Tetsuya Honda
2017年7月13日

カンヌを獲るために、危機管理の専門家が必要な時代

物議をかもす大胆なクリエイティブの制作には、リスク管理の観点が今後ますます重要となっていくだろう。

本田哲也氏
本田哲也氏

今年も、世界最大のクリエイティブの祭典「カンヌライオンズ」が終了した。僕自身、今年はPR部門の審査員を務め、世界中からエントリーされた2200を超える作品を審査した。ピュブリシスグループが、「来年はカンヌを初めとする広告祭に一切参画しない」と発表したことは大きな波紋を呼んだが、世界中の業界関係者にとって、カンヌはある種のモチベーションであり続けるだろう。言うまでもなく、カンヌを獲るためには優秀なクリエイティブチームが必要だ。しかし、これからのカンヌに挑むには、その他に意外な専門家が必要となるかもしれない。それが、カンヌのビーチとはおよそかけ離れたイメージの、「危機管理の専門家」だと言ったらどうだろうか?

今年のカンヌを席巻したキャンペーンの一つが、間違いなく「Fearless Girl(恐れを知らない少女)」だろう。PR部門はじめ、アウトドア部門やグラス部門のグランプリに輝いた(初日に記者会見したこの3部門のグランプリが同一キャンペーンだったことで、その強さは決定づけられた)。

キャンペーンの概要はこうだ。「チャージング・ブル」といえば、ニューヨークのウォール街にある巨大な雄牛(ブル)の銅像。今にもチャージ(体当たり)しそうな荒々しいブルは株式市場のエネルギーやパワーの象徴で、マンハッタンの観光名所でもある。米投資会社のステート・ストリート・グローバル・アドバイザリーズは、このブルに真っ向から立ち向かう構図で「Fearless Girl」と呼ばれる銅像を設置。女性の活躍が限られ、ジェンダーイコールの課題が大きい金融業界に一石を投じた。このキャンペーンはたった12時間でツイッター10億リーチを達成し世界中の話題となり、同社が運用する女性活躍を指標にした「SHEファンド」の売り上げは384%向上した。

このキャンペーンが大きな評価を得た理由は、ジェンダーイコールというテーマ性や成果の具体性にもある。しかし最も賞賛されたのは、キャンペーンそのものが”Fearless”であったこと――既得権益に対して恐れをなさず、勇気あるメッセージを発信したことだ。企業やキャンペーンが「勇敢であること」は、ここ最近のカンヌで指摘されている重要なポイントであり、今回の「Fearless Girl」に限らず受賞作品の一つのトレンドだといえる。

FearlessでControversial(物議をかもす)なキャンペーンは、不確実性の増す現代社会では歓迎されるべきものだ。ソーシャルメディアの定着した情報環境では、保守的なメッセージはそもそも日の目を見ない。しかしながら、これは同時に企業のリスクが増大することも意味する。成功すれば賞賛され評価されるが、Fearlessになればなるほど、裏ではリスク管理も必要になってくる。想定される炎上、ブランド毀損、はたまた訴訟などのリスクにどう備えるか――これらを放置したまま、「見せかけ」だけで勇気を持つのは危うい。つまり、現代的に評価されるクリエイティビティーを追求するには、その裏でニーズが比例するのがリスク管理だというわけだ。

海の向こうのカンヌでFearless Girlが賞賛されてからわずか2週間後。日本では対照的なことが起きた。サントリービールの新商品「頂(いただき)」の発売にあたって7月6日に公開された動画『絶頂うまい出張』が、わずか1日で公開中止に追い込まれたのだ。出張先で出会った女性が新商品のビールを官能的に飲み干すという設定の動画は、「セクハラ」「女性蔑視」「品性下劣」などの批判を一気に浴び炎上した。これだけ日本でもジェンダーイコールに関心が集まる中、ある意味、相当に「Fearless (恐れ知らず)」なコンテンツ企画であったともいえる。その後の報道によれば、企画は大手広告会社グループ主導であり、事態の収拾にあたったサントリー広報部が企画段階から関与していた可能性は低いように見受けられる。

「危機管理を含むPRは、我々社内の広報部が全てをリードしました」Fearless GirlキャンペーンのPRを主導した、ステート・ストリート・グローバル・アドバイザリーズの北米担当広報責任者であるアン・マクナリーは言う。「初めてこの少女の銅像のモックアップを見た時、ひとりのビジネスウーマンとして心が動きました。そしてすぐにPRのプロとして思いました。これはしっかりとリスク管理をしなきゃいけない、と」。このキャンペーンの裏舞台では、広告会社であるマッキャンNYと、社内の広報部が緻密に連携していた。世界中がジェンダーイコール重視の「空気」の中、「空気を読んだ勇気」であったFearless Girlと、「空気を読まない暴走」となってしまったサントリー。この溝は、社会文脈ひいてはPR文脈を苦手とする日本企業の弱さが端的に露呈しているようにも思える。

巨大化したコミュニケーションビジネスでは、それぞれの専門性がサイロ化している。カンヌ的な業界人にとって、危機管理は「遠い世界の面倒なこと」。危機管理の専門家にとって、カンヌは「自分に関係のないお祭り騒ぎ」だ。しかしながら、ソーシャルメディアの普及により、良くも悪くも「情報の増幅装置」と化した現代では、その双方が同時に必要なのだ。アンコントロールをコントロールしていく努力と工夫を惜しまず、「空気を読める恐れ知らず」でいきたいものだ。

(文:本田哲也 編集:田崎亮子)

本田哲也氏は、ブルーカレント・ジャパン代表取締役社長、米フライシュマン・ヒラード上級副社長兼シニアパートナー。カンヌライオンズ2017でPR部門審査員を務めた。

提供:
Campaign Japan

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