Imogen Watson
2021年11月11日

「脱炭素化」に反する企業と、どう向き合うべきか

国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)に合わせ、英国では活動家グループが非難の矛先を広告エージェンシーに向けている。温室効果ガスの排出量が多いクライアントに、エージェンシーはどう対処すべきか。

「脱炭素化」に反する企業と、どう向き合うべきか

シェル、BP(ブリティッシュ・ペトロリアム)、ジャガー・ランドローバー、英国航空……この数週間、これら大手企業を糾弾する貼り紙をロンドン市内でご覧になった方も多かろう。

だが、槍玉に挙がるのはこうした企業だけではない。広告を標的とする「ブランダリズム」「フリーシティーズ」といった活動家グループは、オグルヴィやVCCP、メディアコムなどを非難するキャンペーンも全土で展開する。これらエージェンシーは二酸化炭素排出量の多い企業をクライアントに持つからだ。

彼らはこのように訴える。「エージェンシーは何をすべきか? 脱炭素化に逆行するクライアントをボイコットせよ! それも、今ただちに!」

ブランダリズムのメンバーであるトナ・メリマン氏は、「広告業界は気候危機に加担してきた過去を省みようとしない。責任逃れをして、今も環境破壊を推し進めている」と主張。「現在の問題はグリーンウォッシュ(環境保護に熱心に見せる欺瞞)。偽りのカーボンオフセットやネットゼロ(温室効果ガスの排出量を実質上ゼロにすること)宣言で、気候変動対策を妨げている」

「たとえ意識的に世間を欺いていないとしても、消費主義の肥大化のみを考える広告主はこの地球をめちゃくちゃにしている。我々に今必要なのは、パラダイムシフトです」

だが、英国の広告業界もCOP26に合わせて行動を起こした。英国広告協会とISBA(広告主団体)、IPA(広告業界団体)が音頭をとり、「アド・ネット・ゼロ」というイニシアティブをスタート。2030年末までに二酸化炭素排出量をゼロにする目標を掲げ、数百社が賛同の意を示した。

メリマン氏の主張も一理あるだろう。だがこうした状況の中、エージェンシーは脱炭素化が遅れるクライアントとどう向き合えばいいのか。こうした企業と協働することで、「気候変動を促進している」と批判されても致し方ないのか。

ボイコットをボイコット?

ボイコットという手法について考えてみよう。英国では10年前、西部ブリストルで大手スーパーチェーン・テスコの開店に反対するボイコット運動が行われた。昨夏には市民活動グループが「ストップ・ヘイト・フォー・プロフィット(営利目的のヘイトを阻止しよう)」というキャンペーンを展開、フェイスブックへの広告出稿停止を呼びかけた。さらにはニュースチャンネル「GBニュース」への広告ボイコットや、活動グループ「ストップ・ファンディングヘイト」による大規模ラリーもあった。抗議の意思を示すとき、ボイコットは普遍的な武器だ。だが果たして、最も効果的な方法なのだろうか。

「ボイコットは極めて強力かつ限定的な手段ですが、必ずしも前向きではありません」と話すのは、サステナビリティを専門とするコンサルティング会社「ソルターバクスター」のマネージングディレクター、キャスリーン・エンライト氏。「事態の改善に役立つわけではないし、人々に新しい思考や変化を促すわけでもない。何もかもボイコットし、その結果何も変わらないというのでは悲劇としか言いようがありません」

ISBAのフィル・スミス会長もエンライト氏と同意見だ。「仕事の拒否やボイコットでは、達成すべき目標は達成できない。環境に配慮した製品で経済を成長させるという、持続可能な未来こそが我々の目指すところですから」

「これまで大量の二酸化炭素を排出してきた業界を含め、ISBAに加盟する多くの企業がこうした未来に向けた取り組みを行っている。業務形態を見直し、既存製品を再利用し、事業やバリューチェーンの脱炭素化を図っている。多くの場合、そのサポートをしているのはエージェンシーです」

