Ronald Ng
2022年1月13日

「戦術」という言葉を使うのはもうやめよう

「戦術」という言葉は、エージェンシーの仕事を矮小化するものだ。MRMのグローバル最高クリエイティブ責任者はそう指摘する。

「戦術」という言葉を使うのはもうやめよう

マーケティング業界の動きは速い。テクノロジー、チャネル、消費パターン、文化活動など、新しいトレンドが次々に生まれては消える。常に時代を先取りしていなければ、取り残されることになるだろう。

見直したり、やり直したり、ときには拒絶したりする必要があるのは、行動様式や考え方だけではない。ビジネスで用いている言葉自体が落とし穴になることもある。

私は「戦術(tactics)」という言葉が嫌いだ。私たちの仕事を矮小化し、過小評価するからだ。「これがブランドの大きなアイデアだ。そして、その戦術はこうなる」と聞くたびにうんざりする。このシナリオでは、「大きなアイデア」と「戦術」はマーケティングのバリューチェーンの両端に位置しているからだ。

「大きなアイデア」とは、ブランドが消費者と有意義な関係を構築するための、戦略的で長期的なアイデアや体験を指す。対照的に、「戦術」は小規模で一時的な使い捨ての実務作業を意味する。企画案に「戦術」というラベルを貼ることで、その内容を説明する前から、仕事の価値を下げ、過小評価していることになる。まるで「小さなアイデアを紹介しよう」と言っているようなものだ。

これは間違った、時代遅れな発想だ。このような考えは、消費者やビジネスの現在を把握しておかなければならない業界においては致命的になりかねない。消費者の観点からは、すべてがブランドに関わることだ。とりわけデジタルエンゲージメントのマルチチャネル時代にはその傾向が強い。それにも関わらず、なぜ私たちは、エンゲージメント、説得、参加、購入、継続的な関係といったカスタマージャーニーを無視するような形でビジネスを語るのだろうか?

私が個人的にこの問題に熱心なのは、この発想が、私が現在所属しているエージェンシーで共に働く優秀なメンバーたちへの、大きな侮辱と感じるためだ。

信じられないような話だが、「デジタル」に関わる企画案はいまだに、しばしば戦術と呼ばれる。これは誤解を招く表現だ。現在、私が務めるエージェンシーは、消費者との関係性全体にデジタルを組み込もうとしている。その前は「ブランドエージェンシー」に長くいたが、そこでは「デジタルエージェンシー」は戦術的なものと見なされており、よく腹を立てていたものだ。「こっちでテレビCMの企画を書いて、デジタルエージェンシーには戦術とバナーを担当してもらおう」 という声を実際に聞いたこともある。

残念ながら、戦術といった時代遅れの言葉は、ウェブサイトでの顧客体験や、アプリ、ソーシャルメディアなどの、デジタルのプロダクトやサービスを説明するときにしか聞いたことがない。これらはCMと同等には評価されていないのだ。私は、CMが「戦術」と呼ばれるのを聞いたことはない。

現実には、昨日の戦術が今日の大きなアイデアになることもある。デジタルと技術のイノベーションは、マーケティング、コミュニケーション、販売方法に大きな変化をもたらしてきた。企業と消費者の関係は絶えず書き換えられているというのに、なぜデジタルはいまだに「戦術」なのだろうか?

「戦術的」という概念が近年どのように変化してきたかを振り返ってみよう。

Ÿ   商品販売や流通施策はかつて戦術的と呼ばれていた。しかし現在、ブランドストーリーとショッピング体験のあいだに以前のような階層はない。ブランドの言行は一致していなければならない。アマゾンをはじめとするeコマース業界が証明しているように、ブランドと小売はもはや切り分けることができない。ショッピング体験は劇的に変化し、それとともに、ブランドの受け止められ方も変化している。

Ÿ   顧客とのコミュニケーションは、もはや購入前後だけの活動ではない。顧客対応はクレーム対応ばかりとは限らない。アプリやオンラインチャットのおかげで、やりとりはその場での購入に影響を与え、コミュニケーションの品質と人間性は、今やブランドアイデンティティの一部となっている。

ビジネスの変化はドミノ倒しのようなもので、言葉もそうしたドミノのピースのひとつと言える。マーケティングを「ブランド」と「デジタル」に分類する発想は時代遅れだ。両方を兼ね備えていないエージェンシーはすぐに廃れてしまうだろう。

MRMでは、ブランドとデジタルが活動の核となっている。テレビCMは必ずしもアイデアの出発点ではない。私たちはチャネル主導型ではない。私たちは、消費者とクライアントをビジネスの中心に据え、それらに命を吹き込む、創造的なプラットフォームやソリューション、体験を開発しているのだ。私たちは「戦術的」ではない。

そのため、私たちは創造的なアイデアを「戦術」と呼ぶことを禁止した。これは真面目な話であり、最近の全社会議でも宣言し、全世界の従業員3500人に受け入れられた。興味深いことに、不要なものを排除すると、大きな利益を得られるものだ。

禁止後、状況は変わったか? もちろん変わった。私たちは物事をより大局的に考えるようになった。エンドツーエンドの人間的な体験を実現できる仕事をするようになった。その結果、最高の仕事を生み出し、新しいビジネスを勝ち取り、士気はかつてないほど高まっている。

言葉は重要だ。自分たちの努力や力強いアイデアの価値を貶めるのはもうやめよう。共にマーケティングのボキャブラリーを書き換えよう。「戦術」という言葉を日常から消し去ろう。私たちにはビジネスを成長させ、世界をより良い場所にする無限の可能性がある。

「戦術的」からの脱却こそが、成功への道なのだ。


ロナルド・ン(Ronald Ng)氏は、MRMのグローバル最高クリエイティブ責任者。

提供:
Campaign; 翻訳・編集:

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