David Blecken
2017年3月16日

プロダクトデザインに挑む、広告業界

広告代理店やその関連企業が、オリジナル製品の開発に力を入れている。その背景に何があるのか。

Pechatについて語る博報堂の小野直紀氏
Pechatについて語る博報堂の小野直紀氏

今週、テキサス州オースティンで開幕した「サウス・バイ・サウスウエスト ( SXSW ) 2017」。今年で30周年を迎えるこの巨大複合イベントは、もともと音楽フェスとして始まり、やがて様々な分野に広がっていった(今年は「イノベーションとバチカン」と題し、バチカン市国主催のパネルディスカッションまで催される)。こうした動きは、広告マーケティング業界にも波及しているようだ。

先般Campaignでは、パナソニックが事業アイデアの市場性を測るため、試作品やコンセプトをSXSWに出展することを紹介した。パナソニックほどの企業が開発途上の製品を公開することは異例だが、同社の中核事業がプロダクトデザインであることを考えれば、それほど意外ではないだろう。むしろ注目すべきは、広告代理店やその他の関連企業が一般消費者向けに独自の製品を開発し、アピールに注力していることだ。

今年のSXSWでは、博報堂が「ウェアラブル英会話教師 ELI(エリ)」を出展した。このデバイスはユーザーの日常会話を解析することで、ユーザーにとって必要な英単語や言い回しを認識、英会話レッスンを生成するという仕組みだ。ユニークなところでは、マッキャン・ワールドグループが「マインドフルネス瞑想」を手助けするロボットをお披露目した。

来週開催予定のアドフェスト2017でも、広告制作会社であるAOI Pro(アオイプロ)が野球体験のVRコンテンツ「VR Dream Match - Baseball」を出展する。こうした事例に限らず、今の広告業界では消費者向けに先見性ある製品を開発することが、将来のビジネスに重要と考える企業が多い。

博報堂のELIは、小野直紀氏率いるプロダクトイノベーションチーム「monom(モノム)」によって開発された。博報堂に入社後、空間デザインやコピーライティングに携わった小野氏は、余暇を利用して家具製作にも従事。プロダクトデザインユニットを設立し、その作品はミラノ・サローネなどでも賞を受けた。そうした活動が2015年、11人のスタッフから成るmonomの発足、さらにはボタン型スピーカー「Pechat(ペチャット)」の製品化につながった。Pechatはスマホからぬいぐるみなどのおもちゃを介して子供と会話ができる新しい育児支援デバイスで、そのプロトタイプを装着したテディベアは昨年のSXSWにも出展された。これまでの売上高は未発表だが、当初の見込みの倍近いという。単価は5000円ほど。monomでは現在、英語版アプリの開発を計画している。

そのほかには、「PARTY」社が手がけたスマホで操作するペット用LEDベスト「Disco Dog」や、傘の内側に360度写真がプリントできるサービス「Panorella(パノレラ)」などがある。

代理店はプロダクトデザイナーになれるか

こうした動きは確かに興味深いが、クライアントとは関係のないプロジェクトに、なぜ広告代理店は多くの時間と資金を投入するのか。小野氏によれば、1つのプロジェクトにかかる期間は平均して半年ほど。時間はかかるが、monomによる製品開発はクライアントからの仕事に有用という。PechatもELIも実験的な取り組みで、テクノロジーを応用した学習機会を提供するだけでなく、プロダクトデザインのサービスを求めるブランドの関心を惹きつけることにも役立つというのだ。

「従来、博報堂はコンセプトを提案するだけでしたが、monomができてコンセプトから具体的な製品開発までの依頼を頂けるようになりました」と小野氏。monomは既に家電や化粧品、自動車などの分野でクライアントとの協業を進めている。今後monomがどれほど成長するかは定かでないが、博報堂の中期経営計画の中でも重要な役割を占めているという。小野氏の掲げる目標は2つ。新しい収入源として事業モデルを確立することと、先端技術を誰もが使えるようにすることだ。

それでも、通常のデザイン会社ではなく、広告代理店に製品開発を依頼する理由は何かという疑問が残る。小野氏は、「博報堂のコミュニケーションや消費者に関する専門知識が、単なる製品開発ではなく、マーケティングも含めた立体的なアプローチを可能にするから」という。Pechatの開発の際は、「消費者が何を望み、それをどのように使いたいのか、リソースをフル活用して徹底的に調べ上げました」。プロモーションコンテンツの作成から顧客のサポート、さらにはマニュアルに至るまで、「各プロセスでクリエイティビティが必要になるのです」。ちなみにPechatのマニュアルは、小野氏自身が作成した。

市場調査のためのプロダクト

AOI ProのVRコンテンツはこうした代理店の試みとは若干異なるが、もともと制作に携わっていた企業が手がけたという点でその重要性は変わらない。同社ではこのソフトウェアをゲームセンターやショッピングセンター、イベント用に販売し、幅広く消費者に提供していく計画だ。つまり、ビジネスの中核として比重が増しつつある分野での、「テクノロジー的実験」なのだろう。

AOI ProのVR/ARチームを率いるクリエイティブディレクター、吉澤貴幸氏は「独自のコンテンツを開発し、クライアントとも広告代理店とも協働していく」と語る。同社の新製品は、スポーツとは関係がない。日本のブランドにとってVRはどちらかと言うとまだ未開拓の分野だが、「テクノロジーが消費者のブランド体験を深化させ、それが購買要因になることをクライアントが理解すれば、需要は増大していくでしょう」。

VR Dream Matchのような製品の要となるのは、データだ。AOI Proは、打撃や守備をするユーザーの反応を記録する技術を採用した。吉澤氏は「ブランドがVRを活用するには、消費者の感情的な反応を理解することが大切」と話す。

広告業界の製品開発は、まだ始まったばかりだ。だが自社のプロモーションツールとして利用することは、企業にとって魅力的な手法であるに違いない。今回挙げた例には、こうした分野で成長を遂げようという各企業の確固たるモチベーションがある。広告代理店やその他関連企業は、単に目新しいアイデアを求めるのでなく、市場でのギャップを埋め、消費者インサイトをより深化させる手段として製品開発を進めていかねばならないだろう。

(文:デイビッド・ブレッケン  翻訳:高野みどり  編集:水野龍哉)

AOI ProのVR開発担当者のインタビュー記事を来週掲載致します。あわせてお読みください。

提供:
Campaign Japan

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