Daniel Farey-Jones
2021年4月22日

エージェンシーのクリエイティブ力は低下:へガーティ卿

広告界の現状を憂うBBHの創業者ジョン・へガーティ卿。その打開策として、クリエイティブ界を活性化する新たなビジネスを始めた。

ジョン・へガーティ卿
ジョン・へガーティ卿

「コロナ禍が起きて、エージェンシーのクリエイティブ力が一様に落ちている」。こう話すへガーティ卿は、英国の広告代理店バートル・ボーグル・へガーティ(BBH)の共同創業者で、同社前ワールドワイドクリエイティブディレクター。広告界のご意見番でもある。

「この1年半で最も素晴らしい広告は、オートリー(Oatlly、スウェーデンのオート麦ミルクブランド)のインハウスチームが手がけたもの」

「コロナ禍の不景気で、エージェンシーはクリエイティブのクオリティーにまで構っていられなくなった。その結果失われたものが、オートリーの作品には生きています」

「この作品はコピーもアートディレクションも素晴らしい、理想的な広告。今ではこうした作品を生み出せるエージェンシーはほとんどなくなってしまった。社内にいるのは広告制作のスキルがないデジタルやソーシャルメディアの人材ばかりだからです」と手厳しい。

「エージェンシーは(クリエイティブ分野の)優れた人材に投資しようとしない。彼らはお金がかかる −− そう思っているクリエイティブ責任者たちは、この問題を放置してきた。ベテランクリエイターたちのスキルは、今でもエージェンシーにとって必要なものです」

かつてへガーティ卿は、インハウスエージェンシーのクリエイティビティーに疑問を呈したことがある。曰く、「インハウスの作品は退屈。クリエイターは社内の人間になると、たちまちチャレンジ精神がなくなってしまう」

そして、今はこのように語る。「最近はインハウスでも素晴らしいものを作るようになった。ただ、インハウスにチームを作る目的をブランドがまだ誤解しているように思います。お金の節約やチームを100%掌握するためではない。ブランドの本質をより理解できるチームを作るためです」

今後の鍵はフリーランス?

今年76歳、筋金入りのへガーティ卿は有言実行の人だ。今月、AI(人工知能)を用いてエージェンシーとフリーランスのクリエイターをマッチメイキングさせる「ミート・ジーニー(Meet Genie)」社のチェアマンに就任、株主にもなった。

ジーニーのうたい文句は、「世界最高のクリエイティブチームをクライアントに提供すること」。だが、ブランドが抱える現在のクリエイティブチームに取って代われるもの、とまでは喧伝しない。

それでも、フリーのクリエイターへの業務委託は今後増えると読む。「エージェンシーとインハウスチームを持つブランド、双方がジーニーのクライアントになっていく」。現在のブランド側のクライアントはビールメーカーのアンハイザー・ブッシュ・インベブ(ABInBev)、ワーナー・ミュージック・グループ、メイド(MADE、英国の家具ブランド)など。

そして、トップクラスのフリーのクリエイターにとってもジーニーは魅力があるという(サービスを利用するためには登録が必要で、招待制)。

「フリーで仕事をしていれば、自分に最適のブリーフを見つけ出したい。ジーニーが開発したテクノロジーは、インプットされたクリエイターの経験や業績、得意分野、希望する仕事内容などから判断して最適のブリーフを選び出す。だからしょっちゅう仕事探しをしないでいいし、『この仕事をやるべきか、やらざるべきか』と悩む必要もないのです」

確かに昨年は、フリーで仕事をすることの課題が少なからず浮かび上がった年だった。へガーティ卿は、エージェンシーにとってのメリットも強調する。「経験豊富でギャラが高く、これまで人件費の問題で雇えなかったクリエイターをエージェンシーが改めて活用できる」

「例えばフリーのベテランクリエイターを、プロジェクトに応じてひと月だけ雇えばいい。1年間の契約をすることはないのです。そうした雇用に対する柔軟性と流動性を生み出すのがジーニーのメリット」

役割が増すECD

フリーのクリエイターがもっと活躍するようになれば、エージェンシーに所属するエグゼクティブクリエイティブディレクター(ECD)の役割も変わってくるのではないか。「答えはイエスでもあり、ノーでもあります」

「エージェンシーのECDはこれからも非常に重要。彼らは方向性を示す存在で、オーケストラで言えば指揮者です。キャンペーンの本質を理解し、全体のトーンを決め、そしてどのような結果が求められているかをチームに示す役割がある」

「むしろECDの仕事は、より重要になるでしょう。なぜならチームに加わるフリーランサーは、例えば他に10社のクライアントを持っている。クライアントであるブランドを本質的に理解し、明確で適切なブリーフを与えられるのはECDです。フリーランサーはECDと組んで仕事をすることで、初めて良い結果が出せる」

ではこうした変化に備え、エージェンシーはどう対応すべきなのか。

「エージェンシーはより明確な指針と個性を確立させる必要があります。一緒に仕事をする最適な人材を探すのだから、自社はどういうエージェンシーで、何をしようとしているのか、そしてフリーランサーにとってどのような魅力があるのかといったことをはっきり示せなければならない」

コピーライティングの衰退

今月、ロイズ・バンキング・グループのマーケティングコミュニケーションディレクターを務めるリチャード・ウォレン氏が、「今の広告エージェンシーは文章力をまったく持ち合わせていない」と発言し、ちょっとした論議を巻き起こした

へガーティ卿はそれ以前から、「今のテレビや印刷物、オンラインの世界の文章のクオリティーは実に嘆かわしい」と言い続けてきた。

「ウォレン氏の言ったことは正しいし、一石を投じたことは確か。ただ、業界で大きな賛同を得られなかったのは残念です」

「今の広告界が評価するのはコピーではなく、ハプニング的なイベント。例えば日焼けクリームのプロモーションで、モデルが裸でピカデリーサーカス(ロンドンの繁華街)を走り回り、その様子がオンラインに投稿される……こうしたやり方にコピーはまったく求められない。もはや文章力は評価の対象にならないのです」

「今のエージェンシーのクリエイターは文章力を磨くトレーニングを受けていない。コピーは単に写真のキャプションになってしまった。オーディエンスを惹きつける説得力に満ちたコピーは、過去のものになってしまいました」

「悲しいことに、デビッド・アボット(英国の著名なコピーライター、AMV BBDOの創業者)のような才能はもういなくなってしまった。若手のクリエイターのほとんどは彼のことを知らない。これも悲しむべき事実です」

だがへガーティ卿は、決して過去の広告界や自分の栄光に郷愁を抱いているわけではない。ジーニーで新しいビジネスチャンスの創出を図る同氏がいま注視するのは、AIの将来だ。そして、サードパーティクッキーがなくなることを心から願っている。

「ストーカーのようなブランドは、もう排除すべき時です」

(文:ダニエル・ファレイ・ジョーンズ 翻訳・編集:水野龍哉)

提供:
Campaign UK

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