Surekha Ragavan
2020年6月26日

旅行業界、コロナ禍の戦略

パンデミックの影響をまともに受けた旅行・観光業界のマーケターたちは今、何に注力するのか。アジアの大手4ブランドの責任者が語る。

旅行業界、コロナ禍の戦略

新型コロナウイルスで最も大きなダメージを受けたのが旅行・観光業界であることは言うまでもない。航空会社や旅行代理店、各国政府観光局、ホテルチェーン、そしてそれら関連企業が都市・国境封鎖から受けた影響ははかりしれない。各組織では人員のレイオフや異動、予算縮小、事業転換などが断行された。

こうした状況下で、各組織は今どのようなマーケティングコミュニケーションに取り組んでいるのだろうか。アジアの代表的ブランドの責任者に尋ねた。


ジョナサン・ワン(日本航空 グローバル・マーケティング・ディレクター)

海外への渡航制限に伴い、我が社はすべてのチャンネルの有料広告をこの数カ月で大幅に減らしました。その代わり、独自のブランドチャンネルの構築やコンテンツ制作で、顧客への告知能力とエンゲージメントの向上に注力した。お客様のさまざまな問い合わせや必要とするサポートに、きちんと対応できる体制を整えようと考えました。

パンデミックの初期段階では主に業務とコストの効率性を鑑み、インハウスでの制作とプランニングを増やしました。パートナーであるエージェンシーもマーケティング戦略の構築で重要な役割を担ってくれ、欠くことのできない存在でした。今後数カ月、「ニューノーマル」の社会に対応していく中で互いの役割は変化していくでしょうが、エージェンシーとの協働は深まっていくように感じます。

我々のマーケティングの目標は常に、旅の安全・快適性を知っていただくこと。これまでは日本式のホスピタリティーやキャビンの快適さ、旅の持続可能性といった要素でオーディエンスとのコミュニケーションを図ってきました。コロナ禍を受け、今後は衛生面と安全基準の強化を厳格に行っていかねばなりません。お客様に安心してご利用いただけるよう、正確かつ有用で、タイムリーな情報をお届けすることが我々マーケターの務めだと考えます。


クリスティン・リ(ゲンティンクルーズライン マーケティング&コミュニケーション責任者)

こうした難局でより重要になるのは、顧客とのエンゲージメントの深化です。我が社では効率性を最大化するため、コミュニケーション手段をコンテンツ中心へと変え、デジタルプラットフォームの活用を促進しました。

今行っているのは、クルージングの再開を見据えた戦略基盤の再構築です。何より重要なのは、お客様に安心感を持っていただくこと。船内における保健・衛生面の対策の強化を広くアピールし、我が社のポリシーである「クルーズ・アズ・ユー・ウィッシュ(Cruise As You Wish)」を十分理解していただく。お客様の健康と安心こそが我々の最優先事項であると知っていただくことが、不可欠の要素です。

コンテンツマーケティングは、マーケティング戦略全体の中で非常に大きな役割を果たします。ですので、各地域の戦略をサポートするため、デジタル・クリエイティブ・動画制作を行うインハウスのチームを立ち上げました。とは言っても、パートナーであるエージェンシーの存在は依然重要です。これからも必要な際に、エージェンシーが提供してくれるサービスを活用していく考えです。


リネット・パン(シンガポール政府観光局 マーケティング担当アシスタント・チーフ・エグゼクティブ)

「グレート・シンガポール・ストーリー」を広く伝え、シンガポールをトップ・オブ・マインド(最初に想起されるブランド)にする −− マーケティングとコミュニケーションにおける我々の目標は、長年変わりません。しかしながら、今は短期的に主として二つの事柄に注力しています。一つは、シンガポールの「信用」を再構築すること。ビジネス・観光両面における価値を、国内外の人々に再認識してもらうことです。もう一つは、パンデミックで落ち込んだ自国産業を再生するため、国内企業と協働することです。

パンデミックによって、我々はオーディエンスエンゲージメントの再考を余儀なくされました。エンゲージメントを維持するために、安全性の優先と迅速かつ積極的な行動が必要になった。そこで、急速に進化する時代に合うようデジタル面を強化し、コンテンツの頻度と速度を上げました。パートナー企業と協働し、世界中のオーディエンスに向けたイノベーティブなバーチャル体験の提供を行っています。最近の例では、「ズーク・フューチュアスケープス(Zouk Phuturescapes)」や「ミュージック・マターズ・ライブ・フロム・ホーム」。前者は週末に行われるバーチャルのレイブパーティーで、国内外のオーディエンスが自宅にいながらナイトライフとエンターテインメントを楽しめるというもの。後者は、内外のミュージシャンのコラボレーションをフィーチュアしたものです。

さらに、旅行・観光業界に新たな可能性を生み出すという大きな目標の下、国内企業と提携し、グーグルやフェイスブック、リンクトインといった巨大テック企業との協働機会を模索しています。また、国内企業のマーケティング能力を高めるため、「マーケティング・パートナーシップ・プログラム」「SGストーリーズ・コンテンツ・ファンド」といった取り組みも立ち上げました。


バート・ビューリング(マリオット・インターナショナル アジア太平洋地域担当チーフ・セールス・アンド・マーケティング・オフィサー)

移動制限やソーシャルディスタンシングといった概念が打ち出され、顧客とのエンゲージメントがこれまで以上に重要だと認識しました。そこで、料理教室やDJパーティーといったバーチャルイベント、ホテルフードのデリバリーサービスなどを通して、顧客が「マリオット・ボンヴォイ(Marriott Bonvoy、30のブランドからなる会員サービス)」を身近に感じられるよう努めました。移動の自由が再び認められてまずホテルに戻ってくるのは、若いモバイル世代でしょう。ゆえに引き続き、デジタルプラットフォーム上のカスタマーエクスペリエンスの向上に予算を使っていきます。

コロナ危機の最中、パートナー企業は我が社のとるべき姿勢を暗示するかのように、顧客や地域社会への支援を強化しました。旅行・観光業界に活気は戻ると確信していますが、それは市場によって異なるでしょう。各市場の復活の進捗状況に合わせ、適切なトーンとタイミングでお客様とのエンゲージメントを維持していきます。旅行が自由になった際には、快適さの新たな条件として安全性と衛生状態が加わります。今はすべてのホテルの清潔度の向上や、物理的距離を守るモバイルチェックインといったテクノロジー活用に取り組んでいます。

(文:サレハ・ラガヴァン 翻訳・編集:水野龍哉)

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