Shawn Lim
2023年10月12日

生成AIの隠れた環境コスト:マーケターが知っておくべきこと

GPT-3が環境に与える影響は、123台のガソリン車を1年間走行させるのに匹敵する。こうしたAIツールをマーケターも利用するようになった今、CO2排出量を削減するためには何をすべきだろうか?

生成AIの隠れた環境コスト:マーケターが知っておくべきこと

ChatGPT、ミッドジャーニー(Midjourney)、ステーブルディフィージョン(Stable Diffusion)のような生成AIツールの台頭やその利用の増加には、隠れた大きな環境コストが伴う。

生成AIの動作を支えるデータセンターとGPUチップは、従来のCPUよりもはるかに大きなエネルギーを必要とするため、AIツールの開発と使用には莫大なカーボンフットプリントが伴う。

AIモデルが生み出すこれらのカーボンフットプリントは、トレーニングと推論計算、そしてそれを支えるハードウェアやデータセンターなどのインフラ設備という、3つの重要な構成要素からもたらされる。GPT-3のような大規模モデルでは、何百トンものCO2が排出されることになる。

ではマーケターは、どうすれば環境のサステナビリティを維持しつつ、これらのツールを使用することができるだろうか?

ピュブリシス・グループのAPACおよびMEAのクリエイティブ・テクノロジー部門責任者であるローラン・テベネ氏は、Campaignに対し、正確なターゲティングを行えば、誤ったオーディエンスにリーチする無駄な配信を減らすことができると語った。つまり、量よりも質を優先することで、カーボンフットプリントを削減できるということだ。

さらにマーケターは、広告素材をより持続可能な形で最適化することもできるという。静止画で十分な場合に、動画が必要だろうか、もっとわかりやすいビジュアルを使えば、原稿サイズをもっと小さくできるのではないだろうか、とテベネ氏は問いかける。

「スマートフォンに搭載されることが多くなったOLEDスクリーンは、黒色を表示する方が消費電力を小さくできるという話題がネット上で広まっている。一部の端末でバッテリー残量が少なくなると起動するダークモードがその良い活用例だろう」とテベネ氏は説明する。

「ブランド体験やコンテンツを提供する技術基盤にもサステナブルなものがある。クラウド・ホスティング・プラットフォームの中には、ソリューションを利用する際、環境に配慮したデータセンターを選べるものもすでにあるのだ。ブランドが、多くのエネルギーを消費する生成AIを利用するなら、グリーン・クラウド・ソリューションでそれを補うのが良いだろう」

(左上から右に)マグダ・グリフィス氏、トム・ジョーンズ=バーロウ氏、ローラン・テベネ氏、ブライアン・オケリー氏

持続可能性を考慮してツール選定を行う場合、生成AIであろうとその他のツールであろうと、重要な要件が3つあると、マイクロソフト・アドバタイジングのシニア・プロダクト・マーケティング・マネージャー、マグダ・グリフィス氏は言う。

第一に、企業は、地域社会や環境、従業員の健康や幸福を損なうことなく、収益や事業の成長を高められる持続可能な方法を見つけなければならない。二つ目は、環境にプラスの影響を与える製品に投資をするということだ。 

「アクシオーマの調査によると、環境、社会、ガバナンスの水準が高い企業ほど、堅実な財務実績を残しており、平均的なベンチマークを上回っている」とグリフィス氏は言う。「地球にとって良いことは、ビジネスにとっても良いことなのだ」

三つ目は、社会の持続可能性に配慮するということだ。これは、生活の質を向上し、多様性を促し、すべての人に公平な機会を提供することを意味する。

ビジネスの世界では、従業員の健康と安全、エンパワーメントとインクルージョン、専門能力開発の機会、ワークライフバランスなどがこの要件に含まれる。人々は単に製品・サービスだけでなく、社会的大義を掲げている企業から購入しようとする。優れた価値観こそが企業価値を高めるのだ。

