Staff Reporters Tatsuya Mizuno
2023年4月13日

エージェンシー・レポートカード2022:電通クリエイティブ

2022年は、電通にとって大きな変革の年となった。巨大なクリエイティブエージェンシーを立ち上げ、数々の主要広告賞も獲得。今後の課題は様々な文化的背景を持つ従業員をどうまとめ、質の高いコラボレーションを実現するかだ。

『Unfiltered History Tour』より
『Unfiltered History Tour』より

昨年1月に設立された「電通クリエイティブ」(Dentsu Creative、以下DC)。これほど大きな変革を1年間で経験したエージェンシーは過去に例がないだろう。傘下の多くのエージェンシーを5つの「柱」にまとめることは、電通グループの積年の課題だった。その解決こそが、テーマに掲げる「One Dentsu」の実現につながるからだ。

中でも、日本国外にある62のエージェンシーを統合したDCはこれまでで最大の改革。2020年にスタートした電通マクギャリーボウエン、デジタルマーケティング専門の「360i」、デジタルエクスペリエンスの「アイソバー」、そして「タップルート」「インパクト」「ウェブチャトニー」といったインドのクリエイティブエージェンシーを集約した。

弊誌は昨年のエージェンシー・レポートカードで、電通とアイソバーを2つに分けて評価した(評価は共にC+、両社のポイント平均は7.2)。電通の場合は傘下のAPAC(アジア太平洋地域)のクリエイティブエージェンシーと日本国内の事業を合わせて勘案したため、その評価は容易ではなかった。

新たな経営陣が数多く就任したDCは、全く異なる組織となった。その設立は電通の国内外事業(海外は電通インターナショナル)における「二極体制」の終焉を示唆する。一方で、両社の区別は以前から判然としなかった。DCが海外事業を束ねたグローバルエージェンシーブランドであることは明確で、弊誌は1つの独立した組織と判断。グローバルブランドでありつつも、今後は日本の文化とテクノロジーの活用を目指していくだろう。

アイソバーの吸収で、世界有数のクリエイティブエージェンシー となったDC。APACでは5000人の従業員を抱え、その規模はWPP傘下のオグルヴィに肉薄する。他社の合併事業同様、DCが目指すのは1つの集合体の下でクライアントの最大の懸案を解決することだ。まさにそれは、言うは易く行うは難し。実現のためには責任あるリーダーシップ、明確なシステムと目標設定、そして多様なスキルと文化的背景を持つ従業員の一体化(ひいてはクライアントとの結束)が求められる。

そのためDCは「モダン・クリエイティビティー」という包括的テーマを掲げ、3つの目標 −− 文化・社会・未来の創造及び変革 −− を設定した。VI(ビジュアルアイデンティティー、ブランド価値やコンセプトを可視化したデザイン要素一式)分野でインスピレーションの源とするのは、日本の伝統工芸や技術力。時代に呼応する多様なクリエイターの獲得にも注力した。

現時点でのDCの課題は、ビジネス成長と人材確保の面での具体的成果だろう。新たな基盤の上で順調に滑り出したかに見えるが、真の成果を上げるにはまだ努力が求められる。

カテゴリー 2022 2021 (電通 / アイソバー)
ビジネス成長  C+   C+/C+
イノベーション  B C+/B-
DEI&サステナビリティー  B C+/B-
クリエイティビティー&エフェクティブネス  B+ B/C
マネジメント C C+/B-
*2021年の評価は新たなポイント表に基づくもの。ポイント表についてはこちらから  

ビジネス成長 (C+)

DCの業績見通しは不透明だ。一方で、調査会社R3のデータに基づくCampaign AIの評価では、電通もアイソバーも「APACクリエイティブランキング」で順位を上げた。電通の純収益は4000万ドル、アイソバーは770万ドルで、それぞれ4位と14位。電通は昨年10位だった。

2022年の主だった新規事業は、オーストラリアのKマートや中国・台湾のペプシコなど。中国の君楽宝乳業(Junlebao Dairy)やインドのリンクトインとの協働はテクノロジー主導で、DCにとっては新たな可能性を切り開くものとなろう。「昨年は主要クライアントを失わなかった」(同社)というが、タイではトヨタ自動車やサントリー、マレーシアではコカ・コーラ、ホンダ、RHBバンクなどが他のエージェンシーとの協働を選択した。

事業の全体像は、指定代理店としての役割だけではもはや把握できない。特に電通の場合、広告の域を超えてブランドトランスフォーメーション(BX、ブランドを中心とした事業変革・成長)やカスタマーエクスペリエンス(CX)といったサービスの提供に注力しているからだ。アイソバーが注力するのはまさにこの分野であり、DCもCXやデザイン思考といったサービスを現在の約30%から50%まで増やそうとしている。

