Staff Reporters Tatsuya Mizuno
2023年4月20日

エージェンシー・レポートカード2022:カラ

昨年は経営陣の顔触れが安定したカラ(Carat)。しかし中国で主要クライアントを失い、高い離職率を記録した。

「ドウイン・ザイザイ」を活用したバーバリーのキャンペーン
「ドウイン・ザイザイ」を活用したバーバリーのキャンペーン

昨年、カラの業績は改善した。だが電通傘下の他のエージェンシー同様、中国では苦戦、主要なクライアントを失った。Campaignのメディアエージェンシーランキングでは2021年よりも順位を落とした。

カラが注力したのは、2021年にスタートさせた「デザイニング・フォア・ピープル(DFP)」の推進だ。これは世界の変化が加速化するなか、失われていく人間性を取り戻し、消費者に安心感を与えようという取り組み。「弊社はメディア業界で豊富な経験がある。どの競合他社よりも消費者を理解し、あらゆるクライアントの良きパートナーとなる資質がある」(同社)

昨年はこのDFPをAPAC(アジア太平洋地域)各支社に徹底。デザイン思考を反映したメディアプランでクライアントへの普及を図った。

DEI(多様性、公平性、包摂性)はわずかに向上。女性の従業員が過半数になったが、経営陣にはさらなる多様性が求められる。サービスの質も向上したが、パーパス(企業の存在意義)主導の取り組みは見られなかった。

カテゴリー  2022 2021
ビジネス成長  C+   C+
イノベーション  B- B-
DEI&サステナビリティー   B- C+
クリエイティビティー&エフェクティブネス   B- C+
マネジメント C+ C
*2021年の評価は新たなポイント表に基づくもの。ポイント表についてはこちらから

ビジネス成長 (C+)

グローバル経済の不確実性が増した昨年、カラはよりクライアントに軸足を移すことで成長を目指した。新規事業は全て電通メディアと協働。カラのスタッフは自社と姉妹会社を行き来し、新旧クライアントに対処した。

2021年は自社の潜在力を引き出すオーガニック戦略に注力したが、昨年はグローバル・地域レベルの企業やデジタル企業を積極的にクライアントとして開拓。主だったものはタイのP&Gやマレーシアのピザハット、オーストラリア政府観光局など。この戦略は功を奏し、電通の2022年度第4四半期(10〜12月期)決算ではインドの業績が20%増と大きく伸び、東南アジア、豪・ニュージーランドでも好業績だった。だが、中国では厳格なコロナ対策の影響でクライアントの支出が激減。APAC全体の成長の足かせとなり、年間オーガニック成長率は2.5%にとどまった。

調査会社R3のデータに基づくCampaign AIでは、カラの昨年度の純収益は推定910万ドル、新規事業獲得件数は149。2022年のAPACメディアエージェンシーランキングは11位で、2021年のR3「ニュービジネスリーグ」の10位を下回った。

電通メディアAPACのプレナ・メロトラCEOは、「カラの中国におけるパフォーマンスには失望している」とコメント。「特にゼニア、フリースランド・カンピーナ(オランダ・乳業大手)、ビタソイ(香港・飲料大手)といったクライアントを失ったのは痛手」

カラも他のエージェンシー同様、中国ではリスクに直面した。政府の厳格なコロナ対策により、中国で操業する企業は昨年半ばから支出を減らし始め、その傾向は年末にかけて増大。コロナ禍が直接的要因だったことは確かだが、その連鎖で各企業はコスト削減を強いられ、より安いエージェンシーに乗り換えたクライアントもあった。

カラは同じくタイでデュメックス(仏・乳児用製品、ダノングループ)、香港でフードパンダ(独・フードデリバリー)、インドでヴェルヴェット・ライフスタイル(化粧品)を失った。

それでも弊誌は、昨年に続き評価を「C+(平均的)」とする。いくつかの市場で成長を果たし、業績は2021年よりも改善。注目に値する新規事業の獲得にも成功した。だが中国で主要なクライアントを失い、苦戦したことが全体の業績に影響した。

イノベーション (B-)

イノベーションに関する取り組みで目立ったのは、2020年にスタートした「ブランドEQ」調査の規模拡大だ。EQとは「心の知能指数」を意味し、感情をコントロールして応用できる能力を指す。心の知能指数が高いブランドの研究は急速に進んでおり、カラはこの分野で他社より先行する。

弊誌に示されたケーススタディーは、ペイパル。金融とテクノロジー両分野で独自の地位を築く同社は、若年層におけるブランド認知とポジショニングを把握するため、カラのブランドEQを活用する。

