Zhuoxuan Peng
2019年11月07日

中国の消費者はディオールを許すか

名誉回復を目指したディオールにとって鍵となったのは、危機対応だけではなく、中国市場での長期的信頼の構築だった。

中国の消費者はディオールを許すか

全ては順調だった。10月19日、上海で行われたディオールの2020年春夏コレクション。「自然」をテーマに木々がセットされたキャットウォークで展開されたショーは、9月にパリで行われたショーを踏襲し、実に魅惑的なものだった。発表された最新スタイルは会場にいた中国人ファッショニスタや、ディオールの公式ソーシャルアカウントを通じてライブ動画を見た約2890万人の視聴者から好評を得た。

空気が変わったのは、ショーの後のことだ。出席者が飲み物を片手に、会場となった上海エキシビションセンターの大ホールをそぞろ歩いていると、突然奇妙にも、聞き慣れた、だがやや場違いな歌が室内に鳴り響いた。中国の愛国歌「我和我的祖国(私と私の祖国)」だった。

歴としたファッションショーの後にこの歌を流すことは、中国のナショナリズムに対するディオールの明確な支持表明を意味する。居合わせた人々は皆、この「余興」に相好を崩した。タイミングも絶妙だった。ショーに先立つ10月16日、ディオールは中国の大学で行ったインターンシップの説明会で、台湾を外した中国の地図を使用するという失態を演じたのだ。

「我和我的祖国」が流れたことを伝える動画は中国のソーシャルメディアでいち早く拡散し、ネチズン(ネット市民)の反響を呼んだ。ディオールは歌を流した理由を明らかにしなかったが、多くの中国人はディオールの謝罪の一環として受け止めた。

ネチズンたちの反応は様々だった。ある者は、歌の使用は「体裁を繕い、中国の消費者をなだめるための偽善的行為」と投稿。中国最大のソーシャルメディア「微博(ウェイボー)」上に皮肉を込め、「誰のためにこの歌をかけたのだろう? フランス人のため?」と投稿した者もいた。また、「最初にディオールが出した謝罪声明がおざなりではなく、もっと誠意を感じさせるものであれば、我々ももっと寛容になれただろう」「中国市場で生き残ろうとする海外ブランドの、行き過ぎた姿勢の一例」という意見も。「ディオールの中国で生き残りたいという願望が、画面一杯に溢れている」というコメントとともに、当日の動画を投稿する者もいた。それでも多くの中国人消費者は、過ちを償おうとするディオールの姿勢を受け入れた。「歌が場違いであったとしても、少なくともディオールは誠実だ」という声も上がった。

こうした経緯を改めて考えてみよう。果たして、ディオールの取った措置は正しかったのか? その名誉挽回策とネチズンの反応から、今回の出来事の教訓をまとめてみる。

  1. 「トーン」を考慮し、行動は迅速に

大学の説明会での失態から1時間も経たぬうちに、ディオールは微博や「微信(ウィーチャット)」といったソーシャルメディアに謝罪声明を出した。迅速に公式声明を発表したことは、更なる反発が広がることを防ぐ上で一定の効果があった。だがネチズンの多くは、この謝罪が誠実さに欠け、型通りのものだとみなした。昨今、様々な海外ブランドが立て続けに政治的問題で炎上。沈静化のためにいち早く公式の謝罪を発表したが、「ディオールはそれにならっただけ」という見方が多数だった。あるネチズンはディオールが微博に出した声明を見て、「この手の意味のない“クライシスPR”は受け入れられない」とコメントした。

更に何人かのネチズンは、「中国のソーシャルメディア内だけでの謝罪では、過ちに対する心からの反省を示していることにはならない。中国人向けの薄っぺらい『ショー』だ」とコメントした。ハンドルネーム「LUMIQUE」は最も多い6万の「いいね!」を獲得。曰く、「警告:これまで非難を浴びたブランドは微博だけに投稿し、インスタグラム上では何もしなかった。それゆえ、結果的に中国で厳しい状況に追い込まれたのだ」。

  1. コストを顧みず、ブランドアンバサダーを活用する

これまでのブランドアンバサダーたちは、海外高級ブランドが物議を醸した時点できっぱりと関係を断ち切った。しかしディオールはインフルエンサーやセレブリティーとの関係を堅持。主要なアンバサダーはブランドを非難したりボイコットしたりするようなことはせず、上海でのショーにも予定通り出演した。だが、彼女たちの姿勢は代償を伴った。ネチズンはアンバサダーが「中国に敬意を払わないブランドを受け入れ、お金のために高潔さをかなぐり捨てた」と非難。ある者が「ブランドアンバサダーはディオールの犯した過ちに対し、誰も声を上げなかった」とコメントすると、200を超える「いいね!」を獲得した。非難の的がブランドよりもアンバサダーに向けられたため、結果的にディオールに幸いしたとも言える。

  1. 「不十分」よりも、「十分すぎる」対応を

大学の説明会での出来事は上海で行われたショーの直前で、ディオールにとっては不幸なタイミングだった。どのように対処するか、限られた時間で決断を下さなければならなかったからだ。だが、ディオールはショーをうまく利用した。最初に出した型通りの謝罪声明よりも真摯な反省を示す機会とみたようだ。中国の愛国歌を流すことはクールとは言えず、フランスを象徴するブランドに似つかわしくないが、ショーに来たネチズンやインフルエンサーはある種の「ジョーク」と捉えた。そして、大きな収入源である中国市場を失いたくないというディオールの願望は、中国の消費者に好意的に受け止められた。こうした過度とも言える「サービス」は、不十分な対応よりもはるかに好感を持たれたのだ。中国市場に対する決意と恐怖を大げさに表現したことは、一部の消費者の怒りを和らげた。あるネチズンは、「ばかばかしいやり方だけれど、効果はあった」とコメント。過度なまでの対応は、一部の消費者の好意を再びたぐり寄せる結果となった。

  1. 「信用」の土台を築く

ディオールの取った名誉挽回策でおそらく最も重要な側面は、単なる危機への対応だけではなく、長期的信用の構築に力を入れていた点だろう。2020春夏コレクションではクリエイティブディレクターのマリア・グラツィア・キウリが、中国市場向けの14の新たなスタイルを発表。大学での事件からショーまでは2日間しかなく、これらの服は明らかにそれ以前から用意されていたと言える。加えて重要なのは、ショーを頻繁に上海で開くというディオールの大きな戦略だ。中国における高級品市場のトレンドを伝えるデジタルメディア「ジン・デイリー」が採点する「ファッションウィーク・スコア」で、ディオールはフランスのブランドの中で最高得点を獲得した。セレブリティーであるアンバサダーのバランスの取れた起用、テンセントのライブ動画配信プラットフォームをはじめとする中国のコミュニケーションチャネルや、ソーシャルコンテンツの活用が評価されたと言えよう。

結論を言えば、今回の出来事は欧米の高級ブランドにとって、中国市場と中国の消費者をより深く理解するきっかけとなるだろう。不祥事の予防こそ、危機に対する最善の対処法だ。ソーシャルメディアでディオールを糾弾したネチズンの大半は、今後同社の商品を買わないかもしれない。だがディオールや他の欧米高級ブランドにとって、中国のオンラインコミュニティー文化や、中国人消費者の目線から見た誠実かつ信用度の高いイメージを長期的に維持することの重要性を理解することは欠かせない。それができなければ、たとえ不祥事を忘れる人々がいたとしても、多くの中国人は決してブランドを許そうとしないだろう。

(文:パン・ズオシュアン 翻訳・編集:水野龍哉)

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