Ryoko Tasaki
2019年6月12日

企業内クリエイティブの役割

インハウス(企業内)のクリエイティブ組織として期待される役割や、今課題に感じていることなどを、5社がアドバタイジング・ウィーク・アジアで議論した。

(左から)資生堂 チーフクリエイティブオフィサー 山本尚美氏、サイバーエージェント 執行役員/クリエイティブ統括室 室長 佐藤洋平氏、パナソニック コンシューマーマーケティングジャパン本部 高須泰行氏、味の素 理事/クリエイティブ統括部長 名久井貴詞氏、リクルートコミュニケーションズ エグゼクティブクリエイティブディレクター 萩原幸也氏
(左から)資生堂 チーフクリエイティブオフィサー 山本尚美氏、サイバーエージェント 執行役員/クリエイティブ統括室 室長 佐藤洋平氏、パナソニック コンシューマーマーケティングジャパン本部 高須泰行氏、味の素 理事/クリエイティブ統括部長 名久井貴詞氏、リクルートコミュニケーションズ エグゼクティブクリエイティブディレクター 萩原幸也氏

生活者の行動や、情報との接し方が大きく変わってきており、メディアも多様化する中、生活者にメッセージを届け、行動に移してもらうことが難しくなっている。このような状況に、インハウスのクリエイティブとしていかに対応するのか。 

●社内にクリエイティブ組織があることの意味と役割

「従来はクリエイティブの組織は、制作という領域だけを担当すればいいかと思っていました。でも課題が複雑化し、メディアの環境もだいぶ変わってきている中で、より生活者を知ること、そして一度実行したことは振り返ってPDCAを回していくことが大切です」。このように語るのは、リクルートコミュニケーションズの萩原幸也氏だ。「ブランドビジョンや組織の目指す方向を、クリエイティブの力でもっと良くしていけるのでは」と考えているという。

食品を扱う会社として「食欲という欲望に対して、きちんとお伝えする表現を常に追求している」と語るのは、味の素の名久井貴詞氏だ。同社は1909年に創業後、10年も経たないうちに広告課が設けられたほど積極的に広告活動を展開してきた。おいしさへのこだわりは「日本でなく世界でナンバーワンでなくてはならない」と断言するほど強く、食品が登場する他社CM(食品メーカー以外のものも含む)を集めた「シズルライブラリー」を作るほどだ。広告は、発注する広告主側が主導するべきで、「こちら側に戦略が無いまま預けるだけでは、(広告会社から)提案をもらっても意味がありません」。

パナソニックも、早くから自社内に広告クリエイティブ部門を有していた。背景には、「伝わらなければ存在しないのと同じ」という創業者・松下幸之助氏の言葉がある。創業100周年を迎えるにあたって制作した広告は、1964年に松下幸之助氏が米LIFE誌に掲載された写真のオマージュだが、「当時と今と、そんなに変わっていない。家電のコモディティー化の象徴でもあるのですけど」と、家電の広告を担当している高須泰行氏は打ち明ける。家電は一度買ったら8~10年ほど使える長寿命商品で、人生の中で買い替えるタイミングも数回ほど。さらには他業種やスタートアップ企業からの参入もある中で、「自分たちが作っていることを価値化し、それを世の中にどう伝えていくか」を重要視している。そこで商品の技術進化を訴求するだけでなく、「家電を使った新しいトレンドづくり」に取り組んでおり、近年は共働き夫婦に焦点を当てた「家事シェア」を打ち出している。それも訴求する商品を当初から決めていたわけではなく、共働き世帯の増加という社会的なトレンドに注目し、そこから課題や意識を調べ、商品も絞り込んでいった。「時代に寄り添って何かを生み出すことが、メーカー内にいるクリエイティブの仕事になってきている」と感じるという。

