Abigail Lappo Danielle Hong
2020年7月09日

ロックダウン時代の「冒険者たち」

ネット時代、「冒険家=勇気ある旅行者」の役割を担ってきたミレニアル世代。移動制限がしかれた今、彼らはどこへ向かうのか。

ロックダウン時代の「冒険者たち」

新型コロナウイルスのパンデミックでエクスペリエンス・エコノミー(経験経済)が機能停止に陥り、ミレニアル世代(ミレニアルズ)の文化が変わろうとしている。

我々ミレニアルズが皆、エクスペリエンスに夢中なことはどのマーケターも心得ている。ミレニアル文化は旅と発見に価値を見出してきた。そのためにどうお金を使い、どんなストーリーをソーシャルメディアに投稿するかが、つい最近まで我々の興味の中心だった。

そして、パンデミックがその活動を突然断ち切った。レストランや劇場は静寂に包まれ、飛行機は空港に待機となり、多くの人々は自宅の庭に出るのが精一杯という状況になった。元の生活に戻れるのは、まだまだ先の話だ。

日常生活が崩壊し、ミレニアルズはビジネスだけでなく、自分たちの文化の見直しも迫られている。究極的には我々の価値観やアイデンティティへの概念、ライフスタイル、そして購買行動も大きな影響を受けるだろう。

では、ミレニアルズのパーソナリティや文化的視点はどのように変わるのだろうか。

アイデンティティは「冒険心」

何人かの読者の方々は、心理学者のカール・ユングが人格を理解するために提唱した「12の元型」をご存知だろう。ユングによれば、それぞれの元型は人間社会における象徴的な感情やイメージ、つながりから形成され、異なる人格を生んでいる。12の元型にはそれぞれの特徴や価値観、信念があり、それらはしばしばストーリーテリングに反映される。例えば「賢人」型は知識を追求し(具体的に言えば映画『スター・ウォーズ』のヨーダ)、「恋する者」は深い関係性を求める(同じく、ロミオとジュリエット)。

もちろん、現実には一つの元型を忠実に再現している人間はいない。個々の人間はもっとずっと複雑なものだ。だが元型は、一つの集団や世代の価値観と特徴を表すのに有用なツールとなる。

洋の東西を問わず、ミレニアルズには共通点があり、夢を求める「冒険家」型が当てはまる。自由を求め、冒険や発見を通じて世界に自分の足跡を残したいと望むタイプだ。

現代のアクセスの向上は、エクスペリエンスの進歩に大きな役割を果たした。新たな旅や人との出会いの可能性が増え、エクスペリエンスの幅が広がることで冒険家を演じやすくなったのだ。

こうした魅力的なキャラクターの増加は、当然ながらソーシャルメディアのストーリーに反映される。バリでのハイキングやウィーンのお菓子のスナップ写真は、投稿者の冒険家的精神(と経済的幸福度)を手っ取り早く表現するものだ。我々はモノの所有よりも、行動によって生活の質を評価する。家の購入など長期的投資が困難になった今、冒険家の行動はますます積極的になった。

だが、冒険家を演じるためのエクスペリエンスが使えなくなってしまったのだ。では、ミレニアルズは何をするのだろうか。そもそも、今後もこの魅力的なキャラクターに固執するのだろうか。それとも、ほかの元型にシフトするのか。だとしたら、この状況の変化は我々のライフスタイルをどう変えるのだろう。

ミレニアルズが歩む道

エクスペリエンス・エコノミーの機能停止がまだしばらく続くのであれば、ミレニアルズが歩む道はふた通り考えられる。

1.     「冒険家」へのさらなる憧れ

今のようにアクセスが遮断された状態が続くと、過去のエクスペリエンスへの郷愁が付加価値を生むことになるだろう。

すでにソーシャルメディアでは、過去のバカンスや旅に関する投稿が増えつつある。これには郷愁と、いつか世界が元通りになってほしいという希望が入り混じっているが、ミレニアルズにとっては新たな社会的価値を引き出すチャンスでもある。

例えば、東南アジアのインフルエンサーたちは過去の旅のコンテンツから対照的な二つのイメージを投稿する。一つは、思索に耽るような己れの静かなイメージ。もう一つは、ドラマチックな自然や水平線をフィーチュアした雄大な風景写真だ。前者は事態の終息を心待ちにする彼らの気持ちを映し、後者は未知の世界の雄大さと美、つまりいまだ満たされない旅への渇望を表す。

過去の旅にまつわるインフルエンサーたちの投稿


過去のコンテンツを利用し、彼らは今でも冒険好きであることをオーディエンスに訴求する。そしてオーディエンスは自分たちにエクスペリエンスの機会がないことを知り、こうした旅を極めて貴重と捉えるだろう。つまり、冒険家はこれまで以上に崇拝を受けるようになるのだ。

