Barry Lustig
2019年8月30日

日本を「ブランドと雇用者に魅力的な国」に

著名な経済学者であるロバート・フェルドマン氏がCampaignのインタビューに応え、海外ブランドの戦略性や終身雇用制度の弊害など、さまざまな課題をマクロ的視点から語った。

ロバート・フェルドマン氏。「若い世代は非常に才能がある。彼らは終身雇用制度が良いとは考えていません」
ロバート・フェルドマン氏。「若い世代は非常に才能がある。彼らは終身雇用制度が良いとは考えていません」

フェルドマン氏は日本で最も知られた経済学者であり、評論家だ。モルガン・スタンレーMUFG証券の日本担当チーフアナリストとして、長年日本政府や企業経営者に提言を続けてきた。現在は同証券のシニアアドバイザーを務める。

日本では今、観光業が空前の盛り上がりを見せ、来夏には五輪・パラリンピック大会も控える。海外ブランドやエージェンシーにとっては最優先市場の一つだが、長年「外部者」にとっては成功が難しい国でもあった。コミュニケーション業界で常に良い業績を残してきた海外ブランドは、極めて希だ。

インタビューの中でフェルドマン氏は、日本市場や日本企業に関わるブランドに欠かせないテーマ −− 市場への適応性や労働市場の課題、日本企業のコーポレートガバナンスの進化、経済の見通しなど −− に対する見識を述べた。また、雇用者がキャリアを磨くためのアドバイスも。その視点は実用的で、雇用者への配慮に満ち、自身言うところの「条件付き楽観主義」に基づくものだ。

モルガン・スタンレーMUFJ証券での現在の役割は何ですか?

シニアアドバイザーです。仕事のほとんどは政策研究に費やします。日本経済が抱える長年の実質的課題や、直接的に市場とリンクせずとも世論形成の上で極めて重要な課題の政策分析です。

今後の日本経済の主な成長要因は何でしょう?

中期的には、唯一の潜在力ある成長要因はテクノロジーの刷新でしょう。経済理論上の基本的成長要因は土地、労働、資本、そしてテクノロジーです。これは供給サイドのアプローチです。人やマシン抜きでは成長は達成できない。適切に機能するテクノロジーをマシンが包含していなければなりません。

日本には労働力という課題があります。労働人口が足りません。総人口の減少とともに労働人口が減り、少ない働き手で全ての国民を支えるためには生産性を向上させなければなりません。それが大きな問題です。

労働者が足りない状態で、日本はどのように競争力を維持していけますか?

より性能の高いマシンを活用することです。今我々は素晴らしいテクノロジーを手にし、日本は一人ひとりの労働者の生産性を向上させられる大きな可能性を秘めています。

もう一つの手段は、私が提言してきた定年の延長です。それによって労働力が確保できる。日本には60歳代、70歳代前半で極めて有能な人々がたくさんいます。彼らの生産性を保つためにソフトウェアなどの手段を提供すれば、経済発展を支える非常に大きな労働力になり得ます。

労働力不足解消に、外国人労働者はどのような役割を果たせるでしょう?

この5〜6年、外国人労働者は毎年約15万人ずつ増えています。今や全労働人口の約2%が外国人です。

世界的スタンダードからすれば、この数字は決して高いものではありません。まだ伸びる余地は確実にあります。しかし問題は、急激に減少する国内の労働力です。外国人労働者の増加数や彼らを受け入れる経済力の伸びを示す推定値 −− 妥当と言えるものですが −− はどれも、外国人労働者だけでは労働力不足が補えないことを示しています。

海外ブランドはどうすれば日本の消費者の心をもっとつかみ、業績を良くできるでしょう? また、ライバルの国内ブランドと張り合えるでしょう?

鍵となるのはパフォーマンス基準です。海外ブランドがアプローチを日本人の感性に適応させて大きな成功を収めた例が、アフラック(米・大手保険会社)です。アヒルのテレビCFをご存知ですよね?

米国では、アヒルはやや皮肉屋的存在で、賢い人のイメージがあります。当初アフラックの本社が日本でアヒルを起用するよう指示したとき −− 既に同社は日本で大きな成長を遂げていました −− 日本支社の幹部は「利口なアヒルではうまくいかない」と反対しました。結局は本社案が通ったのですが、アヒルのキャラクターを変えたのです。日本のアヒルはずっと性格が良く、CFも米国とまったく異なるものになりました。マーケティング戦略を日本人の感性に合わせたのです。結果は大成功に終わりました。

もう一点、アフラックが興味深いのは、市場の盲点を見つけたことです。それはがん保険で、1970年代初期のことでした。そして全米各地で適切な人材を活用し、適切なロビー活動を行った。その結果、保険商品の認可を得たのです。

つまり同社の成功要因は、市場への適応力と盲点を見つけたことです。十分なサービスを提供していない分野は何か? 規制上の障壁は? こうした点を明確にし、当局と協議を重ねて実現させたのです。

多くのホワイトカラーの中堅社員は転職で大きな困難に直面しています。日本で中高年の雇用者へのニーズがないとすれば、現実的にどのようにその数を増やせるでしょう?