資生堂も、1916年に意匠部が誕生し、インハウスクリエイティブの歴史が100年を超える企業だ。グローバル化やデジタル化の改革に取り組むが、「イノベーションは、さまざまな知や価値観、多様性の中で生まれてくるもの。社内だけでは起こせません」と同社チーフクリエイティブオフィサーの山本尚美氏は語る。伝統の中に革新を取り入れるべく、さまざまな取り組みを実施中で、2018年からはR/GAと提携し、クリエイターが資生堂内に常駐している。「クライアントと取引先といった関係でなく、チームの中にメンバーとして入ってきてもらっている」といい、プロジェクトのミッション完遂よりも「資生堂の風土や価値観、カルチャーを変えていく」ことを重視している。「発想を切り替えていくためにも、仲間として日々一緒に働いていく環境を作っているのです」

「自社メディアのクリエイティブをしっかりとユーザーに届けることを大切にしています」と語るサイバーエージェントの佐藤洋平氏によると、同社の正社員の約8割がクリエイター。ただし、事業ごとにさまざまな職種の社員をチーム化するため、各チームではデザイナーが1名ということも少なくない。そこで職種別に横串を通す形で、ノウハウ共有にも積極的に取り組む。すべてを自社内で完結させようとはせず、「外部からのインスピレーションも気にしています」。だがその際にも「軸を持っておかないと、ただの丸投げになってしまう。きちんとディレクションしていくことが、社内にクリエイターがいる意味でもある」とのことだ。

●マーケティングの環境変化に伴うクリエイティブ組織の変化

デジタル化やグローバル化に尽力する中で、「意思決定のプロセスが長いことが、歴史の長い会社の弱点」と山本氏。誰もが納得するまで議論を重ねる間に顧客を他社に奪われてしまうため、いかに速く試行錯誤を重ねるかが大切だと強調する。

その点において対照的なのが、サイバーエージェントだ。末端のエンジニア一人ひとりがKPI(重要業績評価指標)の責任を持っている。そして、その達成方法の指示を仰ぐと「まず、やってみてから持ってこい」と言われることが多く、「やってみた結果、こうなりました」と振り返りたい社風なのだとか。「各個人が意思決定をし、主体的に動けることが重要」と語る佐藤氏だが、「クリエイティブ部門は効果が測りにくい」とも。「自分の作ったアウトプットがどれくらい事業に貢献したか」は常にアンテナを張りめぐらせており、そうでないと「社内にいる外注部門みたいになってしまう」点に注意しているという。

「今のマーケティング環境やメディア環境は、チャレンジしないと何も見えてこない部分がある」と語るのは、名久井氏。地上波テレビに単にCMを放送するだけでは、販売はある時点でストンと落ちるが、デジタルと絡めるとロングテールになる傾向が見られたという。「今までとらえたことのないお客さまを、デジタルでとらえている節があります。おっかないと恐れずに、やってみることが大事ですね」

ここで高須氏が挙げたのは、デジタル化でコンテンツ数が膨大になり、質の担保が難しくなってきている課題だ。「デジタルが主体になると、動画だけでも何百本も生産されている」ことも要因だが、「スモールマス(一定規模の消費者層)やトライブ(共通の興味関心を持つ集団)を追いかけると、お客さまが際限なく見つかる。それぞれに合ったコンテンツを作ろう、でももう作れない……。このような課題が各企業で出てきているのではないか」というのだ。

そこで佐藤氏は、人工知能(AI)の活用を提案する。AIは、広告の量産については「質的にまだ粗い部分がある」と認めるが、「実行後に効果を振り返り、成果を出すために調整する力は人間以上」だという。「すべてを任せるというよりは、軸となる部分はクリエイターがしっかりと持ち、それをAIに凄い速さで実行してもらうのです」

では、AIの活用などによって最適なコンテンツを最適なシーンに届けることが可能になるのであれば、同業他社とどのような点で差別化するのか? 佐藤氏は、AIのような便利なツールを「どう使って“料理”していくかが、アイデア」とコメント。また山本氏は、そもそも「ものづくりの部分で差別化ができていることが重要」と指摘。川上に戻り、コアバリューは何かを改めて見直す必要があると述べる。

インハウスのクリエイター5名が議論を交わした濃密なセッションだったが、最後に萩原氏は「決して、クリエイティブ組織がすべての企業にあれば良いという話ではない」とも。「クリエイティブを大事にする会社が増えて、社会がどんどん変わっていけば」との展望を語った。

(文:田崎亮子)

提供:
Campaign Japan

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