Oliver McAteer
2019年6月28日

オフショアリングの台頭:制作費を8割削減できたネスレ

世界各地にあるコンテンツ制作のハブを、多くの広告主が試みている。目指すのは効率性の向上とコストダウンによって、制作会社を広告界の階層構造の頂点につけることだ。

写真提供:Shutterstock
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オフショアリング(業務の海外移転)は我々の想像以上に、粛々とマーケティングコミュニケーションのエコシステムを混乱させている。

質を落とすことなくコスト削減をもたらしてくれる、年中無休のサービス。その価値に着目したエージェンシーや制作会社、ブランドの間ではオフショアリングが勢いを得ている。オフショアリングはまず、制作会社が有能な人材を取り込むのに従って拡大した。それらの企業はブランドにとって、すべてをワンストップで叶えてくれる魅力的な存在に見えてくる。その結果、制作会社が広告界の階層構造の頂点につくことになる。

ピュブリシス傘下のサピエントはインドにコーディング、クリエイティブ、制作、分析のスタッフを3000人配置。オグルヴィもクリエイティブのハブをインドに置いている。ワンダーマン・トンプソンはそのグローバルな活動をデンマークのチームに委ね、同じくWPP傘下のホガースは、コンテンツを海外のいくつかの拠点で制作している。

海外拠点でのコンテンツ制作で、多大な恩恵を享受しているブランドがネスレだ。

「マーケティング戦略を立てて実践する上で、オフショアリングは前向きな変化を大々的にもたらしてくれました」と語るのは、ネスレ・メキシコでコミュニケーションとコーポレートアフェアーズを担当するバイスプレジデント、ジュリー・ロアイザ氏。「コスト、クリエイティブ、時間のメリットを考えると、特にそうなりますね。最初からオフショアリングを、マーケティングプロダクションの効率を上げるための根本的な道筋としてとらえ、現在はブランド、マーケティング、そしてイービジネスの戦略に取り組んでいます」

ネスレのオフショアリングは2017年、ドルチェグスト(カプセル式コーヒーメーカー)のコンテンツ制作でホガースと協働したのが始まりだ。以来、ネスレのレシピサイト、ベビーフードのガーバー(Gerber)や粉ミルクのニド(NIDO)などの乳児用ブランドで本格化した。

ロアイザ氏によると、2018年には乳児用ブランドのデジタルコンテンツ費が前年比43%減、レシピ動画の制作費に至っては80%もの削減が実現した。

「オフショアリングのモデルやプロセス、実行方法は、決まったやり方があるわけではなく、修正や変更がされています。企業の進化と共に簡単に変えることができるのが、オフショアリングの魅力なのです」

似たようなオフショアリングを思い切った価格で提供する会社が多く出現し、ブランドのマーケティングのニーズに合ったパートナーを選別することが難しい状況になっているとロアイザ氏は言う。

さらに「オフショアリングは我々の業界では比較的新しい手法なので、クライアントとパートナー間の提携に関わる課題も存在しています」とも。

「いつも成功に導くための正しいステップについて、経験も明確さもまだ十分ではありません。そのことが結局、パートナーのサービス開発や関係構築の全般に影響を与えるのです。ここで重要なのは、最初の段階からすべての要素が整っているか確認すること、そして定期的に全体のプロセスをチェックすることです」

ホガースは、オフィスのネットワークを世界中に、デリバリーセンターをチェンナイ(インド)に、そして制作ハブのネットワークをメキシコ、ブラジル、ルーマニアに有している。

クライアントは世界中のどこからでも、ホガースのあらゆる機能、人材、設備にアクセスできる。ホガースは、ほとんどのマーケットへのサービスが提供可能であり、クライアントが最高の結果を得る上で最適なロケーションで、サービスを提供している。

ホガースのマイアミオフィスのジェネラルマネージャー、マウロ・バズ氏はCampaign USに対し、「伝統的なものであれ、新しいものであれ、クライアントのグローバルな要求をあらゆる側面から見つめつつ、制作に対して戦略的なアプローチを構築することが大切だと、ホガースでは考えています」と語った。

