Surekha Ragavan
2021年8月13日

今、注目の「香り」を活用したブランドマーケティングとは

人々の様々な感覚に働きかける戦略を採用するブランドが増えるなか、マーケターらは消費者の嗅覚に訴えかけることにより、人々の記憶や感情を呼び起こすことに成功している。香りを使ったブランディングは、単に物理的な空間を香りで満たすだけでなく、そのはるか先まで進化している。

ホテルの客室の慣れ親しんだ香りは、非常に意図的なものであり、複合的なマーケティング戦略の一環だ。
ホテルの客室の慣れ親しんだ香りは、非常に意図的なものであり、複合的なマーケティング戦略の一環だ。

様々な感覚に働きかけるマルチセンスマーケティングに磨きをかけるため、世界的ブランドの中には、消費者の心に特定の連想を植え付け、感情的なつながりを呼び起こすことを目的としたシグニチャーセント(ブランドを象徴する香り)開発の優先度を高めているブランドがある。

例えば、大手ホテルチェーンのマリオット・インターナショナルが展開するセントレジスホテルは、米国社交界の名士である同ホテル創業家のキャロライン・アスターが、黄金時代の黎明期にニューヨークで主催した伝説的な社交の集まりからインスピレーションを得たシグニチャーセントを持っている。その特徴的な香りは、彼女のボールルームに使われた木材と、パーティーを彩った彼女のお気に入りのバラの品種「アメリカンビューティー」を再現している。

黄金時代のパーティーの香りなど、現代人には想像すらつかないかもしれないが、セントレジスのロビーに漂うその香りを嗅げば、豪華絢爛な気分を味わうことができるだろう。視覚的デザインや質感、音楽など相まって、香りは高級ホテルでの体験を凝縮し、潜在意識に働きかける重要な要素のひとつだ。素晴らしいホテルに滞在し、自宅に戻ったとき、そのホテルの香りやベッドシーツの感触を再現したいと思ったことはないだろうか。セントレジスのようなホテルはまさにそれを狙っている。

マリオット・インターナショナルのAPAC(アジア太平洋)地域ブランド担当バイスプレジデント、ジェニー・トウ氏は Campaign Asia-Pacific の取材に対し、「香りは、厳選されたブランドにおけるゲスト体験に加えられる重要な要素のひとつ」「嗅覚は記憶や感情と密接に結び付いているため、ブランドごとのシグニチャーセントを開発し、展開することで、第一印象を良くするだけでなく、顧客体験をポジティブに強化している」と語った。

トウ氏はさらに、香りはブランドのプレゼンスを高め、世界中で、馴染みのある一貫した顧客体験を生み出すこともできると補足する。つまり、そこが東京だとしても、デンマークのコペンハーゲンだとしても、真鍮で装飾されたきらびやかなロビーに足を踏み入れれば、馴染みのある香りや体験に迎えられ、ブランドに対する愛着が強化されるということだ。

「ゲストの体験に適切な香りを加えることは、ゲストを歓迎するための手段として、手付かずになっていた最も強力なものの一つだ」とトウ氏は話す。「ゲストがロビーに足を踏み入れたとき、好ましい第一印象を与えることができれば、滞在の思い出もよりポジティブなものになる」

香りの力

香りのマーケティング会社であるセントエア(ScentAir)の調査によると、好ましい香りがある環境は、人々の気分を40%高めることができ、感情の75%は香りによって引き起こされるという。嗅覚系と大脳辺縁系には直接的なつながりがある。つまり、人は香りを記憶や感情と強く結び付けているということだ。その結果、情報想起の正確性は最大65%上昇すると、同社APAC地域バイスプレジデント兼ゼネラルマネージャーのクロエ・フイ氏は説明する。セントエアのクライアントには、クラウン・カジノ、エグゼクティブセンター、メルボルン空港、ニュージーランド航空、タグ・ホイヤー、アンダーアーマーなどが名を連ねる。

小売店は店頭での訴求に香りを取り入れることが多く、これは間接的にブランドへの愛着を高めることにつながる。

香りはマルチセンスマーケティングに不可欠だと示唆する証拠があるにもかかわらず、APAC地域では香りのマーケティングに関する認識と教育が本来あるべきレベルに達していないとフイ氏は指摘する。ブランドがより安価な代替品を求め、消費者の安全を損なう恐れがある合成香料で妥協していることが一因だ。

それでは、ブランドはどのようにシグニチャーセントを開発しているのだろうか。フイ氏のチームはまず、美的感覚、主要顧客、ブランドパーパスといったブランドの構成要素を特定する。そして、セントエアの約2500種類の香りのプロフィールをもとに、ブランドの重要な構成要素に基づいた香りを調合する。ベースとなる香りは「リラックスや癒やし」「豪華で洗練された」などのカテゴリーに分類されている。これらの一般的なカテゴリーに属さない香りが求められることもあり、その場合は、顧客と連携しながら、より独自性の高い香りを開発する。

