Foong Li Mei
2020年3月06日

アジア、インフルエンサーネットワークの今

アジアで乱立するインフルエンサーマーケティングのプラットフォーム。その内情を探り、今後の展開を見据える。

アジア、インフルエンサーネットワークの今

事情に疎い者にとって、昨今のインフルエンサーを見分けるのは至難の業だ。ソーシャルメディアに投稿される彼らの写真(往々にしてこのイメージがネット界の流れを左右する)はどれも似たり寄ったり。その理由はフェイスチューンやフラットレイ、フィルターといった加工技術の発達にある。ちなみに、インフルエンサーは今や世界の多くの地域でKOLs=キー・オピニオン・リーダーズと呼ばれる。

では、誰がオーディエンスに対して本当の影響力を持ち、誰がフェイクなのか。その認識が肝要なのは言うまでもない。昨年、メディア監査・分析が専門のハイプオーディター(HypeAuditor)社が行った調査で、シンガポールのインスタグラム・インフルエンサーの47%が公表データを水増ししていることが分かった。

それでもブランドは、オーディエンスの購買行動に大きな影響を及ぼすトップインフルエンサーに躊躇なくお金を注ぎ込む。例えば中国では、通販サイト「タオバオ(Taobao)」の人気ライブストリーマー、オースティン・リ(写真下)がわずか15分間で1万5,000本もの口紅を売った。

経済情報サイト「ビジネスインサイダー」は、インフルエンサー業界の市場価値は2022年までに150億米ドル(約1兆6,500億円)に達すると予測する。特にアジアはインターネット消費が旺盛で、人々の口コミへの信頼も高く、さらなる成長が見込まれる地域だ。

人気ライブストリーマー、オースティン・リ。通販サイト「タオバオ」上で、15分間に1万5,000本の口紅を売った(写真提供:@李佳琦Austin via Weibo)


「かつてマーケターは、個人のネットワークから得た情報と限られたマニュアル手法でインフルエンサーを探していました。今ではブランドとインフルエンサーのパートナーシップは飛躍的にスケールアップした」。こう話すのは、カンター社アジア太平洋地域共同デジタルディレクター、ジョイ・リー氏。ソーシャルメディアマーケティング専門のソーシャルベイカーズ(Socialbakers)社の調査によると、2018年から19年にかけて、アジアではインスタグラム・インフルエンサーが投稿するスポンサードコンテンツは189%増加したという。

実際、SNS分析を専門とするトークウォーカー(Talkwalker)社とインドのソーシャルサモサ(Social Samosa)社が2019年に800人のマーケターを対象に行った調査では、「10〜50人のインフルエンサーと協働している」と答えたマーケターは34%、「50〜100人」は15%、「100〜500人」は10%だった。

「インフルエンサーはかつて、やや芸能事務所的なエージェンシーがマネジメントをし、その料金や選択方法はマーケターにとってあまり明瞭ではなかった。しかし、時代の推移とともにインフルエンサーの地位が高まり、より多くのお金が集まるようになると、ブランドは出資に対する正確な効果測定を求めるようになったのです」(リー氏)

こうして、アジアでソーシャルメディアが大きなうねりになると、それらをふるいにかけるためのインフルエンサーマーケティングプラットフォームが登場した。これら多くのプラットフォームは、ブランドがどのようにインフルエンサーとの幅広いパートナーシップを築くべきか、テクノロジーに基づいたサポートをする。ソーシャルネットワークからデータを集め、インフルエンサーの検索・分析や影響力の正確な測定、真偽の見極めを可能にし、コンテンツクリエイターへの迅速なアクセスを提供するのだ。

それでも、これらプラットフォームはブランドが協働するインフルエンサーたちと同様、ほとんど見分けがつかない。

Campaign Asia-Pacificが11のインフルエンサーマーケティングプラットフォームを対象に行った調査「Circle of Influencers」(下図)の結果を一瞥すると、ある種の既視感を覚える。一、二の特徴を除き、多くのプラットフォームは似たような手法によるインフルエンサーへのアクセス、データ・AI主導の分析と選別、広告詐欺防止のテクノロジー、ROI(投資収益率)測定などをうたっていた。


「テクノロジーは容易にコピーできます。こうした類似性は、他のバーティカル市場でもほとんどのプラットフォームソリューションではっきりと見られる。残念ながら、マーケットリーダーを目指す革新的なプレイヤーが現れない限り、プラットフォームに基づいたサービスは一様に似通ってしまうのです」とリー氏。