グッドエージェンシー社の創設者であるクリス・ノーマン氏は、エージェンシーが仕事をボイコットしても排出量の多い企業に与える影響はさして大きくないという。「クライアントの多くは消費者ブランドではなく、たとえそうであっても事業に占める消費者の重要性はさして大きくない」

「企業に変革を促す大きな要素は、ビジネスや規制による圧力。エージェンシーが仕事をボイコットすれば些細な変化は期待できるでしょうが、根本的な変革を促すのは様々な活動・行動による複合的要因です」

ブリーフによる判別

ソルターバクスター社の場合、排出量の多い企業を端から拒否するのではなく、「まず与えられたブリーフを見てから仕事を判別する」とエンライト氏は話す。「もっと多くのエージェンシーがこうしたアプローチを取るべきではないでしょうか」

Campaignが最近行った調査では、「サステナビリティを重視しないブランドや提携企業とは協働しない」と答えたエージェンシーは8割に上った。

さらに6割以上が、「今後もそうした取り組みを行わないクライアントやメディアパートナー、制作会社からの仕事は拒否する」と回答。

「誠実さが欠けていたり、きれいごとだけだったり……社会的責任を放棄して、利益のみを追求するようなブリーフはすべて拒絶します」とエンライト氏。「世界の平均気温の上昇を産業革命前と比較して1.5度に抑える。この目的にそぐわないものは、すべてそれに値します」

「難題」こそがチャンス

10月末、英国航空はこれまで広告とCRM(顧客関係管理)を委託していたオグルヴィとの関係を断ち、新たに独立系エージェンシー「アンコモン・クリエイティブ・スタジオ」を指名した。これは今年の広告・マーケティング業界における最大の「下克上」だろう。

環境重視を社是としてきたアンコモンにとって、これは大きな勝利だ。同様のアプローチを取るマーケティングエージェンシー「アイリス」のチーフストラテジーオフィサー、ベン・エッセン氏はこのように話す。「課題にきちんと取り組むことができれば、それと向き合うことはむしろチャンスになります」

「ネットゼロは数字をいかに減らすかの勝負。排出量が多いクライアントこそ、脱炭素化社会における最大のビジネスチャンスです」

アイリスは新たなクライアントから仕事の依頼を受けた際、社内で「トラフィックライト(交通信号)」と呼ぶ基準にまず照らし合わせる。これは3つの要素から成り、最初にどのような企業か −− 排出量が多いか、脱炭素化を真剣に考えているか、明確なネットゼロ戦略を持ち、それに見合う投資をしているかなど −− を見極める。次に業務内容。委託される仕事は排出量削減に貢献できるのか、あるいはグリーンウォッシュのイメージを柔らげるためなのか。そして最後は、その企業とどのような関係が築けるか。誤った方向性を正せるか、気候問題解決へのサポートを求めているか、といった視点だ。

「この基準にそぐわないクライアントはたくさんいる。でも、ボイコットというアプローチはもう取りません。脱炭素化の問題は極めて複雑。我々の提供するサービスは多岐にわたるので、何らかの対応の仕方がある」

「重視するのは企業の透明性。排出量の多さやその企業の潜在的課題、そしてどのようにネットゼロを実現したいのかといったことをオープンに語ってくれる企業をクライアントとして受け入れます」

「グリーン・クレーム・コード」

9月、英国の競争・市場庁(CMA)は、企業が環境対策やサステナビリティをうたう際の新たな指針「グリーン・クレーム・コード(GCC=Green Claims Code)」を導入した。すべての企業は年内中に、環境に関する表現や文言をGCCに適合させなければならない。

きっかけとなったのは、インターネット上で企業がうたう環境対策の表現のうち「40%が虚偽、または消費者の誤解を招く」という調査結果だ。果たしてGCCは業界の浄化を実現できるのだろうか。

