Jessica Heygate
2023年10月12日

「メタ」の戦略 広告界はAIとMRに注目

9月末、メタ(旧フェイスブック)は新製品やサービス、今後の方向性を発表するイベント「メタコネクト」を開催した。参加者からはゲーミング・AI戦略への評価とともに、ブランドの安全性に対する懸念の声も聞かれた。

「メタ」の戦略 広告界はAIとMRに注目

AI(人工知能)モデルの査察がオープンになり、ゲームソフトはMR(複合現実)ヘッドセットに統合される −− イベントに参加した広告エージェンシー幹部の多くが評価したのはこの2点だ。だが、いくつかの疑問も残された。

テクノロジー界を牽引する複数のクリエイティブエージェンシー幹部は、メタのAI開発の規模と「責任あるアプローチ」を評価。「新製品のセールスポイントはユーザーやブランドにも十分納得できるものだった」と話す。

紹介された新製品は画像生成AIやインスタグラムの画像編集ツール、AIスタンプ、さらにスヌープ・ドッグ、パリス・ヒルトン、大坂なおみ、トム・ブレイディ(NFLの元スター選手)といった著名人が演じるAIチャットボットなどだ。

「彼らのキャラクターを再生するよりも、本人が演じた方がメタにとってはリスクが少ない。実用化する前のテストとしては適切なやり方です」と話すのはR/GAアメリカのエグゼクティブクリエイティブテクノロジーディレクター、カイ・ティア氏。

メタは「ブランドがAIを活用する際のリスクの軽減に力点を置いていた」。現在のブランドにとって、悩みの種はチャットボットのハルシネーション(幻覚、AIが事実に反する情報を生成する現象)や不適切な解答だ。

オープンなアプローチ

メタはこのイベントで「AI開発に責任あるアプローチを取る」と繰り返した。マーク・ザッカーバーグCEOはオープニングの基調演説で「AI関連の新製品を通常よりも遅いペースで発表していく」と言明。その理由は「全ての課題を事前に解決するため」。フェイスブック草創期、同氏は「常に迅速に行動し、常識を打破する」と訴えた。そうした路線の転換を示唆したことになる。

「今は慎重に課題と向き合うことが重要。生成AIはパワフルで、大きな可能性を秘めている。しかし新たな課題が生まれてくることも確かです」(ザッカーバーグ氏)

また、「不適切な対話が行われるのを防ぐ『ガードレール』を設けた」「オープンな『システムカード』の導入でAIが製品にどう影響するか、クライアントに対する説明を始めた」「AIモデルのレッドチーム(セキュリティーの脆弱性を特定する独立したチーム)を創設した」などとも語った。

AI開発でメタがオープンソースを明言したことは、「クローズドプラットフォーム」からの決別を意味する。これは広告主や規制当局が問題視している点だ。多くのテック企業がAIツールの導入を進め競争が激化するなか、オープンソースはメタにとって「大きなメリットになる」とエージェンシー幹部は口を揃える。

「メタは公の場で、査察と相互運用が可能なオープンAIの提供を約束した。これは他の企業がほとんどしていないことです」と話すのは、メディアモンクスのイノベーション担当シニアバイスプレジデント、ルイス・スミシンガム氏。「おそらく過去の過ちからの教訓でしょう。今ではメタのあらゆるAI研究を各大学が査察できる。それだけ彼らのAIがパワフルなことの証です」

マッキャン・ワールドグループの応用イノベーション担当グローバル責任者、エラブ・ホロウィッツ氏は「メタの新しいAIアプローチで、人間を主体にした多様なソリューションをクリエイティブやエンジニアが見出すことを期待したい」と話す。だが全ての参加者がイベントに納得したわけではない。AIのデータラベリングや著作権、偽情報の拡散といった喫緊の問題については答えが示されなかった。

さらには、ハリウッドの脚本家のストライキでも話題になったトレーニングデータの問題もある。規制当局も現在、この点に最も関心を寄せている。

「多分、この問題に触れる必要性を感じなかったのでしょう。メタとしては善処したと思います」と話すのは広告エージェンシー、グッビー・シルバースタイン・アンド・パートナーズでクリエイティブテクノロジー・AIの責任者を務めるパグ・ルドヴィセン氏。「解決策を編み出すのは常に企業側。規制当局は現実に追いつくのが精一杯ですから」

メタのスポークスパーソンはCampaignに対し、「バーチャルアシスタントやEmuといった生成AIモデルのトレーニングには、フェイスブックとインスタグラムで公開されている投稿の文章・写真を使用している。非公開のものは使っていない」と語った。AIトレーニングに関しては他社も同様のコメントを出している。X(旧ツイッター)はプラットフォーム上の投稿を、グーグルやマイクロソフトはeメールやチャットを使用しているという。ただし個人情報の専門家は、「こうした使用にはユーザーの明確な同意が求められる」と主張する。

潜在的スケールの大きさ

生成AIへの投資を強化するメタ。同社のさらなる利点は、既存のユーザー数の規模だ。

フェイスブック、インスタグラム、メッセンジャー、スレッズ(Threads)、ワッツアップ(WhatsApp)を合わせた月間アクティブユーザー数は38億8000万人。世界の人口の約半数に匹敵する。

新製品のトレーニングデータと潜在的オーディエンスは膨大だ。スレッズをスタートさせた際には、インスタグラムユーザーを中心としてユーザー数は瞬く間に増えた。

「メタは今も市場で、あっと言う間に巨大なシェアを獲得する力を持っている。それが企業としての進化を促し、広告収益モデルの確立にもつながっている」(ティア氏)

