David Blecken
2019年8月26日

広告賞への提言

広告代理店に所属する審査員を減らし、ベンチャーキャピタリストやエンジニアを −− カンヌライオンズ審査員が、委員会の変革を提案する。

林智彦氏
林智彦氏

博報堂グローバル統合ソリューション局でインタラクティブ・ディレクターを務める林智彦氏は、一般の大手広告代理店社員とはやや趣を異にする。以前は自身の会社を経営し、デジタルサービスの最先端で働くさまざまな人々と密に協働した。

同氏は今年、カンヌライオンズ ・モバイル部門とワンショウ(the One Show)・インタラクティブ部門に審査員として参画。世界的広告賞に参加することの楽しさや、それらの役割の重要さは理解するが、より有意義なものにするためには新たなアプローチが必要とも考える。企業が、コミュニケーションだけでなくクリエイティビティーの役割も認識するにはどのような改革が必要か −− 来月シンガポールで開催されるスパイクスアジアを前に、新たな部門の設置や審査委員会の変革など、広告賞の課題を語った。

広告賞の運営で、どのような点を是正するべきだと思いますか?

多くの点が改善されましたが、投票以前のエントリーのプロセスを一つひとつ徹底的に見直すべきだと思います。詐欺行為を見抜くのは難しい。どのエントリー作品も、100万のページビュー数があったとアピールします。果たしてそれは本当なのか。虚偽を見抜く作業に、審査員はエネルギーのほぼ半分を費やします。

カンヌライオンズ のエントリー数が減っているのはなぜだと思いますか?

現実的なソリューションとカンヌライオンズ の世界とのギャップは広がるばかりです。私の仕事は、しばらく前からコミュニケーションだけでなくデジタルサービスも創出することです。こうしたサービスはどの部門にエントリーすればいいのか、判断が困難です。有意義な仕事だとは思いますが、あくまでもクライアントのビジネスを成長させるためのもので、注目度という点では劣ります。カンヌライオンズによりフィットするのはクリエイティブブティックでしょう。彼らのブリーフは時に、カンヌで賞を獲ることを目標に置いていますから。そのようなブリーフを我々に求めるクライアントは、近年ほとんどいません。

「ソーシャルグッド(社会貢献を促進する取り組み)」広告のエントリーが各賞で増えていることをどう思いますか?

クリエイティブワークと実際の課題解決とのギャップを広げていると思います。問題は、これらの作品が広告賞のために作られていること。実際の広告活動ではないのです。

賞の獲得を目的とした作品制作を、広告会社は正当化しているのでしょうか?

そうは思いません。そうした姿勢では、マーケティングや「人」のインサイトを決して把握できませんから。広告会社は大手以外のクライアントのために有意義な、あるいは最先端のマーケティング手法を編み出すべきなのです。データサイエンティストと協働したり、スタートアップのためにビジョンを作ったり、小規模企業のCEOたちとポストインターネット時代のキャンペーンを考えたり……。こうした仕事の方がよりやりがいがあり、自分の価値を高めてくれます。

典型的なエントリー作品は、マーケティング界の実情を的確に反映していると思いますか?

いいえ。D2C(Direct to Consumer)やモビリティ、スマートシティに関するアイデア、あるいは決済方法とブランディング、ロジスティックス改革とコミュニケーションの融合など、イノベーティブなものがもっとあるべきです。心からそう思います。

新設部門はどのようなものを期待しますか?

「ビジネスイノベーション部門」のようなものが設けられるのではないかと思います。個人的には、クリエイティブディレクターやクリエイティビティーが最新のビジネスにも適応できることを証明したい。例えば、ケンタッキーフライドチキン(KFC)が中国で展開した「ポケットフランチャイズ」(今年のカンヌのモバイル部門で二つの金賞を獲得)。これは広告の枠を超えたイノベーションです。ですから、クリエイティブが生み出す新たなビジネス手法を審査する部門があった方がいいと考えます。審査員は12人で構成されますから、例えばクリエイティブディレクター、ベンチャーキャピタリスト、エンジニア、データサイエンティストを3人ずつ選べばいいでしょう。クリエイティブとデジタル業界の理想的な融合になるはずです。

マーケターは審査員に含まれるべきですか?

