David Blecken
2019年6月06日

PRエージェンシーの役割は「戦略のみにあらず」

今の日本のPR業界に必要なものは何か、また不必要なものは −− 電通パブリックリレーションズ(電通PR)の畔柳一典社長が語る。

畔柳一典氏(写真提供:電通PR)
畔柳一典氏(写真提供:電通PR)

先月22日、電通PRは米シンクタンク「全米アジア研究所(NBR、The National Bureau of Asian Research)」と協力関係を結んだと発表した。これを受けて畔柳一典・同社代表取締役社長執行役員がCampaignのインタビューに応じ、日本のPR業界の現況を語った。

2016年から同社を牽引する畔柳氏は日本パブリックリレーションズ協会(PRSJ)の理事長も兼務、PR業界の地位向上に務めている。同氏は語る際、決して大袈裟な言葉を使わず、誇大表現をしない。とかくエージェンシーのトップはその逆だが、堅実な物言いは業界の今をより的確に捉えているという印象を与える。

昨年、PRSJの理事長に就任されました。組織のトップとしてどのような目標を掲げていますか? また、これまでにどのようなことを達成しましたか?

PRSJは公益社団法人として政府より認定されており、公益に寄与することが非常に重要な役割です。私の使命はパブリックリレーションズに対する日本での認知度を高め、PRのプロの数を増やし、質を高めていくこと。就任してからは会員制度を変え、個人会員も受け入れるようにしました。より多くの人々に開かれた組織にし、業界を発展させていくつもりです。

日本のPR業界の市場規模は現在1200億円以上です。10年前は650億円でした。成長の要因は何でしょう?

一つは、業界に携わる人々が増えたこと。もう一つは、情報の送り手と受け手が多様化し、メディアとの関係がフラットになったことです。情報の送り手にとってはメッセージがある限り、広告であろうがPRであろうが関係ありませんから。

メディアが取り上げるメッセージは、ペイドメディアのメッセージよりも信頼性が高いと言えますか?

それも今は変わりました。重要なのはメッセージのコンテンツであり、信頼できるかできないかの判断は受け手次第です。

最近のPRSJによる調査では、PR業界に従事するのは女性の方が多いという結果が出ています。しかし、果たしてそうでしょうか? エグゼクティブのほとんどは依然、男性が占めています。こうした状況は変わるでしょうか?

PR業界の女性リーダーはもっと増やしていかねばなりません。そのためには女性がより責任のある仕事をこなし、過去の失敗から学べるよう我々がサポートしていく必要があります。男性労働者と女性労働者とではライフステージが違う。ですから、それぞれの段階でサポートする適切なシステムが必要です。現在、我々が取り組んでいる課題でもあります。

「従来型のPRとメディアの関係は終わり、今はオーディエンスとの直接的な関係が重要」とPRエージェンシーの人々はよく言います。しかし調査結果では、明らかに従来型の活動がいまだに主流です。業界の立場と現実とは乖離しているように感じますが。

メディアとの関係が途絶えることは決してありません。大切なのはどのようなタイプのメディアと組み合わせるかです。ソーシャルメディアだけに頼ることはできません。テレビで流される情報が全て真実とは限りませんが、ソーシャルメディアの偽ニュースよりは信頼性が高い。少なくとも日本では、従来型メディアを再評価する時期に来ていると思います。

今後10年を考えたとき、最も重要な新分野は何ですか?

今では多くの分野が共有化されつつありますが、成長すべき分野はコミュニケーションコンサルティングです。つまり、企業の価値を最大化するためにどのようなコミュニケーション活動が必要かということ。さまざまなステークホルダー(利害関係者)がいますので、そういった意味ではPRは広告よりも重要になります。

電通の多くの人々が、長期的な成長を達成するためには新たな収益源が必要と話します。そうしたプレッシャーは感じますか?

収益源を多様化するのは大切なことです。我々の取り組みの一つに、クライアントが新たなベンチャー事業を起こす際のコミュニケーション活動のサポートがありますが、その業務に関しては実働費のみ請求します。事業が軌道に乗った時点で幾分の利益を分けて頂くか、株を購入することになるでしょう。

今のPR業界には戦略プランニングの考え方が決定的に不足していると感じます。その解決策をどう考えますか?

我が社もエグゼキューションの割合が多いのが現状です。今のところ、PRエージェンシーに戦略だけが求められることはあまりありません。日本では広告代理店にそれを求める傾向がありますが、海外では状況が異なると思います。

PRSJのトップとして伺いますが、PRエージェンシーにとってクリエイティブなバックグラウンドを持つ人材を雇うことは利点がありますか? 数年前はこうした傾向が強かったのですが、今はすっかり弱まったように感じます。

PRエージェンシーがクリエイティブを雇う必要はないと思います。大切なのは、クリエティブブリーフをつくる能力があるかどうか。クリエイティブの人々をPRエージェンシーの中で使いこなすのは難しいでしょう。PRエージェンシーの役割はメッセージをつくること。それをどのような最終表現にするかは、必ずしもPRエージェンシーの役割ではありません。往々にして、クリエイティブ個人の旬の時期は短いものです。クリエイティブ界は急速に変化しますから。

社会でのPRの価値を高めるために、一般の人々にPRの重要性をどう説得しますか?

直接的に説得する手段はないと思います。「この人はメッセージの伝達やコミュニケーションが上手だ」 −− 一般の方にそう思わせる人材がPR業界にいれば、業界にとって良い結果をもたらします。

エージェンシーで働く多くの若手社員は、より安定したインハウスの職を得るための足掛かりだと考えています。この意識を変えるために、対策が取られていると思いますか?

いくつかの企業は(給料を抑えることで)離職を促すという手法を取っています。エージェンシーでの多くの業務は共有化され、予算は減る一方です。現在、我々は電通という後ろ盾があるので幸運と言えるでしょう。一人でクライアントに対応するスキルが十分でない若手社員でも、多くが電通のチームに加わって仕事ができる。その経験を通じて成長できるのです。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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