David Blecken
2019年12月06日

外交官から英PR業界へ ある日本人の転身

海外のコミュニケーション、クリエイティブ業界で活躍する日本人に焦点を当てるこのシリーズ。第2弾は、ロンドンでの生活を続けるために転職した元外交官に焦点を当てる。

土屋大輔氏。ロンドン中心部にあるブランズウィック本社にて
土屋大輔氏。ロンドン中心部にあるブランズウィック本社にて

在英日本大使館での2度めの任期を終えても、土屋大輔氏に英国を離れる意志はなかった。外交官としての15年間のキャリアのうち、3分の1を過ごしたロンドン。この街は実に水が合った。英国生活を続けるために身を投じたのは、PRの世界。就職したのは、コミュニケーション・アドバイザリー企業であるブランズウィックグループだった。

現在は同社のパートナーも務める土屋氏。新たな世界に入っても違和感を抱くようなことはなかった。最もやりがいを感じたのは、今も業務の根幹を成す国際間のコミュニケーション。海外市場における日本企業のコミュニケーション、また日本市場における海外企業のコミュニケーションを円滑に進めることだ。

「こういう仕事を見つけられたのはとても幸運だった」と話すが、それはブランズウィックにとっても然りだろう。土屋氏が加わったことで、同社は東京に拠点を構えずとも日本との取引が飛躍的に増大。日本関連の業務は過去7年余りで6倍になったという。昨年、同氏は平均して3週間に1回は帰朝。現在は日本に駐在するスタッフを集めている。

海外企業のクライアントは、日本での立ち上げをサポートしたウィーワーク(現在は難局にあるが……)やADK買収の際にアドバイザーの役割を果たしたベインキャピタル、国際奨学金プログラムを立ち上げたスタンフォード大学など。また日本企業では、米国でのレピュテーションマネジメントをサポートしたトヨタ自動車や、ミャンマーでの人権問題の解決処理にあたったキリン、ポジショニングや海外でのレピュテーションを担当した全日空などだ。

日本と他国とのコミュニケーションを機能させる上で最も意気に感じるのは、「日本企業に懐疑的なオーディエンスに信頼を醸成すること」。こうした考え方は幼少時代を過ごした米国で培われた。1980年代、日本は米国のニュースで頻繁に取り上げられていた。だが、「日本を本当に理解した人はほとんどいませんでした」。日本の真の姿をできる限り伝えたい −− それは自分の役割のように感じたという。

昨今、日本企業の醜聞が頻発したが、日本国内での評価や存在感はいまだ揺るがず、消費者も高い信頼を置いているという印象を受ける。「しかし1歩外の世界に出れば、多くの人々が不信感を抱いています。国内外でギャップがあるのです。コミュニケーションへの取り組みを強化して、企業活動をより明確に伝える必要がある」。

企業のコミュニケーション戦略はステークホルダー(利害関係者)に訴求できず、信用に直接影響する重要案件(例えば環境問題など)を省いてしまうケースがほとんどだという。日本政府も、コミュニケーションの手法が稚拙だという批判をしばしば受ける。だがそれは、「特に日本や日本政府だけの問題ではありません。社会からの監視の目が厳しくなり、政官界のほとんどの分野の人々が対応に苦慮しています」。

今でも組織はトラブルを起こすと判断ミスや失言を恐れ、適切な対応を怠る傾向が強い。関係者が状況の把握に手こずっている間に、世間の目には「隠しごとをしているように映ってしまう」。重要なのはイニシアチブ。「危機を事前に察知し、伝えるべきことを適切なタイミングで伝える。状況が悪くてもそうするべきです。今の時代には欠かせない考え方です」。

こうした案件への細やかな対応で、土屋氏は第二のキャリアで成功を収めた。だが一般の日本人は、国内での安定した仕事を捨てて海外で就職しようとはなかなかしない。日本の労働市場は特に不安定ではなく、それなりに魅力があるからだ。だが今の時代、「日本企業はより国際的な視野を持つようになり、海外企業は日本に興味を示すようになった」。海外で働くことは、間違いなく新たなチャンスを切り開く。「仕事とは関係のない理由もモチベーションになる。私が目指したのは転職ではありませんでした。ロンドンでの暮らしがとても心地良かったからです」。

英国のEU離脱問題は、そんな気持ちに水を差すのだろうか。「この国の将来は、短期的にはまだはっきりと見えません。長期的な視点で言えば、私は英国に強い信用を置いています。過去、この国は様々な手法で多くの困難を克服してきた。それは復元力の強さを示しています。長い目で見るなら、英国は住むのにとても面白い場所。ロンドンが持つ多様性は実に魅力的で、EU離脱がどうなろうと人々を魅了し続けるでしょう」。

東京2020大会が近づく日本も転機に立っている。「2012年のロンドン大会では国全体が大仰に騒ぎ立てず、有意義なレガシーを残し、五輪もパラリンピックも同等に扱った点が良かった。日本も世界における地位をあれこれ言うだけではなく、独自のレガシーを残せるといいと思っています」。

「日本の企業には伝統的に、飲食物を健康の視点から見る発想がある。例えばこうした点をレガシーにすることは、非常にユニークだと思います。『国のあり方を考えよう』と掛け声をかけるのとは明らかに異なる。東京はもうそういう次元を超えているでしょう。国のプロフィールを高めるという意識を超越したレガシーが残せるといいですね」

(文:デイヴィッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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