CXO(カスタマーエクスペリエンスオフィサー)や経営レイヤーのマーケターであれば、審査員に入れるのは良いことでしょう。宣伝部のマーケターだとクリエイティブディレクターと発想が似てくるので、今と同じになってしまいます。従来的な「4P(製品=Product、価格=Price、プロモーション、流通=Place)」ではない観点から判断できる人間が必要なのです。

ベンチャーキャピタリストはカンヌでどのような役割を果たせると思いますか?

彼らは査定に関するプロですから、クリエイティブたちのどのようなスキルや制作物が有意義で、スケールする可能性があるか判断するのが主な役割になるでしょう。スタートアップの設立者は大きなビジョンを持っており、それに対して投資を行います。テクノロジーだけでなく、彼らの情熱やビジョンの独創性、人へのインサイトといった面からも、普段ベンチャーキャピタリストは判断しています。

林さんの提案する方向性に、広告賞の主催者は賛意を示すと思いますか?

彼らも同じことを考えていると思います。なぜなら、彼らはもっと多くのクライアントに参加してほしいと考えており、クライアントはこうした改革に関心を持っているからです。来年はカンヌライオンズが新たな部門を設けることを期待しています。ワンショウのオーガナイザーと話をしたのですが、彼らもクリエイティビティーをもっと推進したいと考えています。ですから私のアイデアがクリエイティビティーを伸ばし、刷新すると考えるのならば受け入れてくれるでしょう。しかし、ビジネスやデジタルテクノロジーだけを重視していると思うなら、(採用は)期待できません。クリエイティビティーこそ我々の力であり、それを常に刷新していくことが有意義なのです。

まだ多くの人々が、ビジネスとクリエイティビティーはまったく別物だと捉えています。

そうですね。以前の自分の会社では、私の主な仕事はビジネス成長とデジタルコミュニケーションを融合させることでした。それが私自身の「価値」となりました。この経験から学んだのは、己の独自の価値を創造しなければ、この世界では生きていけないということでした。私はアーティストやベンチャーキャピタリスト、起業家たちと一緒に仕事をしましたが、広告業界では希少な経験です。彼らは新たな発想の原動力になってくれます。

ベンチャーキャピタリストを惹きつけるために、広告賞の主催者は何ができますか?

単純に、審査員のラインナップを変えればいいのです。広告賞を見定めるとき、我々は関係者をチェックします。ですから、構成を変えることが肝要です。例えばビジネスマン、アーティスト、デジタルのスペシャリスト、コンサルタントなどを組み合わせれば面白いでしょう。肝心なのは、こうした組み合わせで新しい「化学反応」の可能性が生まれることです。(広告賞では)時代の最先端の判断基準が生まれそうなふん囲気作りが重要で、審査員のラインナップや部門の設定もそれに影響します。

クリエイティブ部門のエントリー作品は、ビジネス成果や効果も示すべきだと思いますか?

もちろんです。なぜならクライアントの目的は、カンヌで賞を獲ることやソーシャルグッドマーケティングそのものではなく、何かを変えることだからです。ビジネスの影響力は、変革に重点を置くことと直結します。結果として売上を語ることだけではありません。例えば人々の価値観を変えたり、流通を独創的に変革したり、翌年に売上を5%伸ばしたり、従業員のモチベーションを変えたりといったことも考えられます。ですからビジネス成果は、その前後の段階を考慮する必要があります。

世界の広告賞の審査員は、国籍や人種という点でバランスは取れていますか?

どの部門も、インド人か中国人を一人加えることでよりバランスが取れるでしょう。いまだに審査員の構成は北・南米や西洋諸国に偏っています。中国やインド、あるいはIT界などから新しい人材を選ぶことが得策です。

広告業界の現状をより反映するために、ほかにどのような改革が必要だと思いますか?

よりグローバル化を目指し、より変革に注力する必要があります。今年のカンヌのグランプリは是非、KFCのポケットフランチャイズに獲ってほしかったです。売買の新たな可能性を示し、楽しく、テクノロジーで世界をリードする中国の先端事例だからです。世界の流れを象徴するアイデアとも言えましょう。業界以外の人々の注目を(広告賞に)集めるには、グローバルな発展に注力することが大切だと思います。

(文:デイビッド・ブレッケン、翻訳・編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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