Peter Daboll
2017年10月31日

カンヌライオンズ受賞は、本当にブランドに役立つのか?

クリエイティブアワードの審査員が好む作品と、クライアントのビジネスに役立ちそうな作品との間にある隔たりが大きくなっていると、広告アナリティクス企業「エースメトリックス」(本社:米カリフォルニア州マウンテンビュー)のCEOは語る。

カンヌライオンズ受賞は、本当にブランドに役立つのか?

広告業界で最も権威ある賞として、長きにわたり知られているカンヌライオンズ。だが、ピュブリシスなどのエージェンシーが、来年のカンヌライオンズから撤退すると発表し、複数の他のエージェンシーや大手ブランドも不参加の方向に動くなど、最近は苦境が深まっている。

同広告祭の参加に時間や労力、費用がかかることや、開催場所の不便さなど、理由はいろいろ考えられる。マーティン・ソレル(WWPグループCEO)が言うように、「見本市」と化している部分もあるが、もっと大きな理由があるだろう。本質的な問題は「カンヌライオンズでの受賞は、ブランドにとってどのような意味があるのか」だ。革新的なクリエイティブチームが賞の獲得を目指すことと、ブランドが目指すことが果たして一致しているのか、という問題が浮上しているのだ。

もし、ブランドやエージェンシーに広告祭への参加を躊躇させる理由が、立地条件や金銭的な問題でないとしたら、賞の決定基準に問題があるといえるかもしれない。そもそも、審査員はどのようにして、賞を決めているのだろうか。カンヌライオンズでの受賞作品は結局のところ、審査員の意見によって決まっており、客観的データの分析によるものではない。審査員は業界関係者から成り、クリエイティブに携わるトップの人たちを含むことも多い。彼らが価値を認め、筋が通っているとみなすものは、一般の人々(ブランドの客)が考えるものと違うことがあり得るのだ。

カンヌライオンズの受賞作品がどのような理由で賞を獲得したのか、データから客観的に見ることができる。「見る者の感情に訴えかける要素」として審査員が価値を認めたのは、どのようなものか。受賞の可能性が高いパターンを、データから予測することは可能なのか。もし可能ならば、ブランドはそのデータを使って、受賞の確率を高めることができるのだろうか。

我々の新しい調査結果が、その答えを示している。審査員の顔ぶれも応募作品も毎年異なるものだが、カンヌライオンズの受賞作品に見られる共通パターンを、「見る者の感情に訴えかける要素」という点で示すことができる。統計的に似たパターンを持つ広告は、受賞の確率が最高20倍まで高くなることが分かっている。また、カンヌライオンズの審査員たちが成功作とみなす広告と、ブランド側が良いと考える作品や、消費者からの反応には隔たりがあり、その溝はますます大きくなりつつあることも分かった。

感情に訴える要素の中で、受賞作品に最もよく見られ、その一方で、日ごろ目にする広告に無いのは、「うっとうしさ、不気味さ、可笑しさ、面白さ、予想外な展開、ユニークさ、衝撃の展開、ばかばかしさ、奇抜さ、異質さ」といった要素。どれも、ブランドキャンペーンの成功させるために必須の要素ではない。審査員たちが「新奇さ」や「ユニークさ」、あるいはこれまでに見たことがないようなものに対する「驚き」といった要素に価値を置いているのは明らかだが、これらが必ずしも一般に受け入れられるとは限らないのだ。ユーモアや温かみといった要素、息をのむようなビジュアルと音声が適切に使われることも、カンヌライオンズで成功を収めるには重要な要素となる。

一方で、カンヌライオンズでの受賞につながりにくいとされる要素には、驚くことに「信頼性、お得感、共感、発見、有用性、ブランドを前面に押し出したもの」といったものが並ぶ。「ブランドを前面に押し出したもの」に対する反応として代表的なのは、「とても良いブランド、質の高いブランド、この会社が好き、このブランドが好き、素晴らしい事業、素晴らしいブランド、優れたブランド、有名ブランド、人気ブランド、かっこいいブランド、この企業が好き」といったものだ。

広告へのこのような反応は、広告主のブランドチームが歓迎するもののはず。だからこそ、ブランドについて説明したり情報やメッセージを与えたりするような要素が広告の中に増えるにつれ、カンヌライオンズでの受賞の可能性が低くなるというのは、特筆すべき点だ。カンヌライオンズで審査員たちが認めるものと、ブランドにとって大切なゴールとの間に大きな隔たりが生まれており、これがこの広告祭の問題の原因となっているといえる。

もちろん、カンヌライオンズでの受賞には間接的な恩恵がある。より高いクリエイティブの追求に貢献したことで、知名度や評判が国際的に高まるといったものだ。だがブランドへの直接的な恩恵となると、それほど明白なものは無いだろう。それどころか、実際はブランドの目的に相反することが、我々のデータで明らかになっている。もちろん、カンヌライオンズの受賞作品の全てが、ブランドの目的の実現に貢献していないというわけではない。特にP&G、ユニリーバ、アップルといった企業の心温まる、感情に訴える広告はクリエイティブの面でもブランドとしても成功を収めている。

カンヌライオンズで受賞するような広告を作ることと、商品を売ることには違った難しさがあると、クリエイティブに携わる多くの人が語る。だが投資利益率や成長の実現というプレッシャーが高まる中で、賞を獲得する広告と販売実績につながる広告の隔たりはより顕著になりつつある。カンヌライオンズで賞を獲得し、なおかつブランドの目的を果たす広告を作るには、単に費用がかかり過ぎるということなのかもしれない。ある有名マーケターは、最近このように語っていた。「カンヌライオンズでの受賞は、クリエイティブに携わる者にとって名誉なこと。だが、まず何よりもビジネス上の目的を達成するのに役立つべきなのは、至極当然のことだ」

ピーター・ダボルは、エースメトリックスのCEO。

(編集:田崎亮子)

提供:
Campaign US

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