David Blecken
2016年10月13日

広告業界は「過労死」にどう対処すべきか

自殺の原因は、長時間の過重労働と認定された。過酷な労働環境を当然のごとく社員に強いてきた企業の経営陣。広告業界では今、抜本的な意識改革の必要性が問われている。

広告業界は「過労死」にどう対処すべきか

無理難題を吹っかけるクライアント、脆弱な管理体制、そして非効率的な業務プロセス……ある大手人材コンサルティング会社は、日本の広告業界のストレスレベルが極めて高い要因としてこれらの点を挙げる。

このコメントに先立つ10月7日、労働基準監督署は2015年12月に起きた電通の女性新入社員の自殺が職場でのプレッシャーによるものだったとして、労災を認定した。

各メディアの報道によれば、東大卒の高橋まつりさん(当時24歳)は同社でインターネット広告を扱うダイレクトマーケティング・ビジネス局デジタル・アカウント部に所属し、月70時間から130時間の残業を強いられていたという。

クライアントへの過剰請求が発覚して電通が謝罪した事案は記憶に新しいが、朝日新聞によれば今回の件も同じ部署で起きたという。電通は、この部署では常に人員不足が問題になっていたと釈明する。

先週、亡くなった高橋さんの母・幸美さんは記者会見を開き、こうした過労死が繰り返されないよう企業の労務管理の改善と国からの指導を強く求めた。電通側は「社員の自殺を厳粛に受け止めている」と述べたが、それ以上のコメントは出していない。

電通の社員が自殺を図ったのは今回が初めてではない。1991年にも当時24歳の社員が自殺しており、東京高等裁判所は判決で会社側の責任を認めている。博報堂の元社員で現在は作家として活動する本間龍氏は、「メディアが電通を恐れ、醜聞に関する報道や批判を自粛する傾向があるのです」と語る。結果として、電通にはこうした事態を招いた原因を是正する「圧力がかからない」のだと言う。

「名誉の勲章」

本間氏の発言も一理あるが、この問題の本質は一企業の枠にとどまらない。故・高橋まつりさんの労災認定と時期を同じくして、過労死の実態や防止策の実施状況などをまとめた厚生労働省初の報告書「過労死等防止対策白書」が発表された。同白書によれば、多くの産業分野で社員が月80時間を超える残業を強いられており、その割合は全企業の4分の1近くに上るという。

この調査の結果、周知の事実であった日本特有の長時間労働の実態があらためて浮き彫りになった。白書によれば、最も過重労働が強いられているのはIT業界だという。広告やPRも世界的に最もストレスがかかる業界として知られるが、そもそも日本のように高いプレッシャーがかかる労働環境では、そのストレスレベルは一層強くなる傾向にある。

「行き過ぎた長時間労働は、広告業界から転職したいという人々の上位3つの理由に数えられます」と言うのは、東京のオプティアパートナーズでエグゼクティブ・サーチを担当するタイロン・ジュリアーニ氏。特に、メディアや広告主を担当する人々の「燃え尽き方」がひどいという。

「35歳を過ぎて家庭を持つようになると、この業界から離れたいという気持ちが強くなる人々が多い」と同氏。さらに「家庭のある女性が9時から5時までの定時勤務を希望すると、低賃金で責任の軽い仕事をこなすよう、会社から最悪の条件を押しつけられることがしょっちゅうです」。人材リクルート会社のパワーアップ・ソリューションズ創業者のゲーリー・ブレマーマン氏は、「社内のマーケティング部門で働く方が広告会社にいるより断然いい、と一般的には考えられていまが、クライアント側のマーケターが過剰な要求をするため、過重労働という悪しき慣行から抜け出せません」と語る。

広告業界で働いていたあるミレニアル世代の女性は、突き詰めればクライアントも制作会社の社員も皆、「同じようなプレッシャーを感じている」と言う。新卒や若手スタッフの間では、亡くなった高橋さんのように長時間の残業をこなすことは実際よくあることで、決して珍しくはない。毎月一定の残業時間を超えると医師から注意を受けるが、大抵の場合それは「名誉の勲章」と見なされるという。