また「電通グッド」「電通インサイト」「電通ゲーミング」「電通クラウドスタジオ」などでも新たな取り組みをスタート。既存の取り組みのリニューアルにも注力する。

電通クラウドスタジオとマイクロソフト、アドビ(Adobe、ソフトウェア)、エヌビディア(Nvidia、米・半導体)との共同プロジェクトでは、電通のグローバルなクリエイティブネットワークを活用、クライアントの効率と実効性の向上をサポート。「弊社のサステナビリティー目標にも効果を発揮する」という。ただし、電通クラウドスタジオは2022年末までに制作用ソリューションプラットフォーム「コンテンツ・シンフォニー」に組み込まれる予定だったため、昨年は具体的な動きが見られなかった。

イノベーションに関しては驚くような事例がなく、グループレベル以外で独自の取り組みも乏しいため、評価は昨年に引き続き「B-(良い)」とした。

DEI&サステナビリティー (B-)

カラの正社員は65%が女性だが、経営陣の女性は36%に過ぎない。電通は2025年までに女性幹部の比率を50%まで上げる目標を掲げるが、その道のりは遠い。今年は賃金のジェンダー格差を精査する予定だ。

DEI(多様性、公平性、包摂性)やアライシップ(社会的弱者を擁護・支援する行動)、インターセクショナリティー(個人のアイデンティティーが複数組み合わさることで起こる差別への理解)、人材価値向上・育成などのプログラムや従業員リソースグループ(ERG)は社内に多い。だが、ジェンダー以外のDEIに関するデータは個人情報保護を理由に開示されなかった。

サステナビリティーに関してはグループレベルで取り組む。電通インターナショナルの包括的アプローチは業界を主導するもので、信用が高い。その一例が、海外事業全体の消費電力を100%再生可能エネルギーに変換したことだ。結果的にスコープ1(直接排出)・2(間接排出)における温室効果ガスの絶対排出量を2019年比で53%削減。SBT(科学と整合する目標)で設定した2030年より9年早い達成となった。

さらにスコープ1・2で残る排出量を相殺するため、自然保護プロジェクトにも積極的に投資。各地域のコミュニティーに良い効果をもたらしている。

カラが成果を強調するのは、航空機が排出する温室効果ガスを削減する取り組みだ。これは社内の作業グループが関連データを調査、航空会社と契約を結ぶ際にネットゼロ条項を加えるというもの。さらにセールスフォースのサステナビリティー管理プロダクト「ネットゼロクラウド」を導入、データの正確性・透明性の向上に努める。しかし、これらの効果を示す具体的データは示されなかった。

他のCSR(企業の社会的責任)活動にも積極的だ。「ザ・コード」というプログラムでは学校などと提携、人種的正義実現のため若いデジタル市民の啓蒙に努める。また、カラは世界経済フォーラムが発足させた「Partnering for Racial Justice in Business(ビジネスにおける人種的正義を推進するパートナー施策)」の創設メンバー。職場における人種差別を根絶し、産業界に人種的公正を実現する新たなグローバルスタンダードを設けようという取り組みだ。

DEI、特にダイバーシティー面での向上を鑑み、この分野の評価は昨年より上げて「B-(良い)」とする。残る課題は経営陣におけるジェンダー平等の実現、DEI・サステナビリティーに関する取り組みの透明性・独自性の推進だろう。

温室効果ガスの削減を実現し、データの精度・透明性が向上した一方、特定のデータや統計はまだ開示されておらず、その効果には疑問も残る。

クリエイティビティー&エフェクティブネス (B-)

カラはゲームやソーシャルメディアのプラットフォームでクリエイティブなサービスを実践したが、主要広告賞の獲得には至らなかった。

昨年最も成功を収めたキャンペーンは、中国版TikTok「ドウイン(抖音)」と協働した英ラグジュアリーブランド、バーバリー TB(鞄)の夏季用モノグラムシリーズ。アバター作成アプリ「ドウイン・ザイザイ(仔仔)」を活用した。

キャンペーンのテーマは、独自のコミュニケーションを通して老舗ブランドを若年層オーディエンスにアピールすること。バーバリーは18の特製バーチャルファッションアイテムを発表、ユーザーは自分のアバターにそれらを着せ、メタバース空間内で他のユーザーとの交流を楽しんだ。

このキャンペーンのインプレッション数は1億8000万回を超え、「バーバリー・アバター」の動画再生回数は1億6000万回、エンゲージメントは1700万回超を達成。調査会社ユーガブ(YouGov)の「ブランドインデックス」によると、ブランド認知は27%、ブランド検討(consideration)は80%、口コミ評価は126%上昇。カラによれば、ドウインのメタバースプロダクトを活用した中国マーケティング業界初の試みだったという。

