David Blecken
2018年11月15日

新しい仕事を探すあなたに 転職のために知っておくべきこと

長時間労働に低賃金、そして社内で力が発揮できない不満……。広告代理店での仕事に行き詰まったとき、ブランドはしばしば「理想の職場環境」に映る。だが転職は容易ではなく、仮に職を得ても常に期待通りとはいかない。

新しい仕事を探すあなたに 転職のために知っておくべきこと

「広告界で働くことはあなたにとって大きなメリット」 −− 広告代理店の幹部たちは長年、こういう謳い文句を唱えてきた。仕事の話題性やバリエーション、幅広い業界とのつながり、そして他の職種ではなかなか得られない「創造性を発揮できる」機会……。確かに代理店の仕事は刺激的で楽しいだろうし、実際にそういうことが多い。だが、誰にとってもそうではないのだ。

プレッシャーや制約が絶えず、マージンが減り続ける広告代理店は社員教育や福利厚生といった面で極めて評判が悪い。そして社員には、日常業務と関係あろうがあるまいが、最先端のテクノロジーに精通していることが求められる。

広告ビジネスが圧迫を受け続ける一方、ブランドやテクノロジー業界は新たな可能性を広げつつある。広告界の多くの人々は、他の業界の方がキャリアアップやより良いライフスタイルが享受できるという印象を抱いてるのだ。クライアント側企業へ転職を目指すのは、たいていは休む暇のない営業担当の中堅社員や管理職だが、今ではクリエイティブの人々も増えつつある。

力の発揮、安定性、収入:転職を志す動機

マーケティング業界専門のリクルーターにとって、「どのように広告代理店からクライアント側へ転職するか」というのは日常的な話題だ。転職希望の理由は実に様々で、ポジティブなものもあればネガティブなものもあり、時には思慮に欠けるケースもある。前広告マンで現在はコーチングを行うゲイリー・グッドウィン氏は、「ブランド開発の意思決定でもっと自分の意見を反映させたい」という理由を一番に挙げる。戦略性を取り入れつつ仕事を牽引でき、しかもクライアント側の方が安定性があるという考え方だ。

東京の国際的テック企業でマーケターとして働く小田誠氏は、広告マンから転身して現在はクライアント側の様々な業務をこなす。「代理店での経験は有意義でした」と話すが、夜中や早朝に電話がかかってきたり、自分の時間を自分で決められなかったりということに嫌気がさした。転職を決めた理由は報酬もあったが、それ以上に大きかったのは自分の時間が使えることやより良い生活ができることだった。「代理店に戻るつもりはありません」。

香港に住む匿名希望のある消息筋は、PRエージェンシーから大手金融サービスのマーケターに転身した。小田氏とは若干異なるパターンだ。その理由は至ってシンプル。「高い収入と、大手企業で得られるより多くの特典。皆、それらを求めて転職します」。勤めていたエージェンシーではコンサルティングを多く請け負っていたが、「仕事の価値が低く見積もられている気がした」。コンサルティングサービスを売り込むのは、時に「大きな岩を坂の上に押し上げていくような気分でした」。「PRエージェンシーで働くほとんどの人々は、チャンスがあれば何らかの形でクライアント側で働きたいと思っているのではないでしょうか」。

グッドウィン氏は、「広告代理店の人々はブランドマーケティングの仕事全般に対する認識が若干欠けていることが多い。それが楽観的な印象につながっています」と話す。「コミュニケーションベースのソリューションなどをブランド側と話し合うと、彼らは自分の知る限られた世界の経験だけで判断してしまう」。「ブランドの方がよりバランスのとれた生活ができるというイメージが広がっていますが、若干の些細な例外を除けば現実は違います。より横割り型の組織や機能横断型のチームでは、広告界並みのプレッシャーが絶えません」。

更には、「テック企業は高い報酬を払いますが、コカ・コーラやユニリーバといった一般的な消費財企業は、短期的に見ればそれほど高い報酬は出さない」とも。「経験が不足していれば給与の面で幾分かの妥協を求めてきます。将来的な増収は約束しますが」。

