Omri Reis
2016年10月17日

Spotifyは日本人の音楽志向を変えるか

ついに日本でのサービスが開始したSpotifyは、コミュニティーやジャンル、アーティストをどのように結びつけるのだろうか。

オムリ・ライス氏
オムリ・ライス氏

ついに日本でのサービスが開始したSpotifyは、コミュニティーやジャンル、アーティストをどのように結びつけるのだろうか。

2013年3月、『週刊東洋経済』は音楽配信サービスSpotifyが日本の音楽業界にもたらす脅威を黒船に例えた。米国海軍の准将ペリーは1853年、黒船に乗って東京湾に来航し、開国への交渉を要求。アメリカの軍艦は、資本主義という破壊的イデオロギーの基で作られた革新的テクノロジー(蒸気船)であった。同様にSpotifyは、音楽提案というアルゴリズムで1億人のユーザーを巻き込み、世界中で社会的現象を起こしている。これは、ユーザーにとって、理想的な音楽配信・受信の形なのだ。

しかし、日本上陸後のペリーの交渉が難航したように、Spotifyも上陸後すぐに成果を上げることは難しいだろう。2000年代前半から、日本の音楽プロデューサーは音楽業界を救うため、知恵を絞ってきた。CDの売り上げが急落する中、音楽プロデューサーの秋元康氏は、秋葉原や中野を中心に活動していた地下アイドルのような日本の「草の根」の音楽に目をつけた。彼女たちには、純粋さや親しみやすさに魅了された熱狂的なファンがついていた。秋元氏は、この特徴をプロのアイドルにも応用できないかと考えた。

秋元氏のAKB48を筆頭に、日本のアイドル界は、地下アイドルの特徴を活かして大規模なビジネスを生み出した。中でも代表的なのは、グループのメンバーのランキングを決める総選挙だ。新曲のCDシングルには好きなアイドルに投票ができる投票用紙が入っており、売り上げを急激に伸ばす要因となった。これは「会いに行けるアイドル」のスローガンの裏に隠された巧みな戦略であり、消費者のCD購入の動機に変化をもたらした。CD購入はもはや好きな曲を聞くためではなく、メンバーへの愛情表現となった。正確に言えば、その愛をお金という形に変えてメンバーの昇進に直接貢献しようとしているのだ。これにより、投票をするためだけに大量のシングルを購入するファンが増え、日本の音楽業界には新たなビジネスが生まれた。アイドルたちの方向性は、表面的ではあるが、もはや完全に消費者の手に渡ったのである。

Spotify、日本市場での成功のカギも併せてご覧ください

ここで注目すべきはアイドルたち自身ではなく、このシステムが音楽の志向にもたらした影響である。社会学者の毛利嘉孝氏は著書『ポピュラー音楽と資本主義』の中で、消費者の音楽志向と音楽業界の相互作用を、2000年と2010年のオリコンチャートを用いて例証した。 J-POP時代であった2000年には完璧な作詞作曲や、プロフェショナルな制作、圧倒的なパフォーマンスといった音楽的才能が重要視されていた。しかし2010年のチャートは、トップ10をすべてアイドルが占領している。中には歌唱力がほとんどない者や、操り人形のような従順な姿が愛されている者もいる。

2000年に入ってから、日本の音楽はいつしかCDの売り上げや感情的消費の犠牲となった。
日本の音楽業界での成功は1970年代以降、オリコンチャートによって定義されてきたが、秋元氏はそこから「音楽」の要素を取り除いた。もちろん、音楽の購入にはそれを歌う人物自身が大きく影響している。個性的なルックスで人気を集めたデヴィッド・ボウイや、仮面をかぶった姿が特徴的なダフト・パンクが良い例だ。しかし、一般投票によってその特徴が定められると、 音楽との関連が薄れてしまう。

だが、この選択肢は、単なる幻想にすぎない。ファンは 推しのメンバーに多くの時間とお金を費やすが、全ての努力は最終的にAKB48のような一つの親ブランドの成功に吸い取られる。この力は強大であり、音楽業界の中で新たなジャンルを確立している。毛利氏は、この時代を「ポスト・Jポップ」と呼んでいる。なぜなら、Jポップは音楽そのものを表した言葉であり、アイデンティティ政治や感情的な消費行動を表す言葉ではないからだ。

アイドルによるオリコンなど音楽ランキングの占領は、音楽を完全に消滅させたのではなく、単に他のアーティストたちを新たなプラットフォームへ移行させたにすぎない。例えば東京の下北沢では今、音楽を芸術表現の一種ととらえる独立したシンガーソングライター「DIYミュージシャン」が出現し始めている。さらにDIY Starsのようなデジタルプラットフォームで音楽を購入することによって、消費者は大手メディア企業や制作会社を通さずに直接アーティストを支援でき、業界の倫理にも沿っている。Bandcampもまた、AppleやGoogleなどへの課金を望まない消費者へ向けて、似たようなサービスを提供している。コーヒーやダイアモンド商売で見られるフェアトレードと同様の手法は、音楽にも通用するのだろうか?最近話題となったSMAPの解散をきっかけに、日本の大手制作会社の実態もますます注目されている。

日本において、オンライン上のSpotifyの最大の競合はユーチューブである。ユーチューブはネット生活における音楽そのものの重要性について、さらに深刻な疑問を提起している。最近の調査によると、音楽を楽しむ日本の消費者のうち30%は、ユーチューブなどの動画共有サイトで音楽を聴いている。同様に、ユーチューブを音楽配信の手段として使用するアーティストも急増している。函館出身の歌手MACOによるテイラー・スウィフトやケイティー・ペリーのカバー動画は、5カ月で再生回数600万回に上った。歌詞を日本語に訳し、自身ならではのテイストを加えたMACOは、ユニバーサル ミュージック ジャパンとの契約に至った。

音楽の志向は、まず初めに、ジャンル化することで定義される。ジャーナリストのトム・ヴァンダービルト氏によると、消費者の音楽の好みはジャンルに対する認識に大きく影響されており、親しみのある音やスタイルとは異なるアーティストは独自のジャンルを確立しなければならない。これらのジャンルは、日本だけでなく他の市場においても同様に、さまざまな手法やプラットフォームを用いて表現される。例えば、秋元康氏がプロデュースするアイドルグループはCD、投票券や総選挙のテレビ中継に結び付けられる。ユーチューブのアーティストは、個性的な見た目とメッセージをオリジナル動画で表現する。DIYアーティストは、音の革新性や、自身の音楽の芸術的価値を見出すために試行錯誤する。言い換えれば、ジャンル化は、ウェブサイトやアプリなどのプラットフォームをどのように使用するかということと深く関係している。

では、Spotifyはどのようにして日本のコミュニティー、ジャンル、アーティストを結びつけるのだろうか。デジタルニュースサイトのNewspicksは既に仮バージョンがローンチされたとアーティストやプロデューサー、音楽業界人へと発表した。次にSpotifyは招待型サービスへ侵入し、最後はトレンドセッターたちにより完全版が広がると予想される。飽和状態にある日本のマーケットの中で音楽の魅力を立て直すのに十分なのだろうか?

オムリ・ライス氏は、フラミンゴ東京オフィスのシニア・リサーチ・エグゼクティブ。

(翻訳:岡田ゆり、金子英莉子 編集:田崎亮子)

提供:
Campaign Japan

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