David Blecken
2018年3月01日

新たな資産運用サービスが、日本の個人投資を変える

優れたデザインと明快なコミュニケーション −− 新しいオンライン証券会社のサービスは、果たして懐疑的な顧客が多い市場の起爆剤となるか。

甲斐真一郎氏
甲斐真一郎氏

一般の日本人にとって、投資は決して気軽な行為ではない。往年のバブルの末路は、依然多くの人々の心にリスクの象徴として刻まれている。ある概算によれば、日本の個人口座に眠る貯蓄額は8兆6000億米ドル(約946兆円)。社会の高齢化が進み、年金だけでは将来ゆとりある生活ができそうにないと国民が気づき始めているにもかかわらず、変革の兆しはない。

電通も、そのように考えている。同社の投資部門を担う電通ベンチャーズが先月、フィンテックのスタートアップであるフォリオ(FOLIO)社に出資した。ゴールドマン・サックスのトレーダーであった甲斐真一郎氏が設立したフォリオは、投資の初心者を対象としたオンライン証券会社。2017年11月よりβ版サービスを公開、テーマ型投資で未経験者に資産運用を促す。テーマは好きな分野から選べ、例えば「ドローン」「カジノ」「工業用ロボット」、更には「温泉」といったものまで。

各テーマは、同社のアナリストが選んだ10社の企業によって構成される。企業の選定は売上や将来性、流動資産といった根本的要素が尺度。顧客は10万円(940ドル)前後という比較的低い出資額からの分散投資が可能だ。

こうしたアプローチは、ニューヨークに拠点を置くオンライン投資会社ベターメント(Betterment)に近い。同社の旗印は、明確なテーマとオールラウンドで手間のかからないエクスペリエンスの提供。同社の設立は10年前で、同様のサービスが日本で始まるまでにそれだけ年月を要したことになる。

LINEもこの事業モデルに潜在性を見出す。フォリオと資本業務提携を締結、7100万人のユーザーに向けた投資サービスの開始を予定している。LINE広報の斎藤伊超(いちょう)氏は、「新たな投資サービスを始めることで、今後はフィンテックにより注力していきます。フォリオの洗練されたUIは大きな特長」と話す。

「投資という『単色』の世界に彩りを加え、人々により身近なものにすることが目標」と話すのは甲斐CEO。セーターにジーンズという同氏のカジュアルな服装は、とても金融界で働く人間には見えない。「日本の人々が投資に興味がない、というのは作り話にすぎません。興味がないのではなく、どうやって始めてよいか分からないので考えたことがない、というのが実情です」。市場の潜在性は約2000万人と見込む。

「ワクワクする」投資

フォリオはブランドとして、2段階で市場にアプローチする戦略だ。はじめは人々の金融に対する眠っている興味を目覚めさせ、その次に理解を促進する。「つまり、右脳と左脳の両方に刺激を与えるのです。『論理』を強調するだけでは、人々を投資に駆り立てることはできないでしょうから」(甲斐氏)。

「専門用語の多さや『難しい』という印象から、多くの人々は投資を理解しようとしません。我々がなすべきことは、投資がエキサイティングな行為であると知らしめること。そうしたベースを築けば、論理的思考は後からついてくるでしょう」。更に、既存の投資家がフォリオのデザインの優位性や使いやすさに魅力を感じ、他の企業から乗り換えることも同氏は期待する。

インターブランドジャパンの並木将仁CEOは、「フォリオは非常に興味深いブランド」と語る。その理由は、サービスが「既存のものよりなぜ優れているか」ではなく「投資家にとってなぜ意義があるのか」という点に重きが置かれているから、という。「ワクワク」(『興奮』を表す擬音語で、フォリオのホームページの冒頭のメッセージにも使われている)という言葉を使うことで、「感情に訴えることが重要、という明確なメッセージになっています」。