転職はなぜ難しいのか

他の業界に移ることは、常に容易ではない。だが何事も同様、才能と戦略、そして運がうまく組み合わされば成功を引き出せる。東京を拠点に海外市場でも活動するリクルーター、ジェイソン・エアーズ氏は「人事権を持つ従来型のマーケターは、広告代理店だけで働いてきた人の雇用には消極的ではないか」という。彼らが懸念するのは、代理店で育った人材は「マーケティングのコミュニケーション的側面しか理解できないのではないか」ということ。小田氏は「代理店出身者は、例えば予算組みなどに苦労するでしょう」と話す。ただしマーケターが代理店勤務を経験していれば、「この手の志望者をもっと受け入れる」とエアーズ氏。

データ主導のマーケティングが一般的になったことも、代理店出身者にとってアピールをより一層難しくしている点だろう。「クライアント担当の営業に足りないスキルはデータに弱いこと。戦略面で柔軟性を示せなければ、転職は難しいでしょう。関係性の構築やコンセプトのセールスが重要な要素として求められていないのであれば、の話ですが」とグッドウィン氏。

「ある程度の柔軟性は結局、両者に求められる。ただし年配の志望者にはそれが欠けていることがあります」。転職をするのなら、「30代後半までが最も良いタイミングでしょう」。それより上になると、「クライアント側の期待に沿いにくくなる可能性が出てくる」。通常は女性の方が適応力を積極的に示すことが得手で、迅速に採用される場合が多いという。

もう1つ転職の妨げになるのは、志望者の態度や姿勢だ。香港の消息筋は、「広告代理店の人は自分たちが希望する仕事の下調べができていないことが多い」という。「その代わり、今のポジションへの不満やなぜ会社を離れたいかといったネガティブな面を強調する。当たり前かもしれませんが、『今の仕事が嫌い』と言うのは面接の際に良いやり方ではありません」。

その一方、数社から断られると転職はもう無理だと決めつけてしまう人もいる。「かなりの年配者でなければ、意気消沈する必要はありません」とエアーズ氏。「結局、転職にどれだけ本気かということでしょう。自分の求める仕事にたくさんのライバルがいるのは仕方のないこと。本当にクライアント側で働きたいのなら、往々にして可能性は開けるものです」。

「適格性を考慮すべし」

志望者はまず、なぜクライアント側で働きたいのか自問しなければならない。「自分が何を学びたいかということ次第です」というのは、ピュブリシス・ワンでチーフ・ストラテジー・オフィサー(CSO)を務める安藤正弘氏。同氏は広告代理店で勤務した後、コカ・コーラやナイキで新たな経験を積み、再び広告界に戻った。

もちろん、今のクライアントや志望企業の意思決定者と良い関係を作れれば、良い結果に結びつく。安藤氏は、広告代理店でナイキ担当だったことが幸いしたという。「クライアント担当者は出来る限り積極的に動いて、先方の信頼を獲得するべきです。そうすれば転職の可能性も増えるでしょう」と小田氏。同氏は長年にわたる様々な経験、特にディズニーのようなビッグブランドを獲得したキャリアが道を開いたという。日本にある国際的企業で働いていたことで培った英語の能力も有利に働いた。ただし何回も転職を繰り返した経験から、「少なくとも1つの会社に3年はいた方が良い印象を与える」とも。

真剣に転職を考えるのなら、今の経験が活用できるポジションを探すべきだろう。「志望会社の中で今の業務と関連する仕事を探せば、マーケティングについての知識を応用できるはず」と香港の消息筋。「転職のためには必要な“トゥール”を身につけねばなりません。ほかの仕事と同じです。法律の学位なしで、営業職から弁護士になることはできない。適格性をはき違えてはいけません。その分野の専門用語を学び、きちんと話ができる能力を身につける。そうすれば、企業もあなたに敬意を払います」。