これは労働市場法が影響する問題で、非常に難しい。40代の人が少しでも条件の良い転職先を探そうとすれば、他企業からは懐疑的に見られるでしょう。その人が大企業で長年働いてきたキャリアを雇用主は見て、「おそらく大企業病にかかっていて、うちの環境にはそぐわない」と考えるはずです。

40代に限らず、今では30代の人々もこうした事実に気づき始めている。大企業で働くのは安定しているが、必ずしもスキルアップにはつながらないということにもです。もちろん企業側もこれに気づき、対策を講じようとしています。解雇されぬようスキルアップを図りたいと考える人々には、労働法規は障害になる。日本の労働市場の問題の一つです。

例えばあなたが40代前半で、大企業に勤めているとします。今後20〜25年は極めて安定した将来が約束され、次に起こることへの危機感はあまり感じていない。これはトラブルの源です。テクノロジーが常に進化する現代社会で先のことを考えなければ、あなたは貧乏くじを引かされる立場になってしまうでしょう −− おそらく、あなたが考えるよりも早く。

更に、あなたのアイデンティティーは既に会社と一体化しています。個人のアイデンティティーはそのように機能するからです。もし同僚があなたの転職への願望を察知したなら、あまり信用を置かないでしょう。職を変えるのは当たり前のことではないですから。

一般的に日本企業の内部では、スキルアップに対するインセンティブはほとんどありません。仕事の時間を割くのであればなおさらです。雇用者はどうすれば競争力を身につけられるでしょう?

スキルアップに対するインセンティブの欠如は問題とみなされています。企業が社員にもっと教育を受けさせるよう、政府も2〜3の対策を打ち出しました。しかし結局は、会社員が自ら行動することです。「もう自分を抑えるのはやめて、積極的にスキルアップを図ろう」とね。

私が東京理科大学で木曜から土曜日にかけて行っている講義は、ある意味その先駆け的なものです。テクノロジーマネジメントというプログラムを教えていますが、受講者の平均年齢は41歳です。全員が会社員で、木・金曜日は夜、土曜日は全日学んでいます。

彼らはほとんどが科学やテクノロジー分野の人々で、経済学や経営学、会計学は学んでいません。しかし企業に属しながら自ら行動し、何か新しいことをやりたいという願望を持っている。ゆえにスキルを得て、自社や他社にとって有用な存在になろうとしているのです。

企業は人事に関し、あなたの意思を無視することはあっても、100%尊重してくれることはないでしょう。だからこそ自ら行動し、新たなスキルを手に入れなければならない。企業の目的はあなたの利益ではなく、自社の利益の最大化ですから。

高度なスキルを持った雇用者でも、大抵の場合は賃金が他の先進国よりも劣ります。日本はどうすれば優れた人材を獲得できるでしょう?

既にいくつかの企業は現在の賃金では必要な人材を確保できないと認識しており、賃金体系の見直しを始めています。

また、中国やインド、他の発展途上国には日本で働きたいと望んでいるたくさんの非常に有能な人々がいます。「日本の素晴らしい環境で、少なくともしばらくは働きたい」 −− 彼らは皆、こう考えているのです。日本は住むのに素晴らしく、極めて魅力的な国ですから。今は世界の多くの国々で入国管理法が厳しくなっているので、日本にとっては優秀な人材を呼び込む大きなチャンスです。

従来型の日本企業の賃金と生産力の関係性はどうでしょう? なぜこれが問題になるのでしょう?

(上の図を見ると)賃金を示す線は入社時から退職までずっと上昇します。年齢に基づいて賃金が決まるシステムだからです。生産性に関しては、入社時には会社のことをよく理解していないので低いですが、その後急上昇します。ロケットの軌道のような弧ですね。初めは低く、途中で高くなり、終わりにかけてまた低くなる。

入社後数年で、雇用者の生産力は賃金を上回ります。つまり企業がお金を儲けるわけです。雇用者はある意味、社内で預金するようなものですね。

雇用者の生産力が下降し始めると、60歳の手前で賃金を下回ります。今度は企業が損をするわけです。雇用者のスキルはやや古くなり、世界観も時代遅れになる。それでも賃金は生産力ではなく年齢が基準なので、高い賃金が支払われます。賃金が生産力を上回ってからは、6〜7年で定年に達します。

この図は、中途で雇用者が辞めないという前提に立っています。もし生産力が高い時点で雇用者が辞めたら、生産力が賃金を下回るまでの年月はどうなるのか? 預金はどうなりますか? なくなってしまうのです。

終身雇用制度はある意味、「壁のない刑務所」です。会社に居続けることがインセンティブだからです。もしそうであるなら、わざわざ転職のためにスキルを磨く必要はありません。会社を辞めない理由は、1)預金を失う2)より大きな労働市場に出た場合、「値引き」されるからです。この制度は才能を破壊する仕組みです。

海外企業にとって日本で障壁になるのは何だと思いますか?