現在のところ、インフルエンサーマーケティングプラットフォーム市場は「突出したプレイヤーはおらず、細分化された状態」とも。

特徴あるプラットフォーム

それでも、インフルエンサーマーケティングが花盛りのアジアで、いくつかのプレイヤーは差別化に成功している。

「我々は各地域の専門知識に基づいたアプローチと、特化したプロダクトやサービスを11市場のマーケター、インフルエンサーに提供できるアジアで唯一の企業」と話すのはエニーマインドグループ(AnyMind Group)の共同創業者、十河宏輔CEO。同社は東南アジアや日本、台湾、香港などでインフルエンサーマーケティングプラットフォーム「キャスティングアジア(CastingAsia)」を展開する。

「各国のインフルエンサーマーケティング企業が一つの市場ないし地域をカバーすることはあっても、広くアジアで展開するプラットフォームは極めて少ない」と同氏。「欧米のプラットフォームも版図を拡げていますが、アジアには強い関心を持っていません」。

「我々はまず、アジアで成長を果たした。今後もこの地域に重点を置いていきます」

アンプバース(Ampverse)社も、独自のニッチな分野を開拓した。一般のインフルエンサーマーケティングプラットフォームと競い合うのではなく、東南アジアのeスポーツ選手やゲームコンテンツクリエイターのマネジメントに注力。ゲーム・eスポーツ市場を分析するニューズー(Newzoo)社によれば、東南アジアは「世界で最も速い成長を遂げるゲーム市場」だという。

フィリピンでeスポーツ選手のエージェンシーを始めた、コスプレイヤーでKOLのアロディア・ゴシエンフィアオ


アンプバースのチャーリー・ベイリーCCO(チーフ・コマーシャル・オフィサー)は、「プロゲーマーの増加で我が社の会員数は月に何百万人も増加している。コミュニティー内におけるオーディエンスのコンテンツ消費の割合も、他の多くのバーティカル市場を凌いでいます」と話す。

だが、この分野の商業化は「東南アジアではまだ初期段階」とも。

「消費財メーカーなど、さらに多くのブランドがeスポーツのインフルエンサー人気を利用したいと手ぐすねをひいている。だが、彼らとどのように関われば最も効果的か、分かりかねているのが現状です。その一方で、ゲームコンテンツクリエイターは若年化し、ビジネス面に関して未熟な者が増えている」

アンプバースはブランドとクリエイターとの間に立ち、パートナーシップを円滑に進める役割を担う。さらに、ブランドのオウンドメディアやコンテンツといったアセットをゲームに特化したチャネルに進化させたり、パブリッシングに応用させたりというサービスも提供する。

「もちろん例外もあると思いますが、ほとんどのインフルエンサープラットフォームはテクノロジーや人材などの点で最小限の差別化しかできていない。我々のアセットは従来型のインフルエンサービジネスとは一線を画しており、他社とは異なるレーンを走っているのです」とベイリー氏。

いくつかの市場では、テクノロジー主導のプラットフォームに直接的な競争相手がほとんどいない。例えば、中国でKOLのマネジメントと分析を行うプラットフォーム「パークル(Parklu)」。「我々は最新のアルゴリズムを活用している」と話すのは、同社のイライジャ・ホエイリーCMO。

データや分析における優位性を同じようにうたうプラットフォームは世界中にあるが、「中国では事情が違う」と同氏。「ローカルのブランドは人海戦術を使える限り、テクノロジーに投資して大々的にインフルエンサーを利用しようとはほとんど考えません」。

「中国は労働力が安い。多くのインフルエンサーのマネジメントは、いまだに見習生がマニュアルでエクセルの表計算ソフトにデータを入力するやり方で行われる。最新テクノロジーはほとんど使わず、簡単なROIを割り出すのです。分析のためにテクノロジーを活用するのは、多国籍企業か大きな中国ブランドだけ」

パークルの主要クライアントは、中国でビジネスを展開する多国籍企業だ。「中国市場では、ローカルのプレイヤー数社が強い支配力を持っています」。

インドでは、「小規模なインフルエンサーマーケティングプラットフォームが急増し、林立している状態」と話すのは、チャターボックス(Chtrbox)共同創業者のプラナイ・スワラップCEO。「30万人のインフルエンサーにアクセスがある我が社と同規模レベルで展開している競合相手は、ほんの2〜3社です」。

全体を見渡せば、インドにおけるインフルエンサーマーケティングは「中国や米国といった先進的市場から数年遅れている」と同氏。「インド市場が急速に伸び始めたのはこの2年ほどのこと。通信会社が無料でデータを提供するようになり、モバイルデータのコストが全国的に大きく下がった。それによって、ソーシャルメディアの利用が一気に増えたのです」。

インドのインスタグラム・インフルエンサーでトップ60(トークウォーカー調べ)に名を連ねるジューヒー・ゴダンベ


だが、インドのインフルエンサーマーケティングは「転換期を迎えている」とも。

トークウォーカーとソーシャルサモサが行った調査が、それを示唆しているとも言える。インドのマーケターの72%は、「今年はインフルエンサーマーケティングの予算を増額する」と答えているのだ。

