David Blecken
2018年9月21日

テレビCM、オンライン化への「長き道のり」

先進国市場で最後まで「マニュアル」を貫いていた日本。なぜ、変革に時間がかかったのか。

(写真提供:Shutterstock)
(写真提供:Shutterstock)

様々な分野で、独自の道を独自のペースで歩む −− 日本のこうした側面は海外でもよく知られている。広告界に縁のない人々にとって、多くのテレビ局がいまだに広告をマニュアル方式 −− 「プリント」のフォーマット −− で受け取っていることは驚きに値するだろう。

CM素材のオンライン化は、主要国では既に終了した。日本は最後に残された特異な市場で、オンライン化への取り組みは約1年前にスタート。今は加速度を増しているが、127全てのテレビ局がオンライン化を達成するのは2020年第3四半期の予定だ。

「世界的に見れば、大きな経済圏では10年前にオンライン化への移行が終わっています」。こう語るのは、動画広告のオンライン送稿事業を専門とする「Group IMD」のサイモン・コックス氏。同社はアドストリーム社などとともに、日本の広告界のオンライン化に取り組む。

Group IMDは、世界約35カ国でこうした業務を担ってきた。例えば、インドでは2010年にオンライン化を達成。「国によって達成時期が異なるのは、推進役による何かしらのきっかけ作りが必要だからです。この分野の大変な点は、現在機能している古いメソッド、誰もが知っているシンプルな仕組みを刷新していかねばならぬところ」。

「テープ(の受け渡し)は分かりやすい手段ですが、CM素材をオンラインで搬入するには第三者間の協調が必要になる」と同氏。「ソフトウェアサービスはテープよりも協調性があり、プロセスもより参加型です」。オンライン化が達成されれば素材搬入基準は統一され、日本広告業協会(JAAA)規定のソフトウェアサービスでそのやりとりを確認できるようになる。

オンライン化の取り組みは当初なかなか進まず、「様々なステークホルダー(利害関係者)の同意を得るまでに6年かかった」と同氏。日本は他のどの国ともプロセスが異なっていた。

「放送局は日本民間放送連盟(JBA)と話をしなければ決して動かず、JBAはJAAAと話をしなければ決して動かない。誰もが非常に慎重で、協調して物事を進めようとします」

CampaignはJAAAに対し、オンライン化に関する所見や潜在的利点、更にこれまでオンライン化を達成した放送局の数などを問い合わせたが、同協会は回答を拒否した。

新たなテクノロジーの受け入れに際しては、「『人間性』という制約を乗り越えねばなりません」とコックス氏。「例えばJBAは、オンライン化でプロセスが迅速になると安易に知らしめることはできない。業界も、時間がかかっても構わないと考えています。往々にして人は変化を好みません。でも、変革に興味を持つ人はいるものです」。

改革に積極的だったのは、電通と博報堂。両社の働きかけで、「JAAAはマニュアルの弊害を認識し、このままではハンディキャップになるという結論に至った」。技術革新に課題は付きものだが、経済的側面も見逃せない。

「HDCAM-SR」のテープ。(写真提供:Shutterstock)


電通の元グローバル・エグゼクティブ・クリエイティブ・アドバイザーである鏡明氏は、「オンライン化に反対した人々の主な理由は、コスト。特に地方のテレビ局にとっては大きな問題でした」と話す。一方、テレビ局にとってのインセンティブは、「広告予算の対象がテレビからオンライン動画メディアに移るのを防ぐこと。広告主にとってオンライン動画メディアは分かりやすく、コストがかかりませんから」とコックス氏。

鏡氏は、「プリント業務がなくなることで制作会社は多大な利益を失う」とも話す。その一方で、将来的なコスト削減と著作権の明確化は「クライアント側にとって大歓迎」。昨年、資生堂は広告主としてはじめてこの新しい配信システムを利用した。

ある情報筋(匿名希望)も、プリント業務が制作会社にとって大きな収入源になっていることを認め、「請求書の中で便利なバッファ(緩衝材)となっている」と付け加える。つまり、制作過程における予算の数々の狂いを調整する役割を果たしてきたというのだ。新システムの下では、予算の使途の変更はきちんと説明しなければならなくなる。広告主の経理や購買部との厄介な交渉事が増えるというわけだ。

オンライン搬入の最大のメリットは、「透明性とスピード」とコックス氏。従来型のマニュアル作業では、プリント素材は放送の3〜4日前に局入れされなければならない。だがオンラインならば理論上、オンエア直前まで素材の仕上げや修正(土壇場での変更も含めて)が可能となる。「また、現行のテレビ放送をデジタル放送により近づけることも可能となる。これこそ、最も重要な点の1つなのです」。

更に同氏は、「経済面で非常に有益」で「全ての関係者の効率性を上げる」とも。「重要な点はコスト削減そのものではなく、プリント業務に費やしていた予算を、より価値のある分野に再投資できることです」。

「カッターズスタジオ東京(Cutters Studios Tokyo)」のマネージングディレクター、ライアン・マクガイア氏は、「オンライン化は我々にとって全ての面でメリットになる」と話す。同社は他のより大きな制作会社と異なり、プリント業務から収益は得ていない。

同氏は2010年に米国から日本に移って来たが、テープで受け渡しをする日本のシステムに驚いたという。2011年の東日本大震災では膨大な数のテープが消失したが、「これがシステム変革への転機となりました」。オンライン化は「環境的に好ましく、クライアントにとっては経費節減となり、小さな制作会社にとっては(大きな負担である)高価な機材を購入する必要性がなくなり、効率性を大いに高めるのです」。クライアントが実際の作品にもっと予算をかけるようになれば理想的、とも。少なくとも制作にもっと時間をかけられるようになるので、「クリエイティビティーの質は上がるでしょう」。

「制作の過程でプリント業務がなくなるということは、ヨユウ(余裕)が生まれるということです。タイトな締め切りに追われたり、睡眠不足ではクリエイティブにはなれない。気持ちにゆとりがあってこそ、はじめてクリエイティブになれるのです」

東京の独立系制作会社「ミスター・ポジティブ(Mr Positive)」の設立者であるピーター・グラス氏は、「日本が技術革新の流れに長年乗らなかったのは、ある意味見事」と話す。つまりコストへの懸念だけでなく、「プリント業務という『技能』に対する敬意であり、こうした職人技をなくしたくないという意思の表れ」。だがそれは、「滑稽と言っていいほどの保護主義的姿勢の象徴だった」とも。

プロデューサーの視点からすれば、プリント業務でコスト節約となっても「制作費が上がり、コンテンツに予算をかけるようになるとは思えない」。だが同氏の会社名が示す通り、「最善の結果を期待しています」。

「もし浮いた予算が映像制作に回されるのなら、理想的な結果です」。だが、それは現実的なのか。「いいえ。でももしそうなれば、その意義が分かる。誰もが、映像制作にお金をかけることの本質的な価値を知っていますから」。

「制作費が増え、映像にお金と時間をかけることの価値を皆が理解すれば、このオンライン化は実に意義あることです。(現実として)制作にはもっと時間をかけられるようになるでしょうが、予算が増えるかどうかは分かりませんね」

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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