David Blecken
2019年3月08日

「働く母親」と日本の広告界

子育てする女性の職場環境は徐々に改善しているが、まだまだ十分ではない。広告界はどうすれば彼女たちにとって働きやすい場となるのか。

都心部の長い通勤時間も、ワークライフバランスの実現を阻む要因となっている(写真:Shutterstock)
都心部の長い通勤時間も、ワークライフバランスの実現を阻む要因となっている(写真:Shutterstock)

国内企業の女性幹部を増やそうという政府の音頭取りにもかかわらず、その数は一向に増えない。昨年12月、世界経済フォーラムは「ジェンダー平等」で日本をG7(主要7か国)中、最下位にランクした。またマッキンゼー・アンド・カンパニーの独自調査では、日本の指導者層におけるジェンダー不平等が「極めて高い」という結果に。政府は管理職に占める女性の割合を来年までに30%に増やすとしているが、現状は13%にとどまっている。

「政府はもうこの数値目標をあきらめているでしょう」と話すのはマッキャンエリクソンのプランニングディレクター、松本順氏。同氏は最近、ジェンダー平等に関する日本の取り組みの調査報告書を取りまとめた。

広告業界の女性幹部に関して、信頼性の高いデータは極めて少ない。だが当の女性たちは誰もが幹部の男女比の歪みを口にする。日本の現況は、「ユニーク」といった言葉ではとても言い表せない。データ分析会社アナレクト(Annalect)によれば、女性のCEOは全体のわずか2.9%にすぎないのだ。

こうした結果を生む要因は、男性に根差す(時に無意識の)ジェンダーに対する偏見と、女性にとって家族とキャリアの両立は難しいという現実だ。だが、改善の兆しも見られる。来月には企業幹部のジェンダーバランス向上を目指す非営利のキャンペーン「30%クラブ」が日本でも活動を開始する。これは変化への欲求が高まっていることの表れだ。広告会社も問題解決への取り組みを始め、家族との生活を犠牲にすることなくキャリアを築く女性も増えつつある。

彼女たちの成功例は今後への明るい材料となろう。だが我々はまず、働く母親たちが直面する課題について把握しなければならない。今回Campaignの取材に応えてくれた女性たちは、以下のような点に言及した。①保育施設の不足 −− 日本の働く親にとって間違いなく最大の課題であり、政府はその対策をほとんどとっていない②長時間働かざるを得ないプレッシャーがいまだにある。言い換えれば、多くの仕事を短時間でこなすことが難しい③子どもが病気になった際にサポートが受けられない④在宅勤務など、働き方の柔軟性に欠ける⑤働く母親が昇進するためには、結局さまざまな犠牲を強いられる −− 等々だ。

改善に向けて

広告業界は柔軟性がある、と考える人もいる。グレイワールドワイドの落合由紀子代表取締役社長兼CEOは、かつてフジテレビで7年間勤務した。アシスタントディレクターとして多忙ながら充実した日々を過ごしていたが、子どもを出産するために退職を決意。だが、その後再び職場に復帰したいと考え、広告代理店の世界に身を投じた。その時点から、家庭と仕事のバランスをとることに強くこだわったという。

落合由紀子氏。(写真提供:グレイグループ)


それは決して容易なことではなかった。「働く母親として成功するには、家族からの支援が限りなく必要です。夫、母、義理の両親、そして妹や弟たち……今に至るまでに、皆が私を助けてくれました。時間をかけて理解してもらう努力をすれば、周囲の人々は仕事があなたにとってどれだけ大切なものか分かってくれるはずです」。

当時の上司から受けた最も印象に残ったアドバイスは、「忙しく働いているからといって、決して子どもに謝るな」。その代わりに、「自分の仕事がどんなにエキサイティングか、その結果がどんなに素晴らしいものか、子どもに丁重に説明してやることが大切」。

更には、会社も子どもの学校も自宅から歩いて通える距離なのが良い結果につながったという。「この三角の距離関係が、ワークライフバランスを実現する上でとても有益です。通勤電車のストレスを受けないという意味でも効果がある」。自分のスケジュールも、私用も含めて社員にオープンにしている。「そうすることで皆が私の優先事項を理解してくれる。仕事の打合せも効率的に管理できています」。

