Surekha Ragavan
2022年9月23日

セマフォーが進めるデジタルニュースの「抜本改革」とは

グローバルニュースパブリッシャー、セマフォー(Semafor)でCEOを務めるジャスティン・スミス氏と、エグゼクティブエディターのジーナ・チュア氏が、報道の「再考」について語った。

ジャスティン・スミス氏(左)とジーナ・チュア氏(右)
ジャスティン・スミス氏(左)とジーナ・チュア氏(右)

2022年に発表されたセマフォーの創刊は、ニュース業界を騒然とさせた。新たなデジタルニュースメディアとなる同社を立ち上げたのは、ブルームバーグ・メディアの元CEO、ジャスティン・スミス氏と、ニューヨーク・タイムズの元メディアコラムニスト、ベン・スミス氏──ビジネス系メディアのトップと編集長という組み合わせだ。当時はまだこの新事業の名称は決まっていなかったが、6月、同社は個人投資家らから2500万ドル(約36億円)の資金調達に成功したと発表した。

セマフォーの発足から1カ月が経過した今、同社の全容が明らかになりつつある。コンテンツの詳細についてはまだ情報不足だが、幹部社員は揃ってきており、ロイターの元エグゼクティブエディターであるジーナ・チュア氏が、セマフォーでも同等の役職に就くことになっている。

一見したところ、同社はどのニュース企業もうらやむ状況にあるように見える。なにしろ、トップクラスのタレントと潤沢な資金を手にスタートを切れるのだ。しかしCEOのジャスティン・スミス氏は、グローバル展開という野心的アプローチに関して、事はそう簡単ではなかったと話す。セマフォーが最初に直面した課題の一つは、全世界への展開をめざすグローバルニュースブランドであると同時に、スタートアップ企業でもあることに伴う困難だった。

「初日から数百人のジャーナリストを抱えて全世界をカバーするというのは、コストと収益化の観点から、賢明とはいえない戦略だ」と、スミス氏はCampaign Asia-Pasificの独占インタビューで述べている。

そこで同社は、グローバル展開を段階的に進める方針をとっている。最初にターゲットとするのは、スミス氏が「グローバル市場」と呼ぶ、大学教育を受けており、英語に堪能で、国際情勢にも強い関心を持つ、国境を超えて世界に散らばるオーディエンスだ。

スミス氏は「このタイプのオーディエンスは、朝起きた瞬間から、自分の住む都市や国の境界線を超えて物事を考える」として、「彼らは世界を形成する出来事、トレンド、ニュースの動向を常に気にかけている。彼らこそ我々が注目するオーディエンスだ」と述べた。

言い換えれば、彼らはフィナンシャル・タイムズやエコノミスト、あるいはクオーツの典型的なオーディエンスでもある。クオーツを2012年に立ち上げたのは、誰あろうスミス氏だ。

セマフォーが独占記事を入手したタイミングにより、最初の記事は9月3日にミディアム(Medium)上で公開された。

10月に正式に創刊するセマフォーが、オーディエンスに提供する主要なプロダクトは、セマフォー・フラッグシップ(Semafor Flagship)と呼ばれている。スミス氏によれば、これは「21世紀における世界規模の日刊紙やニュース媒体のあり方を再考した」ものであり、厳選された他媒体のニュース記事が主体となる予定だという。

「ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNNといった競争相手となる主要なニュース媒体とは異なり、我々は、個々のメディアが、毎朝自社コンテンツだけをメールで配信しても、消費者はそれだけでは満足しないだろうと考えている」と、スミス氏は言う。

「我々が念頭に置く洗練されたオーディエンスは、さまざまな情報源に触れることに強い関心を持っている。そのため、新しい日刊媒体を創設するにあたっては、世界のすべてのメディアを見渡せる、これまでまったく存在しなかったものにすべきだと考えた」(スミス氏)

スミス氏が説明するモデルは、レガシーニュース媒体社の伝統を打ち破るものだ。外国特派員の時代は終わったと、同氏は主張する。媒体社が大学を出たばかりの記者を、世界のあちこちに送り込んで記事を書かせるという発想は、2022年の今では時代錯誤に思えると言うのだ。

「それよりも我々は、当該地域において顕著な実績のある人材を採用し、その市場のなかで地に足のついた報道リソースを構築することに、大きな関心を抱いている。我々はまた、国家に代わる都市の台頭にも注目している」(スミス氏)

エグゼクティブエディターのチュア氏は、Campaign Asia-Pasificの取材に対し、多くの国際報道機関は各地域に拠点を置きつつも、欧米のオーディエンスに向けてニュースを提供する傾向にあると述べた。一方、セマフォーは全世界の多様なオーディエンスへニュースを提供することに力を入れ、高い専門性を持つ現地の記者を起用して、地域別エディションの制作に取り組むという。

ローカライズされたニュースを提供する国際報道機関というアイディアは、聞こえはいいが、それをどう実現するかが問題になる。アジア地域に関していえば、2000以上の言語が存在し、途方もなく込み入った歴史的・文化的背景がある。これに関してスミス氏は、セマフォーはまず英語でのニュース配信にフォーカスすると語る。「20年前、30年前と比較して、英語は各地で主要言語としての地位を確立しつつある」ためだ。