グリフィス氏は、持続可能性は、マーケターが製品中心主義から人間中心主義へとシフトすることから始まると言う。マーケターは、想定している顧客層だけでなく、すべての人々が何に価値をおいているのかを理解し、多様性に深く取り組まなければならない。

「環境保護は、持続可能な開発目標を標榜する企業にとって極めて重要だ。環境に対する責任は、気候変動対策を推進し、企業の長期的なサステナビリティ目標を明確にする」とグリフィス氏はいう。

「マーケターは、パーパス主導のマーケティングを通じて信頼と企業価値を醸成するという、重要な役割を担っているのだ」

データ量の無駄に取り組みながら、コンテンツの質を最適化する

生成AIは、動画、音楽、画像など、さまざまな領域にまたがる、多様なメディア・コンテンツの生成を可能にする。

また、AIツールは、動画の編集や音声の修正、画像の加工などをサポートし、コンテンツの編集プロセスを合理化する。編集プロセスの合理化は、高度なコンテンツ制作作業を簡素化し、メディア関係者に恩恵をもたらす。

さらに生成AIは、コンテンツのリアルタイム編成を支援し、ストリーミングプラットフォームが、不適切または有害な動画素材を迅速に検出し、削除することも可能にする。

ストリーミングプラットフォームは、今では生成AIを活用することで、視聴者の嗜好や行動に応じた、パーソナライズド広告やおすすめコンテンツなどを配信している。

視聴履歴、属性情報、ユーザーからのフィードバックなど、広範なデータセットを分析することで、メディア企業はオーダーメイドのコンテンツ・ライブラリを作成し、ユーザーのエンゲージメントと満足度を大幅に向上させることができる。

しかし、いくら膨大なデータセットを分析しても、誰も見ていない広告をプリロードするなどの無駄な配信が生じている可能性は残る。マーケターはインパクトあるキャンペーンを作成するために複雑な作業をこなさなければならない。そこで、ユーザーが視聴できる動画広告のみをストリーミングするアダプティブ・ストリーミングという手法が人気を集めている。

アダプティブ・ストリーミングは、品質を維持しながらデータ量を抑制することで、ユーザー・エクスペリエンスを損なうことなく、過剰なデータ転送量とCO2排出量を削減できる。すべての人にとってウイン・ウインの技術であり、採用が進んでいる。

テベネ氏は、アダプティブ・ストリーミングは、かつてのレスポンシブ・デザインと同じくらい「素晴らしい」ソリューションだと語る。

同氏は、レスポンシブ・デザインは、上からの押しつけではなくユーザー目線で体験やコンテンツを制作することを教えてくれたという。デザイナーやクリエイターは、消費者がコンテンツを目にする最良のシナリオに注目しがちだ。

「こうしたシナリオでは、重厚なコピー、リッチなビジュアルや動画などが好まれる。問題は、コンテンツを消費し、エクスペリエンスを享受する多くの人々が、我々が想定しているような最高の機材で視聴しているわけではないということだ」とテベネ氏は説明する。

「リッチな重いコンテンツは、想定外のシナリオ(小型テレビ、3Gネットワーク、ローエンドスマホなど)には最適化されていない。最悪のシナリオから始めれば、ユーザー環境に最適化され、地球を救うことにも役立つかもしれない」

アダプティブ・ストリーミング・プラットフォームを提供するシーンディス(SeenThis)のアジア担当ゼネラル・マネージャー、トム・ジョーンズ=バーロウ氏は、こう語る。これは、生成AIによって引き起こされたものなのか、単に人々がより大量のビデオを消費しているからなのか、何百万人もの人々がモバイル経由で常時オンラインになっているからなのか、あるいはその他のまだ知られていない要因によるものなのか。

いずれにしても、多くの動画を消費しつづければ、データ消費量が毎年大幅に増加し、多くのエネルギーが消費され、CO2排出量にも多大な悪影響を与えることになる。

「つまり、データの無駄を省いて、効率性を維持するためには、インフラをアップグレードする必要があるということだ。世界全体では、毎日900億リットルの水がパイプの水漏れによって失われている。世界が水不足に直面している今こそ、インフラの問題に取り組まなければならない」とジョーンズ=バーロウ氏は説明する。

「データ使用も同じことだ。見られることのない広告をダウンロードしたり、1秒しか見られない動画ファイルを100%ダウンロードしたり、最適化されていないクリエイティブを配信したりすれば、データが水漏れのように無駄に消費されることになる」

ブランドやエージェンシーはどのようにしてデータの無駄遣いを防ぐか?