だが新たに設立されたこともあり、比較可能なデータは提示されなかった。売上高や利益などに関しても然り。グループレベルで公開された財務諸表も、業界レベルでは共有されていない。ただし、電通の2022年通期決算からわかるのはアジアにおける業績不振。中国では他社同様に苦戦したが、インドでの好業績がそれを相殺した。

比較できる主要データがないため、評価は昨年と同じく「C+(平均的)」とした。

イノベーション (B)

電通は「モダン・クリエイティビティーの方向性を示し、牽引すること」を自らのテーマと課す。ゆえにイノベーションでは高い評価を得る必要があるが、アイソバーの持つ日本固有の技術力とデザイン力、デジタルエクスペリエンスの創出力をもってすればそれは十分可能だろう。

昨年、DCはAPACで企業能力の強化・多様化に注力した。コンテンツの規模拡大を図る「電通オンデマンド」、戦略的プランニングをサポートする「電通インサイト」、ゲームファンに向けた「電通ゲーミング」、中国のZ世代をターゲットとした「電通Z」……これらは確かに価値ある取り組みだが、DCのような巨大ネットワークでは大きな効果を発揮していない。

差別化を生んでいるのはAPAC内のサステナビリティーを促進する「電通フォー・グッド(Dentsu for Good)」だろう。また昨年6月には、社会変革を専門とする傘下の豪エージェンシー「コックス・イノール・リッジウェイ(Cox Inall Ridgeway)」の株式51%を先住民族の人々の保有とした。これは英断だ。イノベーションは全てテクノロジー関連である必要はない。

もちろん、テクノロジー面でもイノベーションを忘れてはいない。例えば、メタバース空間でブランドがバーチャルインフルエンサーを活用し、エクスペリエンスを創出できる業界初の取り組み「電通VI」。仮想世界「ムーンバレー」の中にマイクロソフトと協働して構築したキャンパスも、ブランドが新たなメタバース活用を実験できる空間だ。DCはこの分野でも先駆者を目指す。

だがVIに関しては、トヨタ自動車、コカ・コーラ、マニュライフ生命といった大手ブランド以外で強い関心を示している企業は今のところない。メタバースブームが沈静化しつつある今、その先行きは楽観できないだろう。

スケールの大きなイノベーションを実践している点でDCは優れているが、その内容は革新的とまでは言い難い。だがクリエイティブワークにおけるイノベーションの秀逸さを鑑み、評価を上げて「B(とても良い)」とした。

DEI&サステナビリティー (B)

「B」の評価に驚く方々は多かろう。電通の日本国内におけるジェンダー不平等は依然として解消されていない。だが、アイソバーなど海外エージェンシーはDEI(多様性、公平性、包摂性)の面で大きく向上している。

日本国外のDCは、今もAPACで最も多国籍の従業員が集うエージェンシーだ。経営陣の36.5%は女性で、2025年までにはその割合を50%まで上げる明確な目標もある(日本は現在25%)。今年はジェンダーによる賃金格差の実態を精査する予定も。また、女性のキャリア開発と総合的なスキルアップを図るプログラム「パス・オブ・タベイ(Path of Tabei)」もスタートさせた。このネーミングは、世界で初めて女性としてエベレスト登頂に成功した田部井淳子氏に因んだものだ。

既存のDEIプログラムも進化している。「インスパイアリング・インクルージョン」では業績目標の中にインクルーシビティーの目標値を設定、管理職がその達成に責任を負う。「従業員リソースグループ」はアライシップ(社会的弱者の擁護)やインターセクショナリティー(個人のアイデンティティーが複数組み合わさることで起こる差別への理解)、メンタルヘルス、LGBTQ+などへの認知を広げるワークショップを積極的に開催、それらのサポートに尽力する。また、各地のオフィスは障がい者をより積極的に採用し、福利厚生のさらなる充実も図る。

さらに豪州やニュージーランドでは、先住民族の人々をサポートする複数のグループと提携。つまり日本国外のDCの取り組みは大きく前進しており、評価を上げる要素に事欠かない。それはサステナビリティーに関しても同様だ。

DCのサステナビリティーへの評価は長年高い。そのネットゼロ目標は、WWF(世界自然保護基金)と国連グローバルコンパクトが設立した「SBTイニシアティブ」から2019年に認定された。これは世界の企業の中でも極めて早い。では、その進捗はどうか。

2021年には、2030年までの目標だった炭素排出量の53%削減を9年早く達成。今ではさらなる野心的目標を掲げ、2040年までに全事業活動における90%削減を目指す。すでにPAS2060規格(英国規格協会による認証基準)も独自に導入した。

クリエイティビティー&エフェクティブネス (B+)