「自分の経験を我が社の若い女性たちとシェアし、やればできるということを伝えていきたい」(業界でしばしば話題になるのは、女性幹部のロールモデルが極めて少ないことだ)。

「とは言っても、働き続けることは私個人の決断。誰もが同じ道を選ぶわけではないし、それぞれの選択は尊重されるべき。大切なのは、選択の自由があるということです」

ブランクを経て仕事に戻るのは決して容易ではないが、不可能ではない。インテグラル・アド・サイエンス(IAS)のマーケティングマネージャー吉井直子氏は、以前マイクロソフトで勤めていたが、妊娠6か月のときに解雇された。出世争いからしばらく遠ざかった後、再びフルタイムの仕事に戻るには苦労したという。状況が変わるきっかけとなったのは、IASがフレックスタイム制を提案してくれたことだった。「こうしたチャンスがもっと大々的に、この業界で働く母親たちに与えられるといいと思います」。

制作会社オムニバスで働く大木麻衣氏は、妊娠初期の段階で保育所を探したことが仕事を続けられる自信につながったという。「それでも、優良な保育所を見つけられるかどうかは多分に運次第」。保育所探しを夫が手伝ってくれたことも、「自分の気持ちや考えをまとめる上でとても大きな助けになりました」。

「子どもの世話を夫や両親が分担してくれたので、仕事が続けられている」と話すのはアドテク企業ハートラスでトレーディング事業を統括し、二人の子どもを持つ高橋典子氏。それでも、これまで自分の中ではいろいろな試行錯誤があったという。今では保育所の近くに引っ越し、毎日午後6時までには帰宅する。ハートラスは働く母親の支援に積極的で、家事代行の「タスカジ」、夜間に往診を行う「ファストドクター」、リモートワークを可能にするシェアオフィスのネットワーク「オフィスパス」といったサービスが利用できる特典がある。こうした社員を重視したアプローチと同氏自身の努力が効率性向上につながり、家族との時間も最大限持てるようになったのだ。

企業の努力

働く母親をサポートする広告会社の積極的な取り組みは、まだ「規範」ではなく「例外」と言えるだろう。「残念ながら、我々の業界が十分な支援をしているとは言いにくい」と吉井氏。それでも、「彼女たちが孤立しないような対策を取り始めていることは確かです」。

その一例が、博報堂が昨年、子どものいる社員のためにTBSと共同で開設した「はなさかす保育園」だ。日本では社員が時短勤務を選択できるよう、法律で義務づけられている。電通などの企業は小さな子どものいる社員のために、勤務時間を変更できる独自の取り組みも行う。社員は会社の規定の時間ではなく、自分で決めた時間枠でフルタイムで働けるシステムだ。

はなさかす保育園。保育施設の不足は決して尽きない問題だ。(写真提供:博報堂ケトル)


落合氏は、ジェンダー平等を実現するためグレイが過去2年間で「30以上の新たな対策を実施した」という。その中には在宅勤務やフレックスタイム制、家族向けの祭事などに合わせた全社的な休日の導入などがある。こうした取り組みは「まだ完璧ではありませんが、社内の働く母親は比較的多く利用しています。働く父親にとっては、子どもの世話で妻をサポートしなければ、という意識改革になっている」。

吉井氏は、模範的な取り組みを行っている企業としてインターネット広告のDACを挙げる。同社は2011年からダイバーシティや女性の地位向上を促すプログラムを全グループで実施している。「それでも広告業界は、テック業界のさまざまな企業からたくさんのことが学べます」。例えばソフトウェア開発のサイボウズは、スーパーフレックスタイム制を導入している。メルカリは出産休暇の際に給与が100%支払われ、保育費も支援する。またヤフージャパンでは、小学校卒業前の子どもを持つ両親は1日の勤務時間を5時間まで短縮できる。ほかにも育児のためのフレックスタイム制や子どもが病気になった際に休みがとれるといった、数々の恩恵がある。