フォリオのテーマの多くはインスタグラムにも適しており −− 例えば「野球」 −− ソーシャルメディア上で「自分のポートフォリオを語るきっかけになる」と甲斐氏。ビジュアル面にも極力留意し、各テーマを象徴するイメージを同社のデザイナーが撮り下ろすことは当たり前とも。「我々はハイレベルのフィンテック企業ですが、同時にエンターテインメントも提供したいのです。それこそが我々のブランドの本質」。

フォリオは目下のところ、広告活動をしていない。出資会社の電通がマーケティング活動をサポートしていく予定だ。電通ベンチャーズの笹本康太郎マネージングパートナーは、「直接投資は今の日本のトレンドと考えているので、フォリオを資金面で支えていくことにした」と語る。

「今の若者は自分の未来を年金に頼ることができないと分かっているので、資産を増やさなければなりません」と同氏。「テクノロジーが、それを容易にしたのです。以前であれば金融機関に行かなければならなかったのが、今はモバイルで手軽にできるようになった」。と同時に、「安全性の高い行為であることを理解させることも重要」という。

認知度と信頼性の構築とともに、電通は「情緒的価値を提供し、投資を楽しむことをサポートするコミュニティ」(笹本氏)のマネジメントも行っていく。「新しい資産を作る投資の知識を提供し、例えばライブイベントのような、テーマと関連するコンテンツを生み出していく」。それは「ドローンやIoT(モノのインターネット)といったテーマでカンファレンスを開催すること」(甲斐氏)。投資家たちが直接出会い、プロダクトに触れられるような場の提供だ。「特定分野の企業にとって、潜在性のある消費者とつながる新たな機会になっていくでしょう」(笹本氏)。

新たな顧客との機会

投資サービスをより身近なものにしようと試みる企業は、フォリオだけではない。最大のライバルは、米国や日本企業への投資を1000円という少額からできるようにしたワンタップバイ(One Tap Buy)だろう。ユーザーに変わって取引を行うロボアドバイザーのテオ(Theo)という企業もある。

また、ヤフーファイナンスはスマートフォンアプリ情報サービス「アプリブ(Appliv)」のランキングで最も人気の高い投資アプリを提供。更にマイトレード(MyTrade)やフィスコ(FISCO)、マネックス証券のアプリ「answer」などはユーザーのオプション分析に有用で、iトレは投資家志望の人々が知識を得られるバーチャルゲームを提供している。

だが、こうしたサービスのマーケティング活動はまだ不十分のようだ。Campaignの取材に応じたある投資家は、「消費者の立場からするとこれらのサービスは把握しにくく、かつ多くのことを学ばなければならない。忙しい人や関心が薄い人にとってはハードルが高い」と話す。またある観測筋は「フォリオのウェブサイトは見ていて楽しく、異なる分野について有機的に学べる手段」という一方、「典型的な証券会社は株の動向に関する最新情報を、分かりにくい言葉で頻繁すぎるほど送ってくる」。

インターブランドの並木氏も同意見だ。既存の証券会社は顧客とのつながりを弱めており、その一方フィンテックのスタートアップは新たな顧客、特に若年層のオーディエンスとのつながりに好機を見出しているという。「投資に関する専門用語は大概ドライで、感情面でのマインドシェアにつながりません」。

「スタートアップはブランドに信頼の置けるパーソナリティを築くことで、既存の会社よりもビジネスを有利に進めているようです。コミュニケーションの面だけではなく、プロダクトやサービスにもそういったパーソナリティが反映されている」と同氏。明確なサービスの提供がオーディエンスとの明快なコミュニケーションを可能にし、転じて「ブランドのより強烈で時代の先端を行くパーソナリティになっている」。

今の時代の一般的なスレッドは、ソーシャルや個人のコンテクストの中で有意性を語ることだ。だが並木氏は、「パーパスブランディング(purpose branding)が顧客を獲得するための最善策かどうかは分からない」という。「個人投資家の間で、社会的責任のあるESG(環境・社会・企業統治)投資への興味が高まっていることは事実。ただ、そうした流れが投資に積極的でない人々を投資に駆り立てるかどうかは不透明です」。

(文:デイビッド・ブレッケン 取材:田崎亮子 翻訳・編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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