それは業種によって異なります。広告・メディア業界に関して私が理解しているのは −− 私は専門家ではないので −− 全てが雇用者の質にかかっているということ。私の認識では、若い世代は非常に才能があります。彼らは終身雇用制度が良いとは考えていません。自分を最も評価してくれる会社を進んで選び、最低数年間は働く。それが理にかなっていると考えれば職を変え、そうでなければ変えません。

要は、有能な社員となり得る技能と語学力を備えた若者を雇用主が雇うかどうかです。インセンティブはそうしたスキルに表れていると思います。

日本で働く優秀な人材を発掘できる労働市場は、世界中に広がっています。一つの鍵は、その仕事に合った適切な人材をどのように見出すか。有望な候補者に彼らの将来像を示すことは、とてもプラスになります。

企業は本来、人手が足りないときに常にそうしてきました。つまりこれは労働の「代用資本」、あるいは労働力の新たなビジネスモデルなのです。

日本では日本語が堪能でないと、雇用されるのは極めて難しい状況です。こうした側面は変わると思いますか?

より高い収益を生み出さねばならないという企業幹部へのプレッシャーはますます増しています。そのためには管理職の人間に適応力を身につけさせることだと彼らは言っています。

また、企業法が変わり、役員を退いて顧問として社内に残る人々の給与額の公開が義務付けられました。その是非は株主総会で諮られます。顧問の明確な役割も公表せねばなりません。この法令で、企業のトップは顧問を切りやすくなった。こうした変化が企業トップの経営能力を大いに伸ばすでしょう。

表面上は企業法の改正だけのようですが、実質的には社会構造の変革につながります。私が期待するのは、こうした企業幹部へのプレッシャーが人事方針にも影響を及ぼすことです。既にそうなり始めていますね。

日本における海外企業の利点は何でしょう?

一つの利点は、女性に対する差別が少ないことです。日本企業が意図的に女性を差別しているとは思いませんが、文化がそうさせるのです。海外企業は長年にわたり有能な女性の雇用や登用を行っており、はるかに障壁が低い。これは企業側と雇用者側、両者に大きな利を生んできたと思います。

来年の東京五輪は日本経済の成長に重要な役割を果たしますか?

要は五輪だけでなく、その後に何が残るかということです。五輪の結果、長期にわたる繁栄を実現する日本の新たな自己資本はどのような形になるのか。それには物的資本や人的資本、無形資本などがあります。

物的資本は若干改善されるでしょう。既に新たな施設や鉄道がいくつかつくられ、駅などの改築も進んでいます。素晴らしいことですが、より重要なのは観光業の急速な成長でしょう。今後訪日客は更に伸びると思います。

これは主に、今までなかった日本と多くの諸外国との交流を意味します。訪日客が日本で何かを見つけ、「これは素晴らしい。私の国でも使えるから輸入しよう」と考える。そして業者と接触し、「この製品を私の国で売りたいのですが」とアクションを起こす。

日本に必要なのは、国内企業がグローバル市場とより濃密な関係を構築することです。世界の人々が五輪で日本を訪れ、可能性を見出す。その時にこそ、そうした関係性が実現します。

私はこれが、五輪の残す最も重要な要素の一つと考えます。「関係資本」と言えるべきものでしょう。

日本の将来は楽観的に見ていますか?

私は「条件付き楽観主義者」です。日本は魅力的な人材にあふれ、資本の深化や新たなテクノロジーの効果的利用が大いに期待できる。ただし、新たなテクノロジー導入は適度な危機感を持っていないと実現しませんが。

日本がITに関して若干動きが遅い理由の一つは、企業の居心地が良いからです。会社がまあまあうまくいっていれば、変革へのプレッシャーはあまりない。高い収益を求めて金融機関や投資家たちが騒ぎ立てるようなこともない。もっとも、この点は変わり始めています。状況の変化が速いほど、企業の経営者はより積極的に対応するようになるでしょう。

既得権はほとんど必要ないと思います。他国でも同様の問題がないわけではありません。我々に必要なのは、人々が物事を正そうというインセンティブを持てる、より競争力の高い市場なのです。

(文:バリー・ラスティグ、翻訳・編集:水野龍哉)

バリー・ラスティグは東京を拠点とするビジネス戦略コンサルティング会社「コーモラント・グループ」のマネージングパートナーを務める。

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