広告の仕事は確かに労働集約型だ。しかしジュリアーニ氏は、「広告会社の管理職がクライアントからの法外な要求を断れるようになれば、状況は改善できる」と言う。「クライアント側はしばしば、合意した範囲をはるかに超えるサービスや対応を求めてきます。必要もないのにクライアントを訪れて打ち合わせをしたり、過剰な要求に『ノー』と言えない企業体質は、広告会社の社員に長時間労働を強いる深刻な要因なのです」。

また同氏は、業界がクライアントと広告会社の主従関係を改め、「対等なパートナーシップを築くべき」だとも指摘する。さらに、「会議のための会議や、報告のための報告」といった慣行を廃して時間の使い方を改善すれば、「仕事のプロセスはもっと簡素化される」とも言う。こうした社内の悪習がまっとうな時間内に仕事を終わらせることを妨げているのは明白だが、この問題は第三者に状況を分析してもらうことで比較的容易に解消できるだろう。残念ながら、広告会社はそうしたことに予算を使いたがらないようだが。

また、広告会社は社員研修にもっと投資をして、年齢ではなく能力に応じた昇進を実行すべきだろう。「悪しき慣行はしばしば、管理職から管理職へと引き継がれていきます」とジュリアーニ氏。「きちんとした社員研修と人材開発にもっと時間をかければ、広告会社にとっても確実にプラスになる。同様に、一人ひとりの社員の働き方も劇的に改善されるでしょう」。

法的・社会的圧力の効果

遅きに失した感は否めないが、今回の事案をきっかけに常態化した長時間労働の是正が望まれている。これは働く人々のためだけではなく、広告業界の未来のためにも必要なことだ。それにしても、過重労働で押し潰されてしまうかもしれないという世界に、なぜ若者たちはわざわざ飛び込むのだろう。

前出のミレニアル世代の女性は、セレブリティーや有名ブランドの周辺で働ける環境は「今でもとても魅力的」と語る。「でも現実は想像以上に厳しく、ついていけなくなる人もいます。それでも多くの人々は負け犬のレッテルを貼られるのが怖くて、辞めるとは言い出せません。仕事より大切なものがあることは確かですが、そのような状況にいると、とてもそれに気づく余裕はないのです」。

とは言え、ミレニアル世代は親の世代とは異なり、純粋な義務感から仕事を全うしようとする意識は低い。電通は今回こうした問題を引き起こしたものの、事業上のメリットが見込めれば社員のやりたい仕事を支援するなど、肯定的な側面が多数ある一流企業であることに変わりはない。だが最近は、必要な人材の確保に苦労していることもいち早く認める。その背景には、様々な選択肢から仕事を選ぶ自由度が高まり、会社のために献身的に働くよりもワーク・ライフ・バランスを重視する傾向が若年層に強まっていることがある。広告業界はバランスのとれた働き方の実現を誓約することで、即座に魅力をアップできるのではないだろうか。

だが過重労働がいまだ勲章と見なされるようでは改善は望めず、より多くの仕事をより少人数でこなす傾向も見受けられる。ジュリアーニ氏は、ストレスを訴える社員が上司から「我慢しろ」と言われるのは「日常的なこと」だと言う。「自分の方がもっと長時間働いている、という自負が上司にはあるのでしょう」。

本間氏は、「この状況を本気で変えようとするのならば、社員に過重労働を強いる企業に対する厳しい法的制裁が必要」と言う。さもなければ、「また過労死が起きるのは時間の問題でしょう」。だが、まずは職場で燃え尽きてしまうような労働環境がもたらす影響について、社会全体が敏感になる必要があるだろう。

「問題は、労働時間の長さだけではないのです」とブレマーマン氏は言う。「このような悲劇が起こる前に、社員のメンタルヘルスの不調を察知して対応するような指針やシステムが企業にないことも課題です。これは広告業界の枠を超えた、社会全体の大きな問題なのです」。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)

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