文化と未来の創造、社会変革でモダン・クリエイティビティーを再定義する −− DCの掲げる目標は極めて野心的だ。実現できるのか疑いたくなるが、過去1年の作品(DCが生まれる以前のものも含めて)を見る限り、すでにその方向性は示している。

中国でオープンしたKFCのメタバース店舗、台湾でヤフーのために開設したメタバース内の共同クリエイションラボ、タイのシニア層に向けた豪コミュニケーション会社「ザ・ハロー」のモバイルゲーム……いずれもテクノロジーがクリエイティブに活用されている。

特筆すべきは、インドの旧・電通ウェブチャトニーがメディア企業ヴァイス(Vice)のために制作した『Unfiltered History Tour』(下・動画)だ。これは大英博物館の「ゲリラ的ツアー」とも言えるもので、インスタグラムのAR(拡張現実)フィルターを活用。同博物館の展示物がかつて植民地から略奪された裏面史を、被植民者のナラティブで語るという内容だ。

これは実に秀逸な作品で、名だたる広告賞を総なめにしたことは驚くに値しない。スパイクスでは19、カンヌライオンズでは3つのグランプリと、真に革新的な作品に与えられるチタニウム部門を含めた12の賞を獲得。さらに重要なのは、この作品を見た何百万人ものオーディエンスが思考回路を変えたことだ。作品公開後に行ったアンケートでは、略奪された展示物を元の国に返すべきだという意見が多数派に。この作品は昨年、APACで最も称賛を集めた。

今後の課題を挙げるとすれば、各地のオフィスに「自主性」が保障されるか否かという点だ。電通ウェブチャトニーを例に出すまでもなく、優れた作品を生み出すには各オフィスの「自由度」が重要な土壌となる。

マネジメント (C)

「C(まあまあ)」という評価でも、弊誌がDCの新しい経営陣に批判的なわけではない。APACのCEOを務めるチューク・チャン氏(電通クリエイティブ)とロブ・ギルビー氏(電通グループ)は戦略や企業文化、サービスの再構築に真摯に取り組んでおり、来年はもっと評価を上げる可能性が高い。だが、それらの「強度」はまだ定かではなく、成果も出ていない。よって今年の評価はCとした。

「ゲームチェンジング・タレント」や「電通ユニバーシティー」、「ヤング・イノベーターズ・ワークショップ」といった人材育成プログラムの拡充や、前述したDEIプログラムは称賛されるべき取り組みだ。過去の文化的軋轢を乗り越え、企業として新たなビジョンをスタートさせた今、従業員アンケートでもかなり良い結果が期待できよう。DCによれば離職率は2021年から10%下がったというが、具体的な数字は示されなかった。

経営陣の目まぐるしい交代は昨年も続いた。電通インターナショナルCEOだったウェンディ・クラーク氏の退社はショッキングな出来事で、多くの人々が落胆したに違いない。APACクリエイティブCEOだったフィル・エイドリアン氏、APACチーフクリエイティブオフィサーだったマーリー・ハイミー氏の退社も同様だ。

電通にとって成長市場であるインドでは、広告賞を獲得したエージェンシーを含め、各社で経営陣の大規模な交代が2年続いた。APAC全域で経営陣が安定しない状態は3年目に入った。

電通は国内外の経営陣を統合した。それゆえ、国内のマネジメントを切り離して評価することはここでは控えた。だが、東京五輪・パラリンピック大会における汚職・談合疑惑は決して看過できない。捜査の結果、要職にある人々が逮捕されたことは倫理観の決定的な欠如にほかならない。

電通の全てのグローバルエージェンシーがこの責任を問われるわけではないが、今後は改革を目指してあらゆる部署が透明性を高め、明快なメッセージを発信していかねばならない。

エンターテインメント
クリエイティビティー
エクスペリエンス(バーチャル、ゲーミング)
ブランドトランスフォーメーション
戦略(ブランド、エクスペリエンス、コンテンツ及びソーシャルメディア)
制作
統合ソリューション(メディア、CX、モダン・クリエイティビティー)

*事業概要の比率に関する回答はなし

クリエイティビティー
エンターテインメント
エクスペリエンス

味の素
アメリカン・エキスプレス
カンスーフー(康師傳<マスターコング> 中国、食品)
花王
KFC(ヤム・ブランズ)
本田技研工業
マニュライフ
トヨタ自動車
ユニ・チャーム
フォルクスワーゲン

B: 2022年は62のブランドを1つに統合し、弊社にとって大きな変革の年となりました。またカンヌライオンズでは3つグランプリと待望のチタニウム部門を受賞し、これまでで最大の成功を収めました。

 

(文:Campaign Asia-Pacific編集部 翻訳・編集:水野龍哉)

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