David Blecken
2016年8月25日

グローバルな成長を目指す、三菱重工のソフトアプローチ

三菱重工は日本でも有数の巨大企業でありながら、海外ではほとんどその名を知られていない。名実ともに存在感を高めようと、同社は新たなウェブサイトをスタートさせた。クオリティーの高い情報発信で、「顔の見えるブランド」作りを目指す。

MHIにとって大きな挑戦となる、SPECTRA。
MHIにとって大きな挑戦となる、SPECTRA。

大企業であることと有名企業であることは、全くの別物だ。三菱重工(MHI)の総資産は400億米ドルに達するが、日本国外でその名を知る者はほとんどいない。この状況を変え、米国市場で大きな成長を遂げようと、同社は大々的なブランド・キャンペーンに着手した。その目玉の一つが、自社のオンライン・メディア・プラットフォーム「SPECTRA」の立ち上げだ。

このSPECTRAという名前、映画「007」シリーズに登場する犯罪組織「スペクター」を一瞬連想させるかもしれない。だが幸運にも、MHIには世界征服の意図はない。重工業界に関する情報や記事をこのプラットフォームから発信することで、婉曲的であっても確実にブランドの認知度を上げていこうというのだ。

その名の通り、SPECTRAが取り上げるトピックは「重たいもの」からそうでないものまで、実に幅広い。MHIの直接的なPRチャネルとしての色合いは薄く、ブランディング的要素は必要最小限にとどめられている。コンテンツは社外のジャーナリストたちが制作し、競合他社も含めたトピックを選ぶ権限も、表面上は彼らにある。この点、あくまで自社活動の紹介に徹した「メディアセンター」の先駆け、GEや日産とは趣を異にしている。創業以来82年、これまでグローバル・コミュニケーション機能が一切なかったMHIにとっては、大きな一歩に違いない。

MHIはこの5月、「Move the world forward」というグループの新たなミッション・ステートメントを発表、次いでSPECTRAを立ち上げた。現在このタグラインのもと、グローバルな事業拡大を掲げたブランディング・キャンペーンを準備中だ。

MHIの新しいグローバル・ブランディング・キャンペーン
 

「500億ドル」を越えるために

MHIの広報部長である齊藤啓介氏は、「計画的にグローバル・コミュニケーションと取り組むのは、今回が初めて」と語る。同社は最近、PR・ブランディング担当として東京と米国で複数の外国人を採用した。齊藤氏によれば、同社の目標は年間収入(売上)500億ドル、利益は65億ドル。「500億ドルを超えるためには、我が社のブランド価値を慎重に検討しなければいけません。国内でのMHIの認知度はほぼ100%なので、ブランド価値のために投資することなどはつい最近まで考えませんでした。逆に海外での認知度が、非常に低いのです」。

日本とアジアでPRコンサルタントとして豊富な経験をもち、現在はトロントのPR会社シグナル・リーダーシップ・コミュニケーションのプリンシパルを務めるボブ・ピッカード氏も、「北米ではMHIはほとんど知られておらず、ましてや三菱グループとは思われていません。三菱と聞いてすぐに皆が思い浮かべるのは、自動車会社でしょう」と言う。

同時にピッカード氏は、MHIを知る「エリートのステークホルダーたち」は同社を肯定的に評価している、とも言う。「彼らはMHIを、さらなる発展を目指す数少ない日本の企業グループの一つ、と見なしているでしょう。『日本株式会社』の最も強烈な産業力を象徴する存在であり、『日本のGE』と捉える人々もいるはずです」。

こうした現状は、MHIにとって決して悪くない出発点だろう。だが齊藤氏は、本当に認知度を上げるためにはMHIの「顔」が必要だと言う。ピッカード氏は、同社ウェブサイトに掲載されている経営陣は「特徴がなく、堅苦しい」と手厳しい。そのイメージを変えるべく、宮永俊一社長はPRに的を絞った米国出張を今年だけで4回予定している。「日本の経営者は表に出ないものだと思われていますが、我が社は社長自らがPRの価値を理解しており、グローバルなコミュニケーション力ももち合わせています」と齊藤氏。