その一方で、国内の旅に関するコンテンツも増えている。フィーチュアされるのはお馴染みのスポットの意外な情報であり、食べ物や飲み物、フィットネスといった新たな発見だ。ミレニアル世代は様々な「おすすめ商品」にも強い関心を示す。移動制限を強いられる今、こうした国内の情報は身近で新鮮なコンテクスト(文脈)となり得る。これらのコンテンツも冒険の延長であり、冒険家としての一面を示せるものなのだ。

国内のスポットを紹介する東南アジアのインフルエンサーたち


もし旅が恒久的に制限されてしまえば、我々には過去のエクスペリエンスが礎となったノスタルジックなアイデンティティが生まれるだろう。それは決して繰り返されることのない事実を記憶する、第2次世界大戦を体験した世代と似ているかもしれない。思い出こそがミレニアル世代のアイデンティティの大きな特徴となり、永遠に冒険者たらんとしてもその実践は過去を振り返ることでしかできなくなるのだ。

エクスペリエンス・エコノミーが停止し続けた場合、ブランドはどう対処するだろう。答えは簡単ではないが、その一つは家庭での活動に冒険のトーンと新しさを持ち込むことだ。エクスペリエンス・エコノミーに関わるマーケターは、D2C(direct-to-customer)のビジネスモデルや、過去のエクスペリエンスからノスタルジーを呼び起こすプロダクトを試すかもしれない。いずれにせよ選択肢は少ないが、企業はミレニアルズのこうした特徴を捉え、そのニーズにアンテナを張っていかねばならない。

2.     新たなアイデンティティ:クリエイターの誕生

もう一つのシナリオは、新しいライフスタイルに見合う価値観にシフトすることだ。旅をしたり週末にフェスティバルに出かけたりできなくなれば、我々は家庭でできるアクティビティを探求することになる。

ミレニアルズはすでに、その方向転換の予兆を示している。今は新たなクリエイティビティが花盛りだ。パン作りや料理、アート、執筆、家の改装、縫い物、クラフト……インフルエンサーの間で起きているこうしたアクティビティのルネッサンスは、我々の興味の方向性を示唆していると言えよう。

料理道具や絵筆を取る理由は多々あるにせよ、こうしたクリエイティビティの追求は自分たちがコントロールできる活動であり、不確実性の時代にあって安心感を与えてくれるものだ。そして多くの人々が、己れの努力の賜物である創作物と、時代への思いを世に発表できる喜びを知りつつある。このシナリオでは、クリエイターは社会的により好ましい存在になっていくかもしれない。

インフルエンサーが取り上げるのは、ファッションやライフスタイルに関するニッチなテーマだ。例えば、多くのインフルエンサーがプロの動画を真似、料理やパン作りのレシピを投稿する。また、ガーデニングやヘアスタイリング、スキンケアなどで自分のこだわりを伝える者もいる。インフルエンサーが得意分野を広げることは、ライフスタイルに関わるブランドとの協働の機会が増えることを意味する。

料理やガーデニングを紹介する東南アジアのインフルエンサーたち


こうしたシナリオに、ブランドはどのように関わっていくのだろう。利を得るという意味で真っ先に浮かぶのは、飲料や食品、家庭用品、DIY、クラフトといった分野のブランドだ。クリエイティビティに直接関係のないブランドは、「冒険好き」よりクリエイティブに見られたいインフルエンサーの気持ちを考慮して、コミュニケーションのトーンをつくるべきだろう。

もし今後も政府や保健機関がソーシャルディスタンシングを提唱するのなら、「冒険家たち」がかつて投稿したエクスペリエンスは向こう見ずで自分勝手なものに映ってしまうかもしれない。新たなモラルの領域のエクスペリエンスでは、ミレニアルズがパーソナルでクリエイティブなプロジェクトを探求することは想像に難くない。

ただし、ミレニアルズのアイデンティティは複雑で変わりやすく、世の中の動きによっては旅やエクスペリエンス・エコノミーが復活する可能性も決して否定できない。

だがこのままエクスペリエンス・エコノミーが衰えていけば、多くのミレニアルズは立ち止まり、自分たちが本当に欲しているものは何か考える機会と捉えるだろう。今マーケターにできることは、新たな兆候を捉え、冒険家やクリエイターの声をきちんと聞いて、将来を読む感覚を養うことなのだ。

(文:アビゲイル・ラッポ、ダニエル・ホン 翻訳・編集:水野龍哉)

アビゲイル・ラッポはクアンタム・コンシューマー・ソリューションのチームリーダー、ダニエル・ホンは副リーダーを務める。

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