「その結果、我々がサービスを提供する『正しい』場所は、最高の人材とインフラへのアクセス、パートナーとのインテグレーション、マーケットに到達するスピード、文化的要素、そして当然のことながらコストといった多くの要因によって決まるのです。オフショアリングも往々にして、この要因の一つとなります。そしてクライアントごとの戦略の一部として利用された時に、(オフショアリングは)最高品質を最もスマートに作るという我々の要望を満たす、非常に効果的な手段となるのです」

制作費が抑えられ、マーケティングが縮小する昨今、コストはオフショアリングを後押しする唯一の要因ともいえ、無視することはできない。一方、オフショアリングによってクライアントには、グローバルな人材供給の道が見えてくるのも事実である。これがクライアント自身の発展にもつながり得ると、バズ氏は指摘する。

また、「プロジェクトごとに見た場合、かなりの費用削減をもたらすのは事実ですが、オフショアリングの最大のメリットは、制作におけるクライアントのすべてのニーズに対し、グローバルな戦略的アプローチがとれること」とも。

「このアプローチには、かなりのメリットが期待できます。特に、制作されたコンテンツの効率や、より良いものを制作する能力という点で、そのメリットはあらゆる分野で顕著です。そのため、制作するコンテンツの量を最小限に抑え、最大の効果が期待できる部分に資金を集中できるのです」

このような機運はクラフト ワールドワイド(マッキャン・ワールドグループの制作会社)でも同様だ。同社は世界のあらゆる地域のブランドに対し、サービスを提供している。

「コンテンツに対する要求は膨大ですが、制作チームがクライアントをどのようにサポートするかについて制作意欲をかきたてられる機会が得られ、刺激を受けます」。このように話すのは、クラフトのエクゼクティブ・バイス・プレジデントでグローバルオペレーション責任者のシェイ・フー氏だ。

「時間的制約やクライアントからの規模的な要求によって、品質が犠牲になることは決してありません。クラフトの仕事はISO(国際標準化機構)に認証されたプロセスと技術に裏打ちされ、あらゆるプロジェクトがどの地域においても、一貫性と効率を維持しています」とフー氏は強調する。

「予算の制約の中で生まれたものは戦略的なモデルへと進化し、コンテンツを活性化します。オフショアリングは費用効果が高いことに加え、効率性を高めて大規模な制作を可能にしてくれる新たな人材へのアクセスも、可能にしてくれるのです」

フー氏はさらに、「内容の複雑さ、時間的、経済的制約に関係なく、クライアントのビジョンを具体化することができる、と私たちは自信を持ってクライアントに伝えることができます。その約束を果たすため、世界各地での機能強化は極めて重要です」とも。

コンサルティング会社フロック・アソシエイツのサイモン・フランシスCEOによると、彼のチームがアウトソーシング(伝統的なエージェンシーモデルである外部委託)、インソーシング(外部スタッフに社内で業務を行わせる)、インハウス化(社内の人材で業務を遂行)に関する長所と短所を検討した際に、オフショアリングの大きなメリットを見出すことが多かったという(特にデジタル、制作、データ分析の分野において)。

「仕事をスピーディーかつ効率的に進める手段であるオフショアリングが、広告主だけではなくエージェンシーにもたびたび見過ごされています」とフランシス氏。「膨大な量のコーディング作業は既にインド、タイ、ベトナム、コスタリカ、マレーシア、チェコ、ハンガリー、ポーランドなどのコストの安い国々で行われています」

「複雑ではないクリエイティブの仕事や、デジタルワーク、制作、データ分析をオフショアで実施することで、かなりのコストを(質の低下を招くことなく)引き下げることが可能です。我々はこの方法で、単価当たり30~70%のコスト引き下げに成功しました」

「エージェンシーや広告主が、オフショアリングのメリットをあまり検討しないことに驚かされます。当社にはテクノロジーを構築し、データ分析を管理する開発チームがインドにあります。スマートテクノロジーを駆使して、太陽を追いかけるように働くのが私たちの流儀なのです」

オフショアリングに関する取材申し込みをサピエントは拒否、オグルヴィとワンダーマン・トンプソンは無回答であった。

(文:オリバー・マカティア 翻訳:岡田藤郎 編集:田崎亮子)

提供:
Campaign Japan

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