「ソート・リーダーシップ」

MHIの新しいアプローチの中心には、ソート・リーダーシップ(Thought Leadership)― 特定の課題やテーマに対して企業がその解決策となりうる主張や思い、理念などを掲げ、社会や顧客の共感や支持を生み出す ― がある。これは日本企業にはまだ馴染みのないコンセプトだが、グローバルな舞台では欠かすことができない。同社でブランド戦略を担う末松博之氏は、このように語る。

「日本企業が今日の世界で成長を続けるには、何らかの哲学が必要です。ソート・リーダーシップは、企業の方針だけにとどまる概念ではありません。我が社の場合は、企業と社会が一体となって地球のために取り組むべき指針を意味します。日本企業は、PR活動とは『企業から情報発信をすること』と考えがちです。しかし本来は、社会と適切な関係を築くために行うべきもの。我が社はSPECTRAを通じ、様々な課題への解決策を社会と共に見出していきたいと考えています。通常の企業のブランディング・アプローチとは、著しく異なるのです」。

ある意味MHIは、企業ブランドというより消費者ブランドのように活動し始めている。SPECTRAは、MHIの企業間取引(B2B)のステークホルダーを超えたより幅広い層をターゲットに、凡庸なコンテンツ・マーケティングを超越したウェブサイト作りを目指している。

SPECTRAのコンテンツ制作を第三者に委ねる最大の理由は、「ユーザーが興味をもって読んでくれなければ、意味がないから」と齊藤氏。「我が社からメッセージを一方的に送るのであれば、広告でいい。このサイトは読んで役に立つ、客観的なコンテンツを提供することを意図していますから」。

同氏はまた、日本企業が世界に向けてメッセージを発信する際には、グローバルな多様性と「ボーダーレスの情報」の意味を認識することが大切、と語る。

「消費者向けマーケティングのモデルを活用し、世界中のより多くの方々に関心をもっていただけるウェブサイトにしていきたい。もし我々がトルコに原子力発電所を建設するのであれば、トルコ政府だけではなく、地域社会からの支持も欠かせません。信頼醸成がすべて、とも言えるでしょう。こうした大規模なプロジェクトを手がける企業として、これまでよりはるかに幅広い層の人々とのコミュニケーションが必要になっているのです」

一般の人にガスタービンの組み立て方を事細かに説明しても、興味はもってもらえない。しかし、ガスタービンの何が面白いのかという着眼点を示し、わかりやすくて面白い読み物にすることで、ユーザーが重工業界を身近に感じてくれればよい ― MHIはこのように考える。MHIでPRディレクターを務めるダニエル・ロックマン氏は、「我が社のメッセージを理解しようと、ユーザーに努力をさせたらダメなのです。メッセージをわかりやすくするのは、我々の仕事。ユーザーの理解が得られなければ、それは我々のやり方が間違っているということになるのです」と言う。

優先すべきはソーシャル戦略

ピッカード氏は、SPECTRAには潜在力があると言う。「ヴィジュアルが豊かで、日本のウェブサイトにありがちな文字中心で無味乾燥な作りとは全く違う。没個性で、ソーシャルメディアとも連携していないMHIのコーポレート・ウェブサイトとは実に対照的です」。

「ただし、派手な画像に偏りすぎるのも問題」と同氏は述べつつ、これまでSPECTRAに掲載されたストーリーは秀逸なものが多いと言う。だがカギとなるのは、やはりソーシャルメディア上での共有。その実現にはしばらく試行錯誤が続きそうだ。ロックマン氏は、「どのようにソーシャルメディアと取り組むかは、現在検討中」と言う。

SPECTRAは、MHIに様々なメリットをもたらすだろう。特に情報量が豊かで、企業の積極性を示している点は大きい。ピッカード氏は、「グローバルにブランドを展開していくための残りの課題は、ソーシャルメディアの活用だけでしょう。MHIにとってカギとなるような人々が注目し、知識や情報を交換し合う場はソーシャルメディアですから」と述べる。

ここでも経営陣の果たすべき役割は大きい。ピッカード氏は、「MHIの集団主義的文化と謙虚さはわかりますが、彼らをもっとダイナミックなメッセージの発信者として、オンライン上でフォローしたくなるように仕立て上げていかねばならない」と言う。「10年前の基準から言えば、MHIのコミュニケーションのやり方はスター並みと言えるでしょう。しかし今日の基準では、明らかに立ち遅れている。まとまったソーシャルメディア戦略をもち合わせていないので、デジタル・ドメインでやるべきことは山ほどあるはずです」。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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