デジタルの持続可能性を求める声は、コンテンツ制作だけにとどまらず、データ転送に起因するCO2排出にまで及んでいる。

クライアントとエージェンシーは、コンテンツの質を保ちつつ、データやエネルギーリソースの無駄遣いを減らす方法を見つけなければならない。

テベネ氏は、それにはキャンペーンや顧客体験の監査から始めるのがよいだろうと説き、いくつかのメディアエージェーンシーは、すでにこれを実践していると語った。

しかし、顧客体験の面についてはまだ十分に監査されていないと、テベネ氏は指摘する。同氏は、カーボン計算機サイトを活用すれば、オウンドサイトやアプリのカーボンフットプリントも計算できると言う。

「私は、我々の業界が、持続可能性スコアを採用することを望んでいる。それは、持続可能性のトラッキングに焦点を当てており、視聴者分析や一般的なパフォーマンス・モニタリングのように常に最新化されている」とテベネ氏は付け加えた。

業界は、クラウドコンピューティングの使用量やCO2排出量のレポートを提供する、スコープ3のようなパートナーと協業することができる。

広告主が大量のAIを使用している場合、スコープ3はそのデータを分析して、データの使用量とカーボンフットプリントが相当な量に上ることを見つけてくれる。スコープ3は、さらにデータを分析し、クエリ毎の排出量も数値化してくれる。

例えば、ある広告主が現在1クエリあたり0.001グラムのCO2を排出しているとして、今後、AIをより広範囲に利用するようになり、CO2排出量が10倍になったとしよう。するとスコープ3モデルの分析結果には、10倍の増加が反映される。

増加が反映されたことで、広告主は環境への影響に注意を払うようになり、特定のAIツールを使用することが本当に正当化されるのか、特にそれがパフォーマンスを大幅に向上させるものでない場合には、大いに疑問を感じることになるだろう。

「過去6ヶ月間のキャンペーン結果をグラフ化するといったレポーティング作業は今では簡単にできる。AIに頼めば、すぐにやってくれる。これによって分析作業は大幅に合理化された」と、スコープ3の最高経営責任者兼共同設立者であるブライアン・オケリー氏はCampaignに語った。

オケリー氏はまた、広告主がメモラブル(Memorable)のような生成AIプラットフォームと連携すれば、AI主導のインサイトを利用して広告をより印象的で効果的なものにできる。ブランドが量に頼らないで広告目標を達成できれば、CO2排出量も削減できると提案する。

「興味深いことに、人は広告の中でも、人の手に注目しがちだ。人の手が映った広告、特に商品を手に持った広告は、ただ皿の上に載っているだけの商品広告よりも、良いパフォーマンスを示す傾向がある」とオケリー氏は説明する。

「このような洞察が、クリエイティブの生成プロセスに組み込まれているのは素晴らしいことだ。メモラブルはクリエイティブを分析し、フィードバックを提供することもできる。 例えば、広告で誰かが髪を触っていると、メインメッセージから注意がそれる可能性が高まる。こうした迅速なフィードバックは、AIがいかに効果を高めることに役立つかを示す好例だ」

効果的な広告は、ブランドにとってだけでなく、地球にとっても良い結果をもたらす。むろん、環境に有害な商品を販売している場合は論外だ。持続可能性の測定は、今後も複雑なプロセスであり続けるだろう。だがそれでも、それが考慮に値することは間違いない。

提供:
Campaign; 翻訳・編集:

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