具体的支援だけではなく、働く母親が直面する課題を理解する取り組みを行っている企業もある。リクルートは小さな子どもがいる家庭に社員を短期間宿泊させ、子育てを直接的に経験させるプログラムを行っている。

広告業界が取り組むべきこと

広告業界はテクノロジーについての話は巧妙だが、いざ自分たちで取り入れるとなると不得手だ。吉井氏は、「AI(人工知能)を広範に活用することが時間のかかるペーパーワークの短縮につながる」と話す(電通は社員の過労自殺事件が起きてから新たなシステムを取り入れ、ペーパーワークを効率化させた)。旅行業界向けマーケティング会社アダラ(ADARA)のセールスディレクターで二人の子どもを持つ末政幹氏は、「各企業には産休の間、オンラインのレクチャーを実施してほしい」という。「そうすれば長期間会社を不在にしても、仕事に遅れをとる心配がなくなります」。

リモートワークを実現するには、テクノロジーへのある程度の投資が必要だ。それは多くの企業が考えるよりも単純なことだが、日本ではセキュリティへの懸念がハードルになっており、社員にクラウドの使用や、社外で電子メールを送ることさえ禁じている従来型企業は少なくない。だがこうした課題解決の前に、「働いた時間数で社員を評価することをやめるべき」と大木氏は指摘する。

「この業界のビジネスモデルは異常な勤務時間数や超過密なスケジュールに基づくもの。女性のCEOや経営陣を増やすには、こうした既存のビジネスモデルを積極的につくり直す必要があります」と落合氏も同意する。成果主義をとって(働く母親だけでなく)誰もが必要なときに在宅勤務ができるようにすれば、「自分が家で働いても罪悪感を感じなくなる」と吉井氏。

他人の気持ちを理解することは、テクノロジーの価値同様に重要だ。吉井氏は「小さな子どもを持つ同僚が多いので、社内に母親を理解し、サポートする環境が醸成される」という。理解のないクライアントからの要求は難題だが、落合氏は「グレイのクライアントは予想以上に、柔軟な働き方に対して理解を示してくれている」という。

「働き方を変えることで反発があるかと思ったのですが、結果は逆でした。いくつかのクライアントは仕事のプロセスの見直しを提案してくれましたし、我々の目標の達成をサポートするためにアクションプランを立ち上げてくれたところもあります」

働く母親自身も、職場環境向上のためにできることがあろう。吉井氏は、「他の働く母親たちとネットワークを作り、他者の経験から学んだり、新たな試みを実践してみたりするといい」という。「個人レベルだけでなく、業界を現代の暮らしに調和したものにつくり変えるといった大きな発想の転換ができれば更に良いでしょう」。

落合氏はこのように話す。「広告業界の女性プロフェッショナルへのアドバイスは、男性を基準にしたキャリアパスにこだわらず、自分が長い目でどういうゴールを目指しているのか見極め、柔軟に歩んでいくということです。時に家族の暮らしを考えて仕事のペースを緩めるのもいいし、必要ならば休みをとってもいい。同世代の男性と自分を決して比較しないことです。その代わり、自分のニーズやライフスタイルに合った、自分だけのキャリアパスを描いてください」。

また、同氏は「理想像にこだわり過ぎると逆効果になる」とも。「強さを身につけて自分の考えを持つのはもちろん良いこと。でも、成功するビジネスウーマンは女性らしくない、私生活は豊かにならないといった日本の旧態依然の考え方は間違っています。『女性らしさ』にはさまざまな形があり、そうした概念から女性たちは解き放たれるべき。自分のニーズに合った新しいタイプの女性像を築いていくべきです」。

働く女性たち:日本の課題

  • 日本の働く女性は全女性のほぼ73%だが、幹部の比率は13%。
  • 2016年の統計では、日本の母親の53%が仕事に従事。2011年の38%から上昇した。
  • 日本の男性は30週間以上の有給の育児休暇をとる権利を有する。これは世界で最長。
  • 政府は2020年までに、働く父親の13%が育児休暇をとることを目指す。現在は2.6%。
  • 2017年4月の時点で、待機児童は2万6千人。

出典:マッキンゼー・グローバル・インスティテュート、2018年4月

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)

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