Kirsty Bouwers
2019年6月07日

東京2020 アーバンスポーツの潜在力

スポンサーにとって比較的コストがかからず、若者に人気のアーバンスポーツ。ブランドはどのように関わっていけばよいのか。

写真提供:Shutterstock
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来年の東京五輪にはスケートボード、BMXフリースタイル、3人制バスケットボール「3×3」が新たな正式種目として加わる。メジャーな舞台で初めて行われるこれらの競技は、観衆だけでなくブランドにも新たな興奮をもたらすだろう。だが、どれもこれまでブランドにはほとんど縁がなかったスポーツばかりだ。

新種目の追加には、好意的反応とともに驚きの声も上がった。だが「今の社会を反映した当然の流れ」というのはCSMアジア担当ディレクターのホリー・ミルワード氏。「1950年の時点で都市生活者は世界人口の30%でした。しかし今や50%以上に達しています。環境の変化につれ、我々もさまざまに適応していかねばならない。今回の国際オリンピック委員会(IOC)の決定も、この現実を映し出しているのです」。

五輪種目に加えられるまで、アーバンスポーツは日本で大きな脚光を浴びることはほとんどなかった。したがって、関係者以外のマーケターにもおよそ無縁だった。しかし東京大会が近づくにつれ、その状況は変わり始めている。ADKスポーツマーケティング事業開発局の松本洋平シニアディレクターは、「ブランドはアーバンスポーツを二つの観点から見ている」という。「一つは若者層にアプローチする手段として。もう一つは、新たなソリューションを実験する絶好の場としてです」。

前者の理由は明らかだ。アーバンスポーツはファンもアスリートも概して若い。2017年と2018年に行われた国際大会「FISE」(2018年は広島で開催され、ADKが国内独占マーケティング権を獲得した)では、観衆の3分の2以上が10〜30代前半の若者たちだった。

後者に関しては、これまでの五輪競技と比べて「既得権」や競技会場の規制が少ないことが要因となる。つまり、よりイノベーティブな取り組みが可能なのだ。「アスリートがブランドにはるかに柔軟に対応できる環境が整っている。スポンサー契約を交わせば双方に大きな恩恵があります」と松本氏。

これまで、データ会社「ウイングアーク1st」がBMXライダーの中村輪夢(りむ)をフィーチュアしたCFを発表、新たなコラボレーションの可能性を示唆した。大手企業も参入している。VISAカードはサーファーの五十嵐カノア、ユニクロはスノーボーダー兼スケートボーダーの平野歩夢をキャンペーンでフィーチュア。平野選手はナイキSB(スケートボード)を経てユニクロとアンバサダー契約を交わした。ユニクロがテニスのロジャー・フェデラーと総額3億米ドル(330億円)の10年契約を結んだことはよく知られている。

当然ながら、平野選手の契約は巨額のスポンサーシップ以外の面でも注目を集めた。アーバンスポーツは一般の五輪種目と異なり、アスリートのスタイルやアイデンティティーが極めて尊重される。こうした「文化」は鍵であり、それゆえスノーボードやサーフィンといった必ずしも「都会」的ではない競技もこのカテゴリーに含まれる。アスリートや関係者は単に競技への参加だけでなく、ファッションや消費者文化というフィルターを通しても注目を集める。「彼らと関係を構築するのであれば、ブランドはこの点を考慮するべきです」というのは、ユナイテッドエンターテイメントグループ(UEG)日本法人の文原徹マネージングディレクター。「アーバンスポーツにはほかの競技にない『クールさ』がある。ブランドはそれを理解するか、あるいは理解できる人間に契約を一任するべきです」。肝心なのは、オーディエンスの心に響くストーリーを生み出すことだろう。

アーバンスポーツは五輪などの通常のスポンサーシップを超えた可能性を切り開く。マレンロウ・グループ・ジャパンのマイク・スンダ氏は、「五輪は近年、開催する都市とさまざまなスポーツ文化の『総合的祝祭』になってきている」と話す。アーバンスポーツにはスポーツの側面を超えた都会的文化の要素が強く、スケートボードがファッション業界と密なつながりがあるように、すでに独自の進化を遂げている。

そういった意味で、ファッションとアイデンティティーが連動する若者文化のホットスポット、渋谷を抱える東京のような都市には打ってつけだろう。スンダ氏は昨年11月、英国の人気ストリートファッションブランド「パレス(Palace)」の旗艦店がオープンしたことや、日本のスケートボードブランド「エビセン(Evisen)」がアディダスとコラボレーションを行ったことなどを好例に挙げる。さらにストリートウェア専門のセレクトショップ「モータル(Mortar)」は、ファッションに限らず「店内をさまざまに活用し、スケートボード学校のようなセッションも行っている」。この分野では、ブランドはあらゆる機会を創出できるのだ。

よりメジャーなプラットフォームを求めるのであれば、やはり大規模イベントだろう。国内最大級のアーバンスポーツの祭典「FICE広島」は、これらのスポーツの可能性、そして広告主にとっての可能性を示すためにADKが共同プロデューサーとして実現させた。このイベントが好意的に報道された意義は大きい。スケートボードは今夏ペルーのリマで開かれるパンアメリカン競技大会の種目から外れた。IOC公認のスケートボード団体「ワールドスケート」とプロのスケートボード競技会を主催する「ストリート・リーグ・スケートボーディング」が、スケートボードの解釈とプロフェッショナル精神を巡りパンアメリカン競技会の主催者側と議論を繰り広げた結果だった。