新たなビジネス機会

競争がないからといって、これら中国やインドのプラットフォームが現場に甘んじているわけではない。実際、新たなイノベーションが進行中だ。

例えば、チャターボックス。昨年、同社は数人のインフルエンサーを厳選し、コンテンツ制作のビジネス面におけるサポートを実施した。ブランドとの適切なパートナーシップ、契約の法的側面やPRの見直しなどを図ったのだ。

「4月からはこの事業により多くの予算を割いていきます」とスワラップ氏。

そのきっかけは、「急増するビジネスと機会に対処しきれないインフルエンサーたちから援助を求められたこと」だった。

この取り組みで、チャターボックスと協働するインフルエンサーの収入は1年間に平均して2倍になった。その結果、自身のプロダクトラインの立ち上げやオフラインチャネルでの収益化など、新たな起業に強い意欲を示すインフルエンサーも現れた。

「今後数年間は、デジタル人材を中心としたマーケティングビジネスの拡張と新たな事業部門の設立に注力していく。エンタテインメントやコンテンツに関するインフルエンサーの知的所有権の確立にも取り組みたい」と同氏。

東南アジアでは、アンプバースもインフルエンサーとのパートナーシップを強化させている。昨年11月、同社は「アンプバース・クリエイター・ファンド」を設立。契約したコンテンツクリエイターには通常の報酬に加え、配当金も支払うようにした。この配当金は、各インフルエンサーがアンプバースの業績にどれだけ貢献したかを比率で割り出し、決定される。

「我々はとどのつまり、東南アジアのゲーマーやeスポーツ選手をサポートする立場。こうした人材はステークホルダーと認識しています。彼らの成長と成功は、我々のビジネスに直接的な影響を及ぼす。双方が長期にわたり、確実に恩恵を受けられるようなストラクチャーを構築していきたい」とベイリー氏。

市場の体質が変化する中国で展開するパークルは、それに合わせたビジネスモデルの修正を強いられている。

「中国のソーシャルメディア上でKOLを使うキャンペーンは、コストが高騰している」とホエイリー氏。オーディエンスへの影響力が実証されているコンテンツクリエイターへの需要はうなぎ上りで、彼らも高い報酬を要求するという。

さらに中国のソーシャルメディアプラットフォームは、「インフルエンサーを使ったスポンサードポストにチャージを課し、ブランドに分け前を要求する」。その比率は、時にインフルエンサーの報酬の半分に達するという。

こうした要素は、顧客を獲得するためのコストを不釣り合いに押し上げてしまう。「顧客生涯価値(LTV)を上回ってしまうことすらあるのです」。

「それゆえ、中国のインフルエンサーマーケティングはほとんど道理に合っていない。しかしブランドにとって、KOLなしでは消費者とコミュニケートできないのが現実です」

パークルは、こうした状況に対応するための取り組みを今年から始める。顧客一人ひとりの生涯価値を高めるためのコミュニティーの構築や、アドボカシープログラム(環境・人権保護などのための活動)の実施などで、ブランドが顧客との関係を長期的に維持できるようなサポートだ。

エニーマインドグループのキャスティングアジアも、進化を怠らない。1月には日本に拠点を置くインフルエンサープロダクション「グローブ(Grove)」を買収、新たに150人の専属を含む900人のクリエイターをネットワークに加えた。昨年3月には、タイ最大級のマルチチャネルネットワーク「モインディ(Moindy)」の買収も行った。

グローブの北島惇起CEO(左)と、エニーマインドの十河宏輔CEO


「こうした買収で、ソーシャルメディア上のインフルエンサーの存在感を高めるためのノウハウを構築できた」とエニーマインドグループの十河氏。「コンテンツクリエイターのためのワークショップや、撮影・編集などコンテンツ制作の専門知識の提供、ソーシャルメディアチャネルの最適化や収益化などに結びついています」。

さらに昨年は日本でのサービス拡大を目指し、東京に拠点を置くPR会社サニーサイドアップと合弁会社「エニーアップ(AnyUp)」を設立した。

「アジアにおけるインフルエンサーマーケティング市場では、さらなる買収や合併は確実に起きる」と、カンターのリー氏。

スワラップ氏も同意見だ。「企業同士の合併は必ずある。小さなプレイヤーばかりでは市場が成り立ちません。今後は誰もが同じパイを狙い、多くのツールを磨き直して、似たようなテクノロジーの構築で競争し合う。我々は皆同じゴールを目指しており、それは他の業界とほぼ同じ。最も優れた企業同士が団結し、さらなる成長を目指していくでしょう」。

(文:フォン・リメイ 翻訳・編集:水野龍哉)

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