また今回メタは、AIスタジオを開放し、企業やクリエイターが独自のAIチャットボットを開発できるようにするとも発表した。このチャットボットは「数週間以内に」発売されるAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を使用し、メタのメッセージングアプリに組み込まれる。

「できる限りAIの活用をたやすくし、ブランドがメタのプラットフォームを使い続けるようにする。それが戦略のようです」とティア氏。

メタはイマーシブテクノロジー(没入型技術)でもシェアを確立した。ヘッドセット「クエスト(Quest)」はこれまで世界で2000万台を販売。これは「エックスボックス(Xbox)」シリーズの売上に匹敵する。もっともクエスト2の売上は低迷し、今年上半期の収益に影響したことは同社も認める。

「今では多くのクエストがほとんど使われていないでしょう。それでも、その存在は重要です」とルドヴィセン氏。

メタがイマーシブなヘッドセットで他社に先んじたことの象徴がクエストだ。エージェンシー幹部はクエスト3がユーザーやブランドから大きな注目を集めると予測する。もっとも性能の点では、アップルがじきに発売する最新の「ビジョンプロ」より劣っているのだが……。

「これまでのように、プラットフォーム間の戦いが起きる。でも、どちらかが滅びるわけではありません。かつてはアンドロイドとiPhoneの戦いがありましたが、今も両者は共存し繁栄しています」(ルドヴィセン氏)

クエスト3の値段設定は実に手頃。ビジョンプロの3499ドルに対し、499ドルだ。

「オキュラス(Oculus)クエスト2」を使ってメタコネクトを見たというルドヴィセン氏は、「ブランドエクスペリエンスのアイデアを大いに刺激された」という。「例えばMRの活用。実際にディーラーに行かなくても、消費者はクルマのチェックが可能になります」

オキュラス3が「ロブロックス(Roblox)」やXboxクラウドゲーミングに対応すると発表された際には、聴衆から特に好意的反応が出たという。エージェンシーにとってもこうしたパートナーシップは朗報だ。

ロブロックスのオープンベータ版は7月に発売されると、「5日間で100万ダウンロードを記録した」(同社、デヴィッド・バズーキCEO)。クラウドゲーミングが主流になれば、クエストはコンソールやテレビに取って代わるだろう。

「相互運用性を高めてきたロブロックスの存在感は圧倒的。コンピューターからモバイル、そして今ではVR(仮想現実)でプレーできますから」(ルドヴィセン氏)

ティア氏は、イマーシブなエクスペリエンスで「クライアントはコストの代償として、より高い相互運用性を求めている」という。「クエスト3でブランドエクスペリエンスを構築しても、オーディエンスの多くがヘッドセットを持っていなければ意味がありません」

メタのVRゲーム「ホライゾンワールド」も、モバイル版やデスクトップ版が発表される。エージェンシー幹部は一様にこの動きを歓迎した。

チャットボットへの挑戦

チャットボットに関しては、メタは過去に苦い体験がある。「広告業界はチャットボットに対してやや猜疑心がある」と話すのは、メディアモンクスのチーフイノベーションオフィサー、ヘンリー・カウリング氏。

「以前のものは自然な対話が不可能で、極めてぎこちない答えしか返ってこなかった。もちろん、そのバリアを壊したのはChat(チャット)GPTです」

メタの新たなチャットボットはメッセージングサービスだけにとどまらない。「インスタグラムやフェイスブックにも応用され、将来的にはクエスト3の中のアバターとも一体化する」とザッカーバーグ氏。

「例えばあなたが打合せ場所に行くとします。同席している他の人々は実際にその場にいる人だったり、デジタルによるホログラムだったりする。AIがホログラムを具現化し、同時に様々なことをサポートするのです。こうした現実が非常に近い将来、起きると考えています」(同氏)

対話型アシスタント「メタAI」も様々なチャットインターフェイス内での機能が強化された。メタAIはマイクロソフト「ビング(Bing)」と提携し、インターネットクロールのトレーニングを重ねた。例えば、ユーザーがメタAIとチャットしている際も、ワッツアップ内のチャットから情報が引き出せるようになる。

こうした機能はブランドに新たな活路を開く。アクセスが難しい環境にいるユーザーにも「実用性」を提供できるようになるからだ。

「ソーシャルメディア上の人々のインタラクションはグループチャットへと移行した。この分野はブランドにとって介入するのが非常に困難でした」とルドヴィセン氏。

「しかしこの技術によって大きく変わる。例えば、私が家族と休暇のプランをチャットで話しているとしましょう。すると、トリップアドバイザーも加わって予定づくりをサポートしてくれる。これは非常に大きな可能性を秘めています」

そうなれば、メタはペイドプレースメントや旅行プランのセールスなどでメタAIを容易に収益化できるはずだ。

ただし、これまでプライバシーとして認識されていた分野に介入するので、「メタはデリケートなバランスを両立させねばならない」(ルドヴィセン氏)

「我々の業界はクリエイティブなアプリの研究をしつつ、この分野を掘り下げていくに違いない。ただし、安全性を最優先しなければなりません」とホロウィッツ氏。

「データの収集や活用、管理に我々は細心の注意を払わねばならない。当初、AIとの対話はベーシックなものになっていくと私は予想しました。しかし今では安全かつ限定的環境の中で、大きく進化していく可能性が高まっています」

(文:ジェシカ・ヘイゲート 翻訳・編集:水野龍哉)

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