David Blecken
2018年3月29日

新社会人が見る、広告界の今

若者たちが新たなスタートを切るこの季節。広告界で仕事を始める新社会人たちは、業界のどこに魅力を感じ、何を期待しているのか。

(写真:AFP)
(写真:AFP)

広告界で働く人々は、誰もが変化の速さについていくことに必死だ。そんな業界で働く若者たちには、どのような素養が求められるのか −− 広告代理店幹部の仔細な意見を耳にすることはあっても、若者たち自身の声を聞く機会は少ない。彼らの意見こそ重要なのは、言わずもがな。企業が必要な人材を確保したいのであれば、彼らのモチベーションや企業への期待を理解することが不可欠だからだ。

日本の学生たちの就職活動が最盛期を迎えている今、Campaignは間もなく社会人となる3人の前途有望な若者たちに話を聞いた。彼らが抱く夢や期待、そして不安とは何か。3人とも早稲田大学の学生だが、それぞれ異なるバックグラウンド、そして就職活動を経てきている。

オグルヴィ・アンド・メイザー・ジャパンにジュニアコンサルタントとして入社する金安晃平氏は、通常の就職活動を行わず、インターンシップやフリーランスでの仕事、ネットワークの拡大で内定を得た。英オックスフォード大学にも留学し、過去3年間で15にわたる職種を経験。勤務先はギリシャのコスメブランド「アピヴィータ」から英国大使館、エデルマン、オグルヴィにまで及ぶ。

博報堂DYデジタルに入社する22歳の長野真鈴氏は、通常の就職活動を全う。同じく英国に留学、モバイルゲーム制作のスタートアップ企業「ガイア」やマッキャン・ワールドグループでインターンシップを経験した。

やはり22歳の王靖(ワンチン)氏は、現在大学3年生。来年の卒業に向けて就職活動の真っ最中だ。台湾出身ながら日本で学生生活を送り、今後も日本でキャリアを積んでいきたいと考えている。「日本の社会はとても馴染めるし、台湾よりもいろいろなチャンスがありますから」。これまでブランドやマネジメントコンサルティング会社、広告代理店などでインターンシップを経験、自分に最も適した企業探しに努める。

金安晃平氏と長野真鈴氏

なぜ広告界なのか

現代の広告業は、従来のスタイルから大きく変容した。煩わしいコミュニケーションが減り、消費者重視の姿勢に転換しつつある今、3人は共にこの業界で「貢献できる」という前向きな意識を持つ。広告界を「クール」とは敢えて言わないが、「エキサイティングで変化に富む業界」と見ている。

「広告とPRに大きな違いはない」と考える金安氏がこの仕事を志した主たる理由は、「影響力が行使できるから」。「将来は、日本に進出を図る海外ブランドの橋渡し役になりたいと思っています」。長野氏は、「チームの一員として仕事をしつつも、個人としての足跡を残せる」ことに魅力を感じるという。海外で働くことにも興味を持ち、「日本の素晴しい部分を外国に伝えていきたい」とも。王氏は、広告の「ビジュアルやクリエイティブ的要素が好き」。現在の広告界はイノベーションが多分に欠如しており「物足りなさを感じる」が、「今後そうした分野が伸びていく可能性が魅力」という。

期待と落胆

常に自らを「最もエキサイティングな世界」と喧伝する広告界は、多くの期待を背負う。新たに加わる若者たちも「100%楽しい世界」という幻想はないにしろ、刺激的で意義ある仕事ができるという期待を抱く。よって知力を必要としない単純作業の繰り返し −− 悪評高い電通の過重労働はこの側面が強かったようだ −− は、彼らの大きな失望につながる。

「広告業の魅力をひと言で表すなら、短期間で多くを学べることです」と金安氏。「仕事から新しいことを学びたい。これまでいつもそれを意識してインターンなどに励んできました。何も学ぶことがなければ、僕にとって仕事の意味はありません」。

更に、「オープンなコミュニケーションを醸成する職場環境も不可欠です」。企業にとっては当たり前のように聞こえるが、オグルヴィ・ジャパンにはアジャブ・サムライ前CCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)が就任するまで個々のデスクの間に仕切りが設けられていた。サムライ氏はこれらを撤去。「間仕切りがある会社は効率が悪い。誰もが気軽に話のできる環境が重要です。そういう空気がなければ仕事ははかどらないし、広告代理店としての機能の妨げになります」。

柔軟性と多様性も重要な要素だ。長野氏は、「自分が意思表示をすれば関心のある分野や会社のクライアントのために仕事ができる」可能性に魅力を感じるという。「好きな分野の仕事をしているチームに参加できるかもしれない。そういう環境は大切だと思います」。より基本的な柔軟性とは、四六時中会社にいたり、少なくとも自分のデスクに張り付いていたりしなくてもいいことを意味する。「自宅で仕事をすることにこだわっているわけではありませんが、選択肢があることは重要です」と金安氏。

王氏は、たとえ上司と意見が食い違っても自分の言いたいことが言える自由な空気を職場に期待するという。「意思表明することは仕事の妨げ、という雰囲気では不安です」。

3人とも同じ会社でずっと過ごすつもりはないのは、ご察しの通りだ。「代理店ではなく、ブランドに就職すればそうした志向がもっと強まるでしょう」と王氏。彼女にとって代理店での仕事は楽しいものに映る。「常にほかの会社との関わりを持てますから。コラボレーションをする代理店とブランド、双方の異なる環境で経験を積みたいと考えています。でも、例えば日産自動車のように昇進の道筋が決まっている会社では、キャリアを築くまでに一定の時間がかかる。会社が好きでも長くいなければ見返りがないようでは、時間の無駄に感じます」。

