドはより緻密なROIが把握できるのなら、対面とデジタルの併用は誰にとってもウィンウィンだ。だが、これらのエクスペリエンスはどのようにすればシームレスにつなげられるのか。また、そのための課題はないのだろうか。

「現場で体験すれば素晴らしいのに、デジタルを介すると良さが全く伝わらないというイベントは数多い。当然、デバイスでチェックしているオーディエンスは途中で見るのをやめてしまいます」とロバーツ氏。

まさしく課題はそこにあり、INVNTをはじめとするエクスペリエンスエージェンシーは、できる限りエンゲージメントを高められるハイブリッドなエクスペリエンス創出に取り組んでいる。

「デジタル上でエンゲージメントやインタラクションを高める手法はたくさんある。ブレイクアウトセッション(同時間に複数のセッションを開催し、参加者は好きなものを選べる)やウォッチパーティ(特定のコミュニティでチャットをしながら映画などを楽しむ)、インタラクティブネットワーキングなどです」

ロバーツ氏が好例として挙げるのは、昨年と今年開催されたイベント「ゼロビジョン(Xerovision)」だ。ニュージーランドのクラウド会計企業「ゼロ(Xero)」が催す「ゼロコン(Xerocon)」は年に一度開かれる会計業界向けの対面イベントで、ゼロビジョンはそのバーチャル版。INVNTは世界各地に点在するゼロの従業員も参加できるデジタルエクスペリエンスの創出を担った。インタラクティブなものにするためユニークなセットデザインを演出、英国の冒険家ベア・グリルス氏をゲストスピーカーに招いたり、リクエストに随時応えるDJを用意したりした。

「対面イベントを開催する時と同じように、デジタルでも細部にまで気を配ることが成功のカギ」とロバーツ氏。

テイラー氏は、「対面でもオンラインでも参加者を一体にして、取り残されていると感じさせないようにすることが課題」という。

「つまり、対面とデジタルのどちらかを優先してアプローチするのではなく、2つの異なるエクスペリエンスをデザインする感覚が大切。そうすれば自然と全てのオーディエンスに受け入れられる。制作時間や予算、労力は倍かかるかもしれませんが、イベントを成功させるためには不可欠です」

オーディエンスが求めるもの

コロナ禍は様々な変化を促した。特に消費者が求めるものの優先順位は大きく変わった。ある調査結果では、消費者は有用性が高く、ブランドとのエンゲージメントをより感じられるエクスペリエンスを求めているという結果が出た。また世界よりも地域、個よりもコミュニティーへの意識が徐々に強まっており、価値を極めて重んじ、共鳴性とクリエイティビティーを全面に出したキャンペーンに惹かれるという結果も。地域に根差した企業への消費者の支持は世界的に強まっているが、シンガポールでは325%という伸び率を記録。したがって、ブランドがイベントを企画する際には地域性・地元色を押し出すことも欠かせない。

「我々は気候危機に直面している。イベント制作で最も重要なのはサステナビリティをテーマの中心に据えることです」と話すのは米ブランドエクスペリエンスエージェンシー「ジャック・モートン」アジアオフィス戦略ディレクター、イルマ・アフザル氏だ。「ネットゼロ実現に寄与するグリーントランジション(環境に配慮し、持続可能性のある社会への移行)やアジアの国々の説明責任などを優先的なテーマにすべきです。温室効果ガスの排出量削減をうたい、サステナビリティをライブイベントのテーマにして、デジタルで補足する手法が次第に増えつつあります」

変革の加速

イベント・エクスペリエンス業界ではこの2年間で様々なテクノロジーへの理解と、その導入が進んだ。コロナ禍が起きなければ、こうした変革は実現までもっと長い時間を要しただろう。

「我々のクライアントの多くはこうした急速な進化を有効に活用し、対面イベントとデジタルエクスペリエンスをシームレスにつなごうとしています」とテイラー氏。

ゼロコン・シドニーでのイベント(写真提供:INVNT)

 

例えばテイラー氏の会社は、豪州で通信大手オプタスの全社的・総合的ハイブリッドイベントを開いた。ハイライトとなったのは2時間に及ぶノンストップの全土向け放送。州をまたぐ6カ所の中継点を結び、各州では見本市を開催した。

こうしたイベントにはWeb 3やメタバース、NFTといった新たなテクノロジーが徐々に、そして確実に導入されつつある。

「我々はすでに、メタバースに似た環境を活用してイベントを開催した。斬新でエキサイティングでしたが、メタバースが持つ全ての特性を持ち合わせていたわけではありません」とテイラー氏。「それでも、対面の代わりにメタバースを活用するという考え方には私は反対です。生の人間同士のつながりやインタラクションに、メタバースの方が優るとはとても思えませんから」

対面でもバーチャルでもない未来

いずれにせよ、今後ブランドは対面とバーチャルという2つの異なるレベルの参加者を考慮していかねばならない。そして企画を担うエージェンシーも、それを見据えて次第にエクスペリエンスを変化させつつある。

「ブランドは新しく生まれる文化にただ参加しているだけでは満足しない。その中で積極的かつ持続的な役割を果たしていきたいと考えています。それにはイノベーティブなアプローチが欠かせない」とアフザル氏。「ゲームや金融、eスポーツ、テック、メディアなど、あらゆるジャンルのイベントがデジタル主導のソリューションを必要としている。それがイベントの成功とROIの向上につながるのです」

ロバーツ氏は、今後は「対面だけでもバーチャルだけでもない」と語る。「両者の併用が新しいオーディエンスへのリーチとイノベーションにつながる」

「対面イベントがなくなることはありません。そこでは新たな出会いがあり、新たな製品を体験できる。もちろん、臨場感も大きな魅力です。だが今はバーチャルも戦略に取り込まねばならない。NFTやメタバース、ライブストリーミングなど、様々な新しいテクノロジーを活用すべきです」とロバーツ氏。「大切なのはブランドストーリーとストーリーテリングを前面に押し出し、エクスペリエンスの中核に据えること。これらは参加者からブランドロイヤルティを獲得するための最も重要な要素です」

対面とバーチャルの併用によって、今後数年間でこれまでに類のないユニークなキャンペーンが生まれるだろうとテイラー氏は予測する。

「両者の併用で地理的に離れているオーディエンスも取り込み、参加者を一気に増やすことができる。対面イベントはこれからますますマーケティングキャンペーンに取り入れられていくでしょう。そしてオンライン、オフライン双方のオーディエンスに向けたコンテンツが発信される。ブランドのコミュニティマネジメント戦略の土台として、重要になっていくはずです」

「コロナ禍の間、エージェンシーはオーディエンスをいかに維持するか腐心した。エクスペリエンスをリードしていく立場にある我々は、そこで得た新しいスキルと学びを今後も存分に生かしていかねばなりません」

(文:マシュー・キーガン 翻訳・編集:水野龍哉)

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