David Blecken
2016年7月21日

「忘れられた市場」、今再び

この国と真剣に向き合えば、今でも多くの利を生むことができる ― これまで新興国市場ブームの陰に隠れていた「日本」が、あらためて世界的企業から熱い視線を浴びている。

Campaignが発表した「アジアのトップ・ブランド1000」で、アマゾンは楽天を大きく上回った
Campaignが発表した「アジアのトップ・ブランド1000」で、アマゾンは楽天を大きく上回った

中国経済の成長鈍化、インドネシアなど新興国の甘すぎた成長見通し……こうした現実に目覚めた多くの多国籍企業が、新たな視点からにわかに日本を見直し始めている。

もちろん、それによって中国市場の存在が色褪せてしまうわけではない。想像に難くないことだが、ニールセンによれば海外の主要企業が中国で使った昨年の広告費は、日本でのそれをはるかに上回っている。コカ・コーラは日本で最大規模の広告費を使う海外ブランドだが、日本では2億1600万米ドルであったのに対し、中国では約7億5700万米ドル。アップルは日本で1億3000万ドル弱であるのに対し、中国で約3億6300万ドル。マクドナルドに至っては、日本で6500万ドル、中国では4億8300万ドルだった。

それでも各企業からは、日本市場から新たな成長を引き出そうという意欲が感じとれる。どの国のビジネスに注力するかは、市場の動向だけに左右されるわけではない。日本国内に手放しの楽観論はないものの、政府の強力なリーダーシップ(賛否両論はあるが)や2020年のオリンピック・パラリンピック開催といった要因から、日本への期待感は一層高まっている。

加えて、英国のEU離脱への不安感から円を安全な通貨と見る投資家たちも多い。UMジャパンのマネージングディレクターである宮澤剛志氏は、TPP(環太平洋経済連携協定)が発効されれば米国ブランドの日本市場への参入や投資がより促進されるだろうと言う。「特に食品や通信、エンターテインメントといった分野では顕著でしょう」。また、モンデリーズ(食品・飲料)のような企業は販売代理店から自社流通の比重を強めており、「一元管理されたグローバル・ブランドとして日本への投資を進めている」とも述べる。

消えゆく「神秘性」

IPGメディアブランズ傘下のマグナ・グローバルは、2016年の日本の広告市場は2.5%成長し、4.1兆円(約400億ドル)になると予想する。530億ドルと見られる中国に比べれば少ないが、日本は目覚ましい成長を遂げなくとも安定性が見込めると業界観測筋は見る。グローバルに不確実性が広がる中、「安定」という要素は実に魅力的だ。日本に匹敵する規模をもつ他のアジア諸国と比べても、平均的な消費者の購買力は日本が圧倒的に高いことも忘れてはならない。

エデルマン・ジャパンの社長兼CEOであるロス・ローブリー氏は、日本の消費者の中核をなす2000万人の富裕層 ― ベビーブーム世代の子どもたち ― に注目する。この世代は彼らの親とは異なって「上昇志向」が薄いので、「親の世代とは全く異なるアプローチが必要」と指摘する。その具体的な方法は、この10年余り中国の成長ばかりを追いかけ、日本市場に見向きもしなかったそれぞれのブランドが「自ら早急に見出さなければならない」。

「その答えになるかどうかはわかりませんが……」と同氏は前置きしたうえで、「海外ブランドは日本に対する先入観を捨て去るべきです」。海外ブランドの多くは、いまだに日本に対して陳腐な誤解を抱く。例えば、ある日用品ブランドが昨年展開した広告。30代の主婦が家で夫の帰りを待っているというもので、あたかも1950年代を思わせるような設定だった。

「今どきこのような女性はいません。メッセージを伝えようとする消費者を理解するために、ブランドは真剣な努力が必要です」

では、企業はどのように対応しているのだろうか。コンサルティング会社であるオブザーバトリー・グループのマネージング・パートナー、佐野里樹氏は、「日本市場への理解と洞察を深めるため、海外ブランドは外国人駐在員よりも日本人のリーダーを重用し始めている」と言う。一方で、マーケティングに長けた日本人の人材には限りがある。今からその開発に投資をしてもすぐに成果は出ないので、人材不足の解消には時間がかかるだろう。

とは言いつつも、新しいタイプの消費者を理解するのは想像よりも難しくないことかもしれない。

R3の創立者であるグレッグ・ポール氏は、日本市場がもう「異質」ではないとし、「日本の消費者は欧米の消費者と徐々に似てきている」と言う。「長年、日本でのビジネスは独特で難しいと考えてきた企業にとっては朗報でしょう。日本が、日本ならではの製品にこだわる時代は終わろうとしています。今日の日本の消費者は、抵抗なく外国製品を受け入れます。例えそれらが中国製であってもね」。