「パーソナルブランド」を確立することも効果的だろう。「それがうまくできれば、個人の運命を大きく変えられる」とエアーズ氏。自分が評価する会社やそこで働きたい理由を考えるだけでなく、「自分自身をパーソナルブランドのチーフ・マーケティング・オフィサー(CMO)として位置づけるのです」。そしてクライアントの仕事を通し、どのようなキャリアを築きたいのか計画を立てることが肝要だ。総合的に判断すれば、広告代理店が個人のキャリアを考慮してくれると信用するのは無理があろう。つまり、自分の目標を達成するか否かは全て自分次第ということだ。

クリエイティブの新たなる世代

離職を望むクライアント担当のエグゼクティブがしばしば会社を追いやられる一方、クリエイティブディレクターには刺激に満ちた新たなチャンスが広がる。「ほかの広告代理店で働きたいと思っているクリエイティブはほとんどいないようです。彼らは皆、インハウスでの仕事を望んでいます」とエアーズ氏。

例えば、代理店で12年間を過ごした後、アップルのグローバル・グループ・クリエイティブディレクターを務めたアンドリュー・マックニー氏。同氏は昨年、米通信会社ベライゾンのチーフ・クリエイティブ・オフィサー(CCO)に就任した。この種の企業ではやや考えにくい役職だ。同氏を知るADKグローバル・クリエイティブの責任者ロブ・シャーロック氏は、こうした転職の魅力は「報酬だけではなく、真っ白なキャンバスに絵を描くようなものであり、代理店よりもはるかに多くのリソースを提供されること」だという。このマックニー氏や7年前にフェイスブックのCCOとなったマーク・ダーシー氏を、シャーロック氏は「新世代クリエイティブリーダーの代表格」と見ている。

「彼らはカンヌライオンズの表彰台に立つような人間ではありません。広告賞には興味がないのです。その代わり、素晴らしいソリューションを実現したいと考えている。広告界には賞の獲得に躍起になっている従来型のクリエイティブがまだたくさんいますが、一方でこうしたソリューションを成功の尺度と見る新たな動きもある。古い価値観にとどまるのではなく、新しいことへの挑戦にほかなりません」

こうした変化はますます活発になり、「近い将来、広告代理店は人材の『猟場』になるだろう」とも。「ほかのどの分野にブランドが注目するでしょうか? 完成されたクリエイティブの人材を見つけられるのは、広告界しかないのです」。

それでもグッドウィン氏は、「代理店のクリエイティブにクライアント側が魅力的な仕事を提供することはないだろう」という。「彼らの作品はテレビに偏りすぎています。日本ですらも、テレビが主要なメディアですから」。

いずれにせよ、今後は代理店の多くの人材がクライアント側に流出する可能性がある。代理店にとってみれば、悩み事が増えるということなのか。グッドウィン氏はこのように話す。「まさしくその通り。彼らがクリエイティブを懸命に引きとめようとしても非常に難しいでしょう。クライアント側の安定性や潜在性、自己を磨ける機会などを考慮すれば、『隣の芝生は青く見える』のですから」。

要点:

  •  なぜ転職したいのか、どこで働きたいのか、そして何を会得したいのかを明確にする。
  • しかるべき人々と関係を築く。彼らの携わる仕事への興味を率直に表し、サポートしたいという意志、信用してもらうための理由を示す。
  •  パーソナルブランドを確立する。キャリアアップに的を絞ることで他者との差別化を図り、己の未来を己で築く。
  • しっかりと準備をすること。どのような企業に行きたいかということだけでなく、マーケティングに対する理解度や携わりたい仕事を明確に示す。相手が人事に関する意思決定者であるなしにかかわらず、誰とでも同じようなトーンで会話ができることが大切。
  • ポジティブに。だからと言ってあまり自分を押し売りするようなことはせず、一歩引いた態度で。そして、自分がその企業に何をもたらせるかを語る。
  • 遅くならないうちに行動する。自分のオファーに自信が持てるよう、十分な準備を。転職に2〜3度失敗したからといって、挫ける必要はない。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)

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