David Blecken
2019年8月28日

翻訳者からクリエイターへの助言「話す前に耳を傾けよう」

TBWA HAKUHODOのエリック・エレフセン氏は、クリエイターが発する言葉の真意を読み取り、クリエイティブプロセスを支援している。

エリック・エレフセン氏
エリック・エレフセン氏

広告はコミュニケーションに携わる産業ではあるが、言語が業務においていかに重要な役割を果たすのかを、十分に認識しているとは必ずしもいえない。特に国際的な職場環境と比べ、繊細な解釈が要求される機会が少ない日本では過小評価されがちだ。

多くのエージェンシーで通訳・翻訳者は、無名の存在だ(もしエージェンシー内に存在するならば、ではあるが)。だがエリック・エレフセン氏が活躍するTBWA HAKUHODOでは、状況は異なる。同氏の職務は通訳・翻訳にとどまらず、言語やトランスクリエーション(クリエイティブを他言語・他文化に適合させること)のディレクターも務める。

日本とノルウェーにルーツを持つ同氏は、2015年にTBWA HAKUHODOに参画。以降、さまざまな国のオフィス間でメッセージを中継するだけでなく、クリエイティブプロセスの支援など重要な役割を果たしてきた。同社の井木クリストファー啓介COOによると、エレフセン氏は単に言葉を訳するのではなく、本当の意図を理解し伝えようと尽力し、社内を変えたという。エレフセン氏の努力は、通訳や翻訳における核心を具体化したものといえそうだが、実際にはこれを実現できないケースがほとんどだろう。

香港、シンガポール、英国、日本で育ち、学生時代は写真を専攻したエレフセン氏が目指すのは、人々の間に「橋を架ける」こと。誤解は日常茶飯事だという。「我々は伝えるべきことをきちんと主張したと思っても、果たして受け手は、こちらが意図したように受け取ってくれているのか? 完全に意図した通りには伝わっていないことが多いですね」

このことに初めて気づいたのは、ピースボート(国際交流NGO)で働いていた時のこと。感情や先入観、「虚偽」といったものによって本質の理解がいかに阻害されるか、身をもって知ったという。NGOと広告の世界ではさまざまな状況が異なるが、そこで働く人々の熱意や、彼らがさらされているプレッシャーの大きさには似通った部分がある。

NGO在職中には携わっていなかったトランスクリエーションの仕事では、シャイアット・デイ(Chiat Day)ロサンゼルスオフィスと共に、ユニクロなどのアカウントを支援した。

「東京とロサンゼルスがお互いに何を言おうとしているのかを、把握する必要がありました」とエレフセン氏。「簡約された言葉は、ただ翻訳しただけでは伝わりません。これこそが、異なる言語を扱うことの醍醐味です。時には、翻訳とコピーライティングの差が紙一重であることも。クリエイターに自信を持ってもらうために、彼らの意図を聞き、深い議論を重ねる必要があるのです」

日本国内の、TBWA HAKUHODO以外で働く外国人クリエイターの中には、コミュニケーションの困難さが予想外のクリエイティブプロセスへとつながり、恩恵がもたらされることもあると語る者もいる。エレフセン氏もこの意見には賛同しており、言葉以外に音楽やビジュアルで意思疎通を図ることも可能だと考えているが、口頭・文書による明確なやりとりが不可欠な場面があるのも、また事実だ。

同氏は3名の翻訳者からなるチームを率いており、このチームは「常に非常に忙しい」のだと井木氏は言う。エレフセン氏がチームメンバーに求める必須条件は、社内と波長が合うこと、そしてポップカルチャー関連を理解すること。というのも、特許や法務の分野で経験を積み、表現の微妙なニュアンスを苦手とする通訳・翻訳者が多いのだとか。

「我々が求めている翻訳者は、キャンプファイヤーでの語り部のような存在」とエレフセン氏。「形式にとらわれず、人物のキャラクターを前面に押し出してほしいと望んでいます。自律性がなくては、毎日仕事に来ることが楽しくありませんから」

これは他のどの業界においても同じことが言えるだろうが、エレフセン氏によると、特にマーケティングコミュニケーション領域において活躍できる、才能のある人材が不足しているという。このため同社はサービスを博報堂本体にも展開し始めており、より明確なビジネスモデルを構築したいと考えている。

日本の広告界のプロフェッショナル達が、他の非英語圏の同業者と比較して、なぜ自身の英語力に自信を持てないのか(非常に堪能であることが多いにもかかわらず)。この問いに答えることは難しい。「我々は本当に英語が下手だ」という、脈々と続いてきた根拠のない思い込みによる部分が大きいのでは、とエレフセン氏は語る。

「多くの人がそう信じていれば、それが事実になってしまうこともあります。でも我々が信じていることは、ただの虚構なのかもしれません」。しかし、こうも付け加える。「英語を話せなくては会話から取り残されてしまう、という観念を捨てることが理想ですね。ロシア語や中国語を話せることも、同様に有益ではないでしょうか? このような考え方にシフトするほうが健全だと思います」

優れたコミュニケーターになるための条件は、いかなる言語においても変わりないというのがエルフセン氏の見解だ。広告界の人々の多くは饒舌であることを鑑みて、言葉のトーンを和らげること、というのが同氏からのアドバイスである。

「話し始める前に、まず耳を傾けましょう」とエルフセン氏。「自分自身を検閲しろというのではありませんが……。主観的なクリエイティブコンテンツについて話す際には、よく考えることが必要です。この人が私に語ろうとしていることは何か。その背景にある壮大なデザインとは、そしてそのニーズとは何か。彼らはこのやりとりで何を得ようとしているのか。彼らの感情はどのような状態にあるのか。このようなことを整理して初めて、本題に近づくことができ、自分が何を言うべきかも分かるのです。とても基本的なことのようですが、最も真実で、最も不可欠なことなのです」

(文:デイビッド・ブレッケン、翻訳・編集:田崎亮子)

提供:
Campaign Japan

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