マッキャン・ワールドグループ・ジャパン会長の片木康行氏は、文化やビジネスといった面でむしろ日本がASEAN市場に近づいたと感じている。つまり、長年参入しにくかった日本の市場が、「今やかつてないほど参入しやすくなった」というのである。

本気になってこそ、成果が出る

日本が高齢化社会を迎えていることは、周知の事実だ。この高齢者層が、消費を引っ張る豊かな現役世代同様、大きなビジネス・チャンスをもたらすことは言うまでもない。彼らがブランドや消費活動に興味がないと考えるのは、実に愚かなことだ。が、いまだにそう勘違いしている企業は少なくない。

片木氏は、高齢者の需要が多いのは客船でのクルーズや豪華な国内旅行といった「贅沢な時間の過ごし方」で、こうした分野が「最も成長するだろう」と言う。従来型のヘルスケアも伸びており、さらに介護産業にも同氏は潜在性を見る。介護の分野ではこれまで目立ったブランディング投資はなかったが、競争が本格化するにつれてそれが「必然的に生じるだろう」。ポール氏は、「多くの海外ブランドがシルバー世代に注目し、彼らに合わせた製品やサービスを揃え始めている」と指摘する。

日本の消費者はかつてないほど「欧米化」しているように見えるが、内面ではまだ日本人として認識されることを望んでいる。海外ブランドが日本市場と真剣に取り組むのであれば、グローバル・キャンペーン用の広告をアレンジして使うのではなく、より多くの投資をして徹底したローカリゼーションを実行するべきだろう。
シンガポールの高級カジノリゾート、マリーナベイ・サンズは利用客の大半が日本人だ。しかし、今年前半に同ホテルが行った初の日本向けの大規模なキャンペーンでは、デビッド・ベッカムを起用した2015年のグローバル・キャンペーンを微修正したにすぎなかった。

確かに、いきなり水の中に飛び込むよりは、まずは片足だけ突っ込んで様子を見る方が簡単だ。しかし、市場での差別化と信頼の確立という目標を掲げて本腰を入れれば、日本は大きな利益をもたらしてくれる。それは決して、巨額の費用が必要なわけではない。マインドシェア・ジャパンのマネージング・ディレクター、スティーブン・バーコフ氏は、消費者はすでにブランドが「大声で宣伝する」のに辟易していると言う。「デジタル・チャネルに注力して、『狙う』のではなく『誘う』ようなPRを仕掛けるべきでしょう」

言うまでもなく、日本市場での成功は「よそ者」にとって容易ではない。しかし本当に差別化された商品ならば、それが最高級のものでなくとも、日本の消費者が喜んで海外ブランドを受け入れることは明白だ。例えば、アップルはCampaignの「アジアのトップ・ブランド1000」のランキングで日本での順位を着々と上げており、今年は全体の3位になった。アマゾンのマーケティングも実を結びつつあり、昨年日本で約4000万ドルの広告費を投じた結果、同ランキングでライバルの楽天を20位引き離し、22位に入った。

おそらく最も重要な点 ― 特に米国企業にとって ― は、日本市場に対して早急に過剰な期待をしないことだろう。経済成長は急激に加速することがないように、社会の歩みもまた然りである。

いくら投資をしても、「すぐに成果が出ることはあり得ない」と片木氏。「時間と労力が必要なのです。しかし本気になって取り組めば、安定的かつ持続的な成長を手に入れられるでしょう」。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

関連する記事

併せて読みたい

1 日前

エージェンシー・オブ・ザ・イヤー2020、結果発表

Campaign Asia-Pacificが主催するアワード「エージェンシー・オブ・ザ・イヤー2020」の、日本/韓国地域における受賞企業ならびに受賞者が発表された。

1 日前

世界マーケティング短信:パンデミックがあぶり出す脆弱さ

今週も世界のマーケティング界から、注目のニュースをお届けする。

1 日前

「40 Under 40 2020」:APACの明日を担う、若き日本の才能

アジア太平洋地域(APAC)のマーケティング及びメディア業界で目覚ましい活躍をした若手の逸材を、Campaign Asia-pacificが毎年選出する「40 Under 40」(40歳以下の40人)。今年は日本から2人が選ばれた。

1 日前

メールマーケティングを成功に導く8つのTips

メールは、最も強力なコミュニケーション手段の一つであることに変わりはない。顧客にメール送信を許可してもらえるのはきわめて得難い特権だ。ブランド構築やデジタルマーケティングを手がけるArchetypeのシニアデジタルコンサルタントが、その特権を有効活用するためのTipsを8つ紹介する。大切なのは、信頼を裏切らないことだ。