ターゲットオーディエンスへの確実なリーチ、売上増に関しては定かでないが、カラが従来型メディアの枠を超え、消費者とメディアプラットフォーム、ブランド間で価値交換を創出できることを示した。

ファッション大手H&Mのキャンペーンでは、クリケットのインディアン・プレミアリーグの開催時期に合わせ、モバイル用クリケットゲームを使った男性向けリネン服のプロモーションを展開。ゲーム内の競技場フェンスやスコアボードを使った広告は、カスタマーエクスペリエンスを妨げることなく高いSOV(シェア・オブ・ボイス、広告出稿量率)を記録。ブランド想起、好意度、購入意思を向上させた。

このキャンペーンは6400万人にリーチし、インプレッション数は1630万回。ブランド想起率は23ポイント、好意度は21ポイント、購入意思は25ポイント上昇し、業界の成功基準を上回った。だがキャンペーン後の分析では、ROI(投資利益率)に関するデータやインサイトは示されていない。

トレンドを巧みに利用するカラのメディア戦略は秀逸だ。よって評価は「B-(良い)」とする。今年はパーパス主導の取り組みをより多く期待したい。

マネジメント(C+)

カラは引き続き電通メディアAPACのメロトラCEOが率い、拠点を拡大する。昨年は503名を新たに雇用したが、離職率も39%と高く、メタやラザダ、ショッピーといったテック企業に人材を奪われた。給与面でこれらの企業にかなわなかったという。

離職率は高いが、従業員エンゲージメントスコアは4ポイント上がって71となり、2019年以来最高値となった。回答率も91%と高く、ほとんどの各項目で上昇。最も高かったのは「社内の一体感」(80%)で、次いで「個人の尊重」(79%)「能力開発」(77%)「クライアントとの関係性」(77%)「コミュニケーションの信用度」(76%)だった。

「パス・オブ・タベイ」(世界で初めてエベレスト登頂に成功した女性登山家・田部井純子氏に因んで命名)「ゲームチェンジング・タレント(GCT)」「電通ユニバーシティー」など、人材育成に関するプログラムも豊富。だがこれらのプログラムが離職率の低下にどう効果を発揮するのか、今後見極めねばならない。

女性のキャリア開発を目的とするパス・オブ・タベイは、実際にクライアントとのプロジェクトを進める中で実践する。バーチャルで行われるGCTは1年間に及ぶ学習・開発プログラムで、テーマは自己変革とビジネス変革。電通ユニバーシティーは、様々なテーマについてオンラインで自由に学び合う場だ。カラによれば、従業員の95%がいずれかのプログラムを修了したという。

日本と海外子会社の企業文化の差異を埋めるため、電通は昨年末、組織構造を簡素化し、「意思決定の迅速化と戦略性・透明性の向上を図る」と言明した。文化的ギャップの解消は長年の懸案で、この取り組みは改めて大きな挑戦となる。

Dentsu Xや電通クリエイティブの記事でも述べたが、親会社・電通の東京五輪・パラリンピック大会における汚職・談合疑惑は決して看過できるものではない。東京地検特捜部による任意の事情聴取に対し、要職にあった複数の社員が容疑を認めた。

カラは日本で事業を行っていないが、事件の重大性を鑑みれば全く無関係を装うことはできない。にもかかわらず、弊誌からの問い −− 全社的マネジメントに関し、今回どのような学びを得たか −− に対し回答がなかったことは残念でならない。クライアントはこうした醜聞を防げなかった日本のマネジメントに深い懸念を抱いている。

カラのマネジメント評価は昨年より上げ、「C+(平均的)」とする。経営陣は安定し、従業員エンゲージメントも好結果だった。だが、人材確保という潜在的問題に直結する離職率の高さが懸念材料だ。

メディアプランニング
メディアバイイング
戦略コンサルティング

*事業概要の比率に関する回答はなし

ビジネスプランニング
コミュニケーションプランニング及びコンテンツ
大規模投資とアクティベーション

*得意分野に関する回答はなし。公開情報より特定

アップル
コカ・コーラ
ハイネケン
インテル
マスターカード
メディバンク(豪、保険医療)
チャイナ・モンニュー・デイリー(蒙牛乳業)
マイクロソフト
スタンダードチャータード銀行
ウールワース(豪、スーパーマーケット)

B: 評価理由に関する回答はなし

(文:Campaign Asia-Pacific編集部 翻訳・編集:水野龍哉)

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