David Blecken
2019年6月27日

ブランドが「#KuToo」にできること

職場でのヒール着用に異議を唱える「#KuToo(クートゥー)」運動。「順調なスタート」という提唱者の石川優実氏だが、更なる浸透にはオフィシャルなサポートが必要と訴える。

石川優実氏
石川優実氏

石川優実氏は葬儀場でアルバイトをしていたとき、会社からハイヒールを履くよう強制された。「なんで足怪我しながら仕事しなきゃいけないんだろう」 −− 最初にこうツイートしたときは、「ジェンダー平等を実現する運動の最前線に立つとは思いも寄らなかった」。

このツイートには7万人が「いいね!」をクリックし、リツイート数も3万に達した。「多くの女性が同じ思いを抱いている。ヒール強要はジェンダー差別の問題だと初めて気づいたのです」。都内西部郊外のマクドナルドでインタビューに応じた同氏はグラビアモデルを経て、現在は女優兼ライター。ツイートから5カ月、図らずも日本におけるジェンダー平等実現のシンボルとなった。世界経済フォーラムの発表する「男女平等ランキング」では、日本は依然底辺をさまよう。

フェミニストであることを肯定する同氏は、以前もジェンダー差別に関して声を上げたことがある。2017年、「#MeToo」運動が始まって間もないころ、ソーシャルメディア上で自身の体験を語ったのだ。この時は批判が相次ぎ、あたかも日本におけるMeTooの行く末を暗示するかのごとくだった。世界的と言える規模で起きたこの運動は日本で惨憺たる結果に終わったが、人々はKuToo(『靴』と『苦痛』を合わせた言葉)に対しては大きな関心と賛意を示した。

ただKuTooにも、「自分が有名になりたいだけ」といった非難や誤解に基づく中傷が浴びせられた。だが同氏は「どのようなテーマであれ、日本の社会は女性がはっきりと意見を述べることを良しとしませんから」と動じない。それでも、支持派と反対派は大体同数くらいだったと考えている。いずれにせよ、ジェンダー差別や女性の権利に関する議論に火を付けたことは間違いない。

当初賛同する意見が多かったのは、「多くの人々が向き合おうとしないセクシャルハラスメントに比べ、靴というテーマはずっと気軽だから」。だが、職場での服装に関する規定(文書で明記されていないケースが多い)はたとえ直接的でなくとも「セクハラに該当する」と訴える。詰まるところ問題は靴だけにとどまらず、女性の自由を縛る不文律な社会通念なのだ。同氏はこれまでテレビ局のインタビューには応じていない。「単純な労働問題として捉えられてしまう懸念がありますので」。

これまでコミュニケーションなどの戦略はほとんど取らなかった。「たまにボランティアの助けがありましたが、実際はオーガニックに広がっていきました」。目標は日本社会にジェンダー差別の本当の意味を理解させること。「誰も本当の問題を把握していないので、ソリューションの見つけようがないのです」。

運動を始めてから、いくつかの企業が服装に関する規定を変えた。「ある程度の成功は収めた。最初のステップは達成しました。人々の間で社会問題が存在するという認識が生まれたのです。それまではまったくなかったわけですから」。だが、政府との連携は極めて困難に思える。衆院厚労委員会でハイヒール着用の強制をやめる要望書について問われた根本匠厚生労働相は、「業務上必要かつ相当の範囲」と答えた。こうした見解はさておき、より多くの人々にメッセージを理解してもらうには「コミュニケーションコンサルティングやブランドとの連携など、オフィシャルなサポートが必要」と話す。

靴メーカーは当初、石川氏を「目の敵にした」。だが今はあるメーカーに請われ、快適なフォーマルシューズの開発を共同で行っている。この企業はさまざまなブランドに向けて靴を製作しており、社会的利益の実現に強い関心を抱く。「靴業界だけでなく、もっと幅広い業界のブランドと関係を築いていきたい。ブランドと連携することで社会的・政治的大義が人々にとって身近なものになり、実現が容易になると思うのです」。外部の人間からすれば、こうした関係づくりは決して難しくないように思える。カンヌライオンズなどの広告フェスティバルを見ても、コーズマーケティング(特定のサービスや商品の購入が寄付などを通じ、社会貢献につながることを消費者にアピールすること)への需要は高いからだ。だが日本では、そう簡単に事は進まない。

まず日本のブランドは、米国などに比べリスクを避ける傾向がある。よって社会問題に根差したマーケティングは一般的ではない。また、「概してフェミニズムに対して否定的な感覚があり、企業は距離を置こうとします」。KuTooに対する国際的な関心が高まることで、「日本の人々の考えが少しずつ変わっていってほしい」。

東京の独立系エージェンシー「Whatever」のチーフ・クリエイティブ・オフィサー(CCO)である川村真司氏は、「KuTooは非常に重要な取り組み」としつつも「多くの日本企業の姿勢は極めて守旧的。連携に踏み出すほどオープンなブランドを見つけるのは難しいでしょう」と話す。「新進ブランドやファッション業界のブランドと可能性を探るのが最善策だと思います」。

「企業がこの運動をサポートすれば多くの支持者を得られる」というのはオグルヴィ・ジャパンのCCO、ダグ・シフ氏。「女性をターゲットにしたブランドがなぜ大々的なPRに利用しないのか、理解できません」。

連携は海外ブランドの方が国内ブランドよりも可能性が高いように思えるが、川村氏は「日本企業と組んでこそより強いメッセージを発信できる」という。「グーグルのようなブランドはこうしたコラボレーションにきっと前向きでしょう。しかし消費者は、『ああ、グーグルね。ドレスコードが緩い海外の企業だから……』となる。自由な働き方をしている企業と組んでも、強いインパクトは与えられません」。

更にその前提として、ブランドが女性の権利保護に本当に真剣かどうかを綿密なリサーチで確認すべきだろう。R/GAの欧州・中東・アフリカ担当チーフストラテジスト、ロブ・キャンベル氏は6月26日の自身のブログで「偽のパーパス(企業の存在意義)を悪用したマーケティングが流布している」と嘆いた。「多くのエージェンシーがブランドの本質を調べもせず、パーパスを売りつけていることに強いショックを受けている」。同様に、ブランドにとって注目を集める「大義」に便乗することは、たとえその方針と一致していなくても十分魅力的だろう。

では、KuTooの次のステップは何なのか。「認知度を高めるために、より楽しいものに変えていきたい。一般の人々は政治に距離を置く傾向があります。でも政治と『楽しさ』は決して別々のものではないことを分かってもらいたいのです」。

ソーシャルメディア上での石川氏への個人攻撃がすぐになくなるとは思っていない。「否定的な意見とは闘っていくだけ」。批判する人々の考えを変えることが難しくても、議論自体は避けない。「もし私が意見を発しなければ、批判を受け入れたように思われてしまう。だから第三者にも議論を見てほしいのです。あと、意思表明をしなければ私にストレスが溜まりますから」。

同氏の体験はさまざまな分野とも関わりがある。広告界の女性にとっても他人事ではないだろう。クリエイティブワークの中では、いまだにジェンダーに対するステレオタイプ的な見方が蔓延している。声を大にして意見を述べる女性の存在は、こうした偏見に対して明らかにプラスだ。ではこれまでの体験で、同氏にとって最大の学びは何だったのか。

「おかしいと思ったことに声を上げる −− それがどんなに素晴らしいことかがよく分かりました。日本では女性が怒りを表明するとヒステリーだと言われます。でも、怒りや不満を感じたらそれを表に出すのは当然のこと。私たちには自分の感情を表現する権利があるのですから」

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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