長野氏は、「違う会社を渡り歩くことは刺激的で、知恵の源泉になる」という。企業への社員の忠誠心は美点だが、「今の私の年齢では試練や失敗を経験することも大切」。金安氏は、「僕には目標がいくつかあるので、それらを達成するためには同じ会社にいることはあまり意味がないと思います」と話す。

王靖氏

過重労働、人間関係、機会均等

広告界にデビューする彼らと話をするにあたって、2015年に起きた電通若手社員の過労自殺の一件は避けて通れない。彼らにとってこの出来事は、広告界を敬遠する引き金とはならず、自分たちが足を踏み入れる世界への警鐘になったようだ。「広告界の評判をおとしめる事件だったことは確か」と金安氏。

「深刻なニュースでしたが、代理店の面接をやめようとは思いませんでした。インターンシップでの経験がとても楽しかったので」と長野氏。「仕事が大変なことは分かっています。でも辛すぎるのならば、途中であきらめてほかの道を考えます」。

広告界に入る者にとって「長時間労働はより真剣に考えるべきテーマになった」と金安氏。「代理店は今の状況を改善しようとしているようですが、十分な努力がなされているかどうかは別問題です。もし仕事の負担が大きくなり過ぎれば、僕は躊躇せずに上司に訴えます。仕事以外の時間に好きなことをして、エネルギーを充電することが自分にとっての優先事項ですから」。

王氏の考え方は従来の職場の常識とは相容れないもので、むしろ「健全」と言える。彼女はコラボレーションやチームワークの価値を尊重しつつも、「管理職の人たちはいまだに職場で過ごす時間の長さを重視し過ぎている感がある」という。「自分の仕事が終わったら、帰ればいいのです。ほかの人たちは関係ない。自分自身の問題ですから」。

社員が睡眠と趣味に費やす時間を要求することは決して理不尽ではなく、結果的に効率性を高めるものだ。では、職場での人間関係はどうだろう。日本生産性本部が行った2017年の調査では、仕事が終わった後の付き合いは徐々になくなりつつあり、新入社員の30%以上は「仕事後に同僚たちと交流したくない」と答えている。彼ら3人はいずれも仕事に関わる付き合いに反対ではないが、「強制」ではなく「自発的」であるべきだという。過度の飲酒も強制されるべきではないと考える。「酒席は相手のことを知る良い機会ですが、時に自分の限界を超えてお酒を飲む人は理解できません」と王氏。

彼らがより懸念を抱くのは、業界(特に日本の)に女性リーダーが驚くほど少ないことだ。「その点は少し気になります。私の面接官も皆、男性でした」と長野氏。「広告界は変化が激しいので、(産休後に)職場復帰をするのは難しいような気がします。どうしても、キャリアを選ぶか自分の生活を選ぶかになってしまう。でも将来は、こうした状況が良くなることを期待します。広告の仕事はやり甲斐があると思うので、ずっと続けていきたいですから」。いくつかの企業は「働く母親をサポートし、変革のためにロールモデルを演じているという印象を与えることが大切」とも。王氏は、「職場に託児所があるかないかが大きな違いになる」という。

広告界、そして新社会人の「魅力」を磨くために

若き才能にとって広告代理店がかつてほど人気の高い就職先でないことは、周知の事実だ。王氏によれば、彼女が在籍する国際教養学部の卒業生の間ではアクセンチュアの人気が高いという。「(同社の)就職説明会では、仕事の内容や企業文化についてあまりはっきりした話はなかったのですが……」。高い給与がその魅力の1つだろうが、金安氏は代理店も仕事の内容をもっと明確に説明するべきだという。「仕事の多様性が十分に認識されていないと思います。その点をアピールすれば、より多くの人たちが仕事の楽しさを理解するのではないでしょうか」。

広告とテクノロジーの関連性をアピールすることも、経済や科学を専攻して他の業界を志す学生たちを「取り込むきっかけになるのでは」と王氏。だが、就職活動の際のお決まりである黒いスーツに白いシャツという出立ちでは、「堅苦し過ぎて個性を出しにくい」とも。彼女は応募者にスーツを着る必要はない、とはっきり言う企業に好感を持つという。また、短期間で就職先を決めなければならないというプレッシャーから、「応募前にその企業をよく知ることができない」という問題点も指摘する。

「職探しのスキームは、若干ショーのようにも感じます」と金安氏。「完璧な自分を演出しなければならない。僕がそれに逆らって普通とは異なるプロセスを選んだ理由の1つは、自分の持つスキルを判断してもらいたかったからです」。

彼は職探しをする学生にLinkedIn(リンクトイン)のようなプラットフォームや、少なくともネットワークを積極的に活用するようアドバイスする。それによって大多数の学生が、インターンシップやアルバイトから何を習得できるか「じっくりと見定めることができる」。「僕はお金を稼がなければいけないのは分かっていたので、自分にとってためになることをしようと考えました。学生であれば3カ月から半年で職を変えることができ、その経験をアピールポイントにできます。言わば、自分への投資ですね」。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)

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