こうした動きを鑑みれば、FISEのような世界的舞台の提供はアスリートへのサポートとなる。トレーニング環境の改善やスポンサーの発掘につながるからだ。中村選手がVISAとウイングアーク1st両社と契約したことは、ブランドとアスリートとのパートナーシップがどのように機能するかを示唆する。「中村選手のネームバリューは上がりました。ウイングアーク1stのサポートは大きな意味があるでしょう。彼は世界のトップレベルと競うために、トレーニング環境を改善する必要があった。今年のFISEの決勝で2位になったことで、実力を証明してみせました」と文原氏。

厳格な当局の規制による練習会場の不足とインフラストラクチャーの活用はアーバンスポーツの課題だ。ストリートスポーツが楽しめる公式の場所は日本にほとんどなく、人気のあった渋谷・宮下公園スケートパークも再開発のため閉鎖された。スンダ氏は、東京の文化的インサイトを取り上げるプロジェクト「Tokyo 20XX」をマレンロウが始めた際、こうした事実に気づいたという。だがやがて、いくつかのブランドや施設が呼応した。ナイキは品川に新たなスケートパークを開設。昨年9月にオープンした渋谷ストリームのホールでは、女子の3×3など複数の期間限定スポーツイベントが催されている。

競技場の内外で、スポーツは発展を続けている。東京大会は将来に向けた実験の場となろう。まずは、アーバンスポーツが今後も五輪種目として加えられるかどうかの試金石となる。今回の採用は1回限りという前提で、2024年パリ大会に参加できる保障はないのだ。パン・アメリカン大会からスケートボードが外れたことは、状況を悪化しかねない。だが東京で成功すればパリへとつながり、さらなるアーバンスポーツが正式種目に加わる可能性も大きくなる。例えばブレイクダンスのように。今後の展開はアスリート同様、マーケターにとっても見逃せない。

いち早く動いたマーケターはその分、利を得ることになろう。トレーニング環境が十分でなく、一般の人々にとって定義があまり判然としないアーバンスポーツのアスリートは、ブランドにとって比較的低コストで五輪に参入できる手段だ。もちろん、ブランドはオーディエンスとの関わり方を明確に理解していなければならないが。

「ブランドにとってもアスリートにとっても利がある、ウィンウィンの関係になる可能性が大きい」と文原氏。「それゆえ、大手企業でなくともチャンスがある。課題は、そのマッチングを誰が行うかということでしょう」。

ブランドはアーバンスポーツとどのように関わるべきか

信頼を得る。原点に戻り、「ターゲットは誰か、目的は何かを明確にすることが肝要」とホリー・ミルワード氏。「パートナーシップはブランドにとって最良のイメージを生み出すチャンス。同時に、ブランドの意図や本質を改めてオーディエンスに訴える機会でもあります。だからこそ、それに則した戦略が重要」。

・ターゲティングを特定する。信頼を得るには、ターゲットとするコミュニティーで「信用性」がどのように機能するのかを把握せねばならない。「コミュニティーを深く掘り下げることが大切」とマイク・スンダ氏。「アーバンスポーツの分野では『民族学』に代わる手法はない」。コミュニティーは決して一枚岩ではなく、趣味として関わる者からプロのアスリート、その周辺にいるビデオグラファーなど、利害の異なる構成者によって成り立つ。「自分のブランドがどの層のサポートに適しているかを理解してからスタートするべきです」。

・正しいタイミングで。文原徹氏は、ブランドの大小にかかわらず「早い時期からの参入が利につながる」という。特に、「早くからアーバンスポーツのオーディエンスと関わりを持つことが効率的」とも。その理由は「メジャーなアスリートよりもコストを低く抑えられる」から。その際は適切なコンテンツを活用し、自身のブランドを際立たせることが重要だ。

・ストーリーを伝える。「アスリートを核に据え、オーディエンスが共感できるストーリーを生むことがアーバンスポーツでは鍵」と文原氏。ミルワード氏も同意見だ。「スポーツは人間のなせる技であり、ヒューマンなストーリーを語ることでオーディエンスとの濃密な関係を築ける。アーバンスポーツは各アスリートの個性が重要な要素なので、なおさらそうしたアプローチが大きなチャンスにつながります。斬新かつイノベーティブな手法でアスリートのリスクや勇気、発展する都市環境などにフォーカスすることがブランドの成長を促すでしょう」。

・深い関与を。アーバンスポーツはミレニアル世代をターゲットとする際の手段だが、オーディエンスを過小評価してはならない。彼らの信頼を得るだけでなく、見返りを与えることが関係を維持する上で肝要だ。「コミュニティーから価値を引き出すだけでなく、そこに貢献することが大切。オーディエンスはすぐにブランドの魂胆を見抜きます。だから利用するだけでは、どんなに素晴らしい意図を持ったブランドでも結果的に有害無益に終わってしまう。信頼の置けるキャラクターと協働して戦略を進めていくことが大切です」。

(文:カースティー・バウアーズ 翻訳・編集:水野龍哉)

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Campaign Japan

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