Surekha Ragavan
2022年6月24日

「パーパス」「利益」は両立できるか

消費者のニーズを満たすブランドに、パーパス(存在意義)は常に必要なのか。マーコム業界における喫緊の課題を考える

「パーパス」「利益」は両立できるか

ブランドパーパスと利益のバランスをどう取るべきか −− アジア太平洋地域(APAC)のマーケターとエージェンシーが常に頭を悩ます課題だ。仮にパーパスを重視した広告が利益を生むとしたら、ブランドは利潤追及のためにパーパス重視の広告をもっと活用すべきなのだろうか。

PR会社エデルマンによる調査「トラストバロメーター」の過去2年間の結果を見ると、消費者は企業の活動に懐疑的になっていることがわかる。そうした気分はブランドや、ブランドが行う社会的活動にも影響を及ぼす。

例えば、持続可能性を訴えるブランドがキャンペーンを展開し、大量消費主義を煽って製品の売上を伸ばそうとする。これは矛盾の象徴に他ならない。

TBWAサステイン・メルボルンのクリエイティブディレクター、ロブ・ビーミッシュ氏は「資本主義をもう一度設計し直し、人類や地球と調和するものにしなければならない」と語る。

「パーパス重視のメッセージは、何よりも人間に向けられたサービスを優先しなければなりません。進化論や人類学の視点から考えても、これまで生き残ってきたのは様々な課題をクリエイティブに解決してきた人間。今日の地球的課題を見渡せば、我々が再びそうした状況に立たされていることがわかります」

「パーパスはクリエイティビティーにおける最初の思考段階。今は再び気候変動や生態系の破壊、格差といった問題が差し迫っている。人間に求められているのはクリエイティブなソリューションです。エゴや個人的成功を超越して解決しなければならない課題に直面した時、クリエイティビティーは刺激されると私は考える。この世界を少しでも良くするために、より本質的で有効な対策を打ち出すべきなのです」

ビーミッシュ氏は環境活動家として10年のキャリアを持つ。「クリエイティブ業界は社会に有益でなければならない倫理的責任がある。そのために総力を結集しなければなりません」

こうしたパーパスを真摯に実行しているブランドとして、同氏はパタゴニアを挙げる。2013年のブラックフライデーに合わせて展開した「Don’t Buy This Jacket(このジャケットを買わないで)」というキャンペーンは、過剰消費への認識を高め、消費者を持続可能性が低いブランドから引き離した。

「パタゴニアにとっても良い結果を出し、環境にも良い影響を与えた。ライバルブランドにも改革を促すきっかけをつくったのです」

ブランドは信頼の獲得を

だが、パタゴニアのような大胆でクリエイティブ重視のキャンペーンを展開するにはブランドの信頼性が欠かせない。パーパスキャンペーンの多くは上辺だけで、説教じみていたり、わざとらしかったりするものが多く、強い影響力は発揮できていない。それゆえ、マーケティングにおけるパーパスにはクリエイティビティーが必須だ。

「クリエイティビティーの欠けたパーパスは消費者に届かない恐れがある。注目に値する理念や大義でも、PV(ページビュー)につながらないことが多いのです」と語るのは、バーチューAPACのマネージングディレクター、レスリー・ジョン氏。「一般的に言えば、パーパスとクリエイティビティーは共存するもの。パーパスはクリエイティビティーの方向性を示し、コミュニケーションの指標となりますから」

マレンロウ・サステナビリティのディレクター、スージー・グールディング氏の意見は若干異なる。「ビジネスの上でもっともな理由がなければ、全てのブランドがパーパスを追及する必要はない」

「ブランドの存在意義は、時に食器用洗剤の提供だったり、頭のフケをなくすことだったりする。パーパスはそこで完結します。しかし、それでもまったく問題はない。利益とパーパスは互いにぶつかるものではなく、企業にとって肝要なのは売上を伸ばすこと。製品やサービスで消費者のニーズを満たす企業が全てパーパスを求める必要はないのです」

今はパーパスのアピールが流行し、「どのブランドもそれに乗り遅れまいとしているように感じる」とも。「パーパスの訴求に成功しているブランドは少ない。たいていは1本のキャンペーンを展開するだけで、消費者も感情的な判断しかできません。信頼を得るキャンペーンを行うには、ブランドもエージェンシーも様々な課題をまず解決することが必須です」

名だたる広告賞に参加する審査員たちも、パーパス重視のキャンペーンを称賛する傾向があるようだ。過去2年間に主要賞を獲得した「Donation dollar」(ロイヤル・オーストラリアン・ミント、サーチ・アンド・サーチ・メルボルン)、「The punishing signal」(ムンバイ交通警察、FCBインターフェイス)などがその代表例だろう。

ただし、こうしたキャンペーンに関しては「補足説明が必要」とジョン氏。「ブランドのロゴを全面に打ち出すだけではたくさんの広告賞は取れない。だからと言ってパーパス重視の広告を作っても、見せかけであってはならないし、広告賞のシーズンに合わせるべきでもない。そうした作品は往々にして、立派な理念や目標を悪用しているだけです」

同氏は2016年にカンヌライオンズを受賞した、「難民を助けるため」とうたったアプリ「iSea」を引き合いに出す。当時は欧州へ渡ろうとする中東からの難民が世界的話題を呼んだ。結局このアプリは偽物だということがわかり、受賞したグレイ・シンガポールは賞を返上。「あの教訓を忘れてはならないのです」

(文:スレーカ・ラガヴァン 翻訳・編集:水野龍哉)

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