英国広告協会会長のステファン・ウッドフォード氏は、「英国広告基準協議会(ASA)が新たに発表した指針とともに、グリーンウォッシュの疑いがある広告への意識を確実に強めた」と話す。

「広告で最も重要な要素は正確性と誠実さ。ASAはこの点を慎重に規制化した。今後、広告主は自社製品・サービスが環境に及ぼす影響に関し、情報のエビデンスを示す必要に迫られるでしょう」

一方、エンライト氏はこの指針だけでは不十分という。「GCCは理想から程遠く、必要な変革が起こせるとは思いません」

「GCCの基本的前提は、消費者を欺いたり誤解させたりしないということ。これは最も初歩的な対策で、いわば1995年頃の発想。今の時代ではまったく役に立ちません」

「企業やエージェンシーの活動を正すために今必要なのは、コミュニケーションのコンテンツにスコープ3(サプライチェーンにおけるすべての間接排出量)の考え方を取り入れ、義務化すること。そうすることで初めて持続可能な事業改革と、脱炭素化に向けた消費者行動を実現できる」

化石燃料広告の禁止

5月、オランダ・アムステルダム市は化石燃料企業と航空会社の広告を禁止するという世界初の措置に踏み切った。脱炭素化に向けた大きなステップには違いないが、この動きがどのような影響を及ぼすかは不透明だ。

「我々が包括的に目指すのは、持続可能な未来に向けた企業活動を加速化させ、真の変革を促すこと。最低限の義務をクリアさせることではないのです」とエンライト氏。「こうした広告禁止措置は発展的戦略というより、むしろ注目を集めるための『戦術』に感じる。化石燃料企業や航空会社が取り組むべき課題は、サステナビリティを高めること。具体的に何に取り組み、またどのような分野で進歩を遂げ、問題は何か、といったことを正直に消費者に伝えなければならない」

IPAのポール・ベインスフェア会長は、英国市場の状況と照らし合わせてこのように話す。「留意すべき点は、化石燃料企業も航空会社もすでに十分な成長を遂げ、経営も安定し、昨今は事業規模がほとんど変わっていないということ。したがって広告の目的は、主にブランドシェアの維持です」

「ゆえにこうした企業の広告を禁止しても、気候危機の効果的ソリューションにはほとんどならないでしょう。逆に雇用の喪失など、我々の業界に深刻な影響をもたらす恐れがある。アムステルダムのような禁止措置が英国で取られることは、ほぼ考えられません」

「イノベーションと競争を促進するのが広告です」と話すのはウッドフォード氏。「どの市場でも、自社の製品とサービスが他社より優れていることを示すために広告はある。ですから、ガソリン車から電気自動車、化石燃料から再生可能エネルギーへと消費者の意識を転換させる推進役になり得るのです。人々は地球のために、持続可能な選択肢を求めていますから」

「今後10年、サステナビリティは企業間競争の重要な要素になる。産業界全体がイノベーションを起こす必要があります。特定分野の製品の広告の禁止は、こうした流れに反することになる。政治家たちが1日だけ脚光を浴びるためには良い宣伝でしょうが、産業界のイノベーションを考えた場合、必ずしも望ましい結果をもたらすものではない。コンテンツへの投資を減らすことにもなり、メディア・広告業界にとってもマイナスでしょう」

COP26の閉幕は11月12日。その後数週間で、広告業界の気候危機への具体的対策が明らかになろう。

「気候変動対策に取り組むことは、我々の世代に課せられた大きなチャレンジ。あらゆる人々、あらゆる社会、あらゆる産業、そしてあらゆる国々がこの課題と向き合う必要がある。決して避けては通れないものです」とスミス氏。

「経済界を構成する他のすべての産業同様、広告業界もこの難題に対処するために役割を果たさねばならない。そして、次世代に持続可能な世界を残さねばならないのです」

(文:イモージェン・ワトソン 翻訳・編集:水野龍哉)

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