「英語のオーディエンスに十分に浸透したら、現地語プロダクトでもジャーナリズムを打ち出し、特定の国の市場により踏み込んだ記事展開を図りたい」と、同氏は展望を語った。

アジアにおけるもう一つの課題は、シンガポールや中国といった国営メディア中心の保守的なメディア市場において、しばしば厳しいコンテンツ規制があることだ。しかしチュア氏は、多くのパブリッシャーがこうした規制に直面しつつも、それぞれに活路を見出してきたと述べる。

「多少の創意工夫と知恵が必要だというだけだ。我々は編集の独立性を失わないことを、肝に銘じている」と、チュア氏は言う。

記事に加えて、フラッグシップには動画、イベント、音声プロダクトが随時追加される予定だ。同社はまた、YouTubeやTwitterとのあいだで、動画コンテンツに関するパートナーシップ契約の締結交渉を進めている。前述の「グローバル市場」に加えて、セマフォーは米国国内のオーディエンスと、サハラ以南のアフリカ市場に特化した事業も展開する。スミス氏によれば、同社が最初の優先市場としてアフリカを選んだのは、極めて戦略的な根拠に基づくものであり、アフリカの「グローバル経済における将来性」を認識し、また同地域がこれまで英語メディアで十分にカバーされてこなかったことも考慮した結果だという。

報道活動を持続させるため、セマフォーは段階的なビジネスモデルを採用する。最初のフェーズでは、事業を支える主な収入源は2つだ。ひとつは、フォーチュン100企業との戦略的商業パートナーシップであり、広告やマーケティング、ブランデッドコンテンツ制作や市場調査といったサービスを基軸とするものだ。もうひとつは、主催イベント(対面、バーチャル、もしくはそのハイブリッド)のスポンサーシップ収入だ。イベントは当初、ワシントンを拠点に開催される予定だが、順次ヨーロッパやアジアへも拡大していく予定だ。

セマフォーのビジネスモデルの第2フェーズは、サブスクリプションなどの読者への課金モデルの導入であり、発足から1年~1年半後に、このモデルのテスト運用を計画している。

スミス氏は「我々はメーター制課金にオーディエンスがどう反応するかに大いに関心を抱いている」と述べ、「一方で、2022年の新たなグローバルニュースブランドの立ち上げに際して、最初は一切の制約や規制がない状態でニュースを提供することが重要だと確信している」と語った。

ソーシャルメディアとトランプ(元大統領)の時代がニュースパブリッシャー業界に突き付けた難問の一つは、読者の信頼をめぐる闘いだ。実際、ニュースに対する「信頼の喪失」は、セマフォーの立ち上げの動機の中核となっている。

「我々はニュースのサプライチェーンを再考する過程で生まれた副産物だ。創業に至るすべての段階が、どうすれば信頼を回復できるかという問いに端を発している」と、スミス氏は語る。

セマフォーの現在のホームページのスクリーンショット


信頼回復のため、幹部らはいくつかの「本質的な仮説」についてブレインストーミングを行ってきた。これらの仮説検証はローンチと同時に始められる。仮説の一つは、ジャーナリスト個人のブランド力の高まりを利用し、ジャーナリストとオーディエンスを直接結びつけることで、信頼を回復できるのではないかというものだ。この背景には、読者の信頼の対象が、組織から個人へとシフトしている現状がある。

スミス氏はまた、同社は主要記事のフォーマットについても再検討する意向だ。この取り組みはジャーナリズムの構造を明らかにすることを意図したもので、「これまでのあらゆる試みと根本的に異なる」ものになると語った。すでに述べた通り、スミス氏はセマフォーのオリジナルコンテンツと、他社記事のキュレーションを組み合わせることで、媒体のなかに複数の視点、相反するストーリーを導入することに積極的に取り組んでいる。

アジアにおける、国際報道機関に対する信頼(あるいは不信)は、欧米のジャーナリストを落下傘式に各国市場に送り込み、欧米向けの報道をさせるというレガシーモデルと結びついている。

「オーディエンスのニーズに応えるため、我々は国際メディアにまん延する英米中心の世界観に取り込まれないよう注意を払っている」と、チュア氏は言う。「我々にとって重要なのは、読者がどこに住んでいようと、あらゆる問題に複数の観点や見解があることを理解してもらうことだ。こうしたことはストーリー構造に組み込むことができると、私は考えている」

ニュースパブリッシャーが、ソーシャルメディア上でニュースコンテンツをマネタイズすべきかどうかという議論に関して、スミス氏は容認の立場をとっている。しかし、パブリッシャーとプラットフォーム間の価値交換は不均衡で、これによって収益分配に不平等が生じていると、同氏は主張する。

スミス氏は、「これは間違いなく我々の弱みであり、多くのニュースパブリッシャーがそう感じている」として、「フェイスブックなどのプラットフォームが、ニュースパートナーへの資金を引き揚げている。広範で全面的な規制ができるまで、大きな改善は期待できないだろう」と述べた。

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