ただし、香りは具体的な体験と密接に結び付いているため、文化や普遍性も考慮しなければならない。例えば、キムチに慣れ親しんでいる人はキムチの匂いからポジティブな影響を受けるかもしれないが、キムチになじみがない人は、あの刺激的な匂いにそれほど魅了されないかもしれない。

このように、香りもまた「ローカライズ」される可能性があり、セントマーケティングを実施する企業が考慮しなければならない点だ。セントエアは文化的嗜好に基づいてキュレートされた、香りのライブラリを保有している。例えば、日本のライブラリには清潔感のある軽やかな香りが並んでいるが、マカオのライブラリにはカジノの客を満足させられる力強い香りが揃っている。

控えめな香りであること

マーケティングの多くの側面がそうであるように、香りのマーケティングも決して単独では機能しない。香りのブランディング企業フューチャー・オブ・スメル(Future of Smell)の創業者オリビア・ジェズラー氏はCampaign Asia-Pacificの取材に応じ、香りがマーケティング全体の一部であることを理解していないブランドが多いと指摘している。

「質感、重さ、色、音、香りなど、すべての感覚的要素が互いに調和し、一体となって機能することで、製品や環境、サービスに対する消費者体験が豊かになり、私たちの知見も向上することが、研究や事例証拠から明らかになっている」とジェズラー氏は説明する。「小売店の場合、香りのデザインのための追加要素として、販売する商品やターゲットとなる市場なども関係してくる」

香りは単独では機能せず、他の感覚と連動して統一されたストーリーを作り出す必要がある。

その上で、香りは、製品や環境が備え持つ他のすべての感覚的な刺激と共に機能し、統一されたひとつのストーリーを伝える。

ジェズラー氏はこう語る。「もし製品が海の音を奏で、松の香りを伴うものだとしたらたら、私たちの脳はそれを統一された体験として処理できない。紛らわしく、むしろ香りのせいで、良い製品と評価できなくなる。すべての要素が一緒になって同じストーリーを伝えるように機能すれば、私たちはその製品をより良い品質と評価し、より高い金額を支払うことをいとわないのだ」

ブランドが香りのブランディングを行う際は、フューチャー・オブ・スメルが実践する4つの「C」を考慮することが重要だ。

Ÿ   顧客(customer):香りは顧客のためにデザインしなければならない。顧客に好まれなければ意味がない。

Ÿ   濃度(concentration):低い方が、より伝わる。濃度が高すぎると、香りは悪影響を及ぼすことがある。

Ÿ   適合性(congruity):香りは他の感覚と連動しなければならない。照明、表面、色、形、質感、音など、空間を構成する多くの環境デザイン要素と関連づけるべきだ。香りの感じ方はほかの感覚刺激によって変化することもある。

Ÿ   コース(course):香り、空気、そして顧客が環境を通過するコースは、共に機能しなければならない。

最初の2つの「C」は、香りの2つの主要かつ関連した特性である心地良さと強さについて述べている。一般的に、香りの強さが増すと、心地良さが減少する点に留意することが重要だ。ペンシルベニア大学嗅覚味覚センターの所長を務めるリチャード・ドウティ氏によると、低濃度では心地良く感じられる香りも、濃度を上げると、反応がネガティブに傾くという。
 

興味深いことに、私たちは進化の過程で、ほぼ検出不能な極めて低いレベルの嗅覚刺激でも感じられるようにプログラムされている。つまり、香りのマーケティングでは間違いなく、濃度が低い方がよく伝わるのだ。

香りの科学

フューチャー・オブ・スメルを創業したオリビア・ジェズラー氏によると、嗅覚は、香りつまり刺激が、脳に直結している唯一の感覚だという。分子が鼻腔(びくう)を通り、嗅覚受容体と直接結合し、扁桃体に伝達される。扁桃体は常に、人体に有害な分子が入ってきたら検出できる状態になっている。

例えば、料理のにおいで、祖母の懐かしい思い出が呼び覚まされたことはないだろうか。精神科医のリーラ・マガビ氏はノースウェスタン大学の最新の研究に関連し、次のようにコメントしている。「嗅覚と感情は複雑に絡み合い、脳のソフトウェアに長年にわたり保存されることがある。子供のころに癒やされた香りが、大人になってからもずっと、ストレスや不安を和らげることがある。そして怒りや悲しみのきっかけとなった香りが、長年にわたってネガティブな感情を引き起こすこともある」

一方、デザインされた香りが付加されていない場合、人々が最も気にするのはプラスチックや建材の匂いかもしれないとジェズラー氏は述べている。そして、これらの化学的な香りは、その環境下における製品の印象にマイナスの影響を与えかねない。

香りがないことで、不安になることもある。例えば、ニューヨーク・タイムズの料理評論家テジャル・ラオ氏は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で嗅覚を失ったとき、どれほどおいしい料理でも「不快」で「魅力がない」と感じられたという。

提供:
Campaign; 翻訳・編集:

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