Matthew Keegan
2022年10月21日

世界規模の景気後退に、広告業界は対応できているか?

世界的な景気後退懸念が高まるなか、APAC(アジア太平洋)地域のエージェンシーはどのように備えているのだろうか。また、この状況を、小規模エージェンシーがチャンスに変えることは可能だろうか。関係者に話を聞いた。

世界規模の景気後退に、広告業界は対応できているか?

9月に行われたIDCの調査によれば、世界の企業幹部の過半数(59%)が、2023年にリセッション(景気後退)が起こると考えている。インフレ対策として銀行が金利を引き上げ、世界的に経済成長が鈍化するなど、来年には世界的な景気後退が迫っているようだ。

マーケティング業界にとって、景気後退が予算削減と社員のレイオフを意味することは間違いない。直近に世界同時不況となった2009年には、広告費は12%減少した(グループエム(GroupM)、マグナ(Magna)、ゼニス(Zenith)による推定の平均)。

「2023年に景気後退が起これば、エージェンシーは、控えめに見積もっても10~12%の社員を解雇するだろう」と語るのは、フォレスター(Forrester)のプリンシパルアナリスト、ジェイ・パティソール氏だ。「しかし私の予想では、業界は景気後退に対応する準備が十分にできている。マーケターやエージェンシーは、パンデミックを経て、広告費の再分配やチャネル最適化の戦略をすでに確立しているからだ」

低成長期間のマーケティングの重要性

コンサルティング企業、アナリティクス・パートナーズ(Analytics Partners)は2022年前半、ブランドは広告費削減に慎重になるべきだと警鐘を鳴らした。同社によれば、2007~2008年の景気後退の際にもマーケティング投資を続けたブランドの60%は、ROI(投資収益率)の向上を経験している。

アセンブリー(Assembly)でAPAC担当マネージングディレクターを務めるリチャード・ブロスギル氏も、「ここ数年、パンデミックの影響を見てきたが、低成長期間のマーケティングが、中長期的成長には不可欠であることを改めて確信した」と語る。「我々はクライアントと活発に対話をおこない、景気後退に備えた長期的戦略や展望の構築を支援している。さまざまな課題の存在はオープンかつ現実的に受け止めているが、我々はこうした展開をおおむね楽観的にとらえている」

独立系クリエイティブエージェンシーのザ・コア(The Core)のマネージングパートナー、レベッカ・ターナー氏は、景気後退に備えたシナリオの構築は、特に積極的には行ってはいないと述べる。「経験豊富なクライアントは、良い時期も悪い時期もブランドを維持する必要があることを理解している」と、同氏は言う。

一方で、景気後退による予算の削減や案件数の減少に気づいている関係者もいる。

アーキタイプ(Archetype)でリージョナルディレクターを務めるリー・ニュージェント氏は、「今年前半と比べて、新規案件の依頼件数が減少している。また一部のクライアントは、無理もないことだが、経済状況の悪化に備えて計画を再考し、裁量的支出に対しては、より慎重になっている」と述べる。「とはいえ、これが全体的傾向としてすべての分野にあてはまるというわけではない。(今年が)APAC地域にとって過去最高の年になるという我々の予測に変わりはない。ただし下半期は、事前に備えていた通り、より厳しい状況になると考えられる」

データ、クリエイティブ、パフォーマンスに特化したマーケティングエージェンシーであるジェイウィング・オーストラリア(Jaywing Australia)のCEO、トム・ギーキー氏によれば、最も大きなリスクを抱えるのは、サービスの幅が狭いエージェンシーだという。そうしたエージェンシーにとって、戦略を柔軟かつ機敏に転換するのは容易なことではない。

「経済状況の悪化が続くとしても、エージェンシーは、マーケティング目標に全力で取り組み、ポジティブな成果の実現に尽力していることを、クライアントに示さなくてはならない」と、ギーキー氏は言う。「そして、コアサービス以外についてもその姿勢を示す必要がある」

ブレイヴ・ニュー・ワールド(Brave New World)でCEOと最高クリエイティブ責任者を兼任するジューノ・サイモン氏も、困難な時期を乗り切るには機敏さが不可欠だと語る。

「しかし、言うは易く行うは難しだ。ほとんどの企業は、好況を前提とした体制になっており、短期間に体制を切り替えるのは難しい」と、サイモン氏は言う。「消費者との複数のタッチポイントをカバーする形で、多様なサービスを包括的に提供する統合モデルを採用するエージェンシーであれば、少ない予算で効果をあげられるような何かしらのサービスを提供でき、クライアントの役に立つことができるだろう」

不況に強いクライアント

迫り来る世界的なリセッションを乗り切る方法の一つは、不況に強いクライアントを獲得することだ。

「私が考える、不況の影響を受けにくいクライアントとは、各種公共サービスやガス、医療、生活必需品といった業種の企業だ」と、ハイリンクデジタル(Hylink Digital)のマネージングディレクター、ハンフリー・ホー氏は言う。「一般にこうしたクライアントは、金融やテクノロジー、スタートアップ、急成長企業、D2C(direct-to-consumer)などとは異なり、景気後退の際にも、広告費を増加させるか維持する傾向にある。したがって、キャンペーンを提案する際には、こうした業種の案件を選ぶことが重要になる」

ホー氏はまた、この新たな変化に応じて、クライアントの事業再編や事業転換を支援するサービスを提供することが、エージェンシーにとって極めて重要になるだろうと述べた。

結局のところ、適応力のあるエージェンシーとは、景気後退をただ乗り切るだけでなく、それを成長機会へと転換できるエージェンシーのことだ。この点について、大多数の意見は一致している。

「適応することは、エージェンシーの役割であり、最も能力を発揮できる側面だ。我々は未来志向で変化を見据え、成長を加速させることができる」と、アセンブリーのブロスギル氏は言う。「こうした重要局面においてこそ、新たなデジタルアクティベーション、新興テクノロジー、斬新なブランドキャンペーンといったマーケティングイノベーションが、傑出した長期的成長をもたらすのだ」

マーケティングのインハウス化

過去の景気後退時においては、各社がマーケティングをインハウス化することでコスト抑制を試みたことが、エージェンシーへの逆風となった。こうした動きは今後、どれだけ脅威になるのだろうか?

「コスト面の不安からインハウス化を進めるというのは、そもそも方針として間違っている」と、ブロスギル氏は言う。「直近の危機を乗り切る短期的な解決策にはなるかもしれないが、有能な社内チームを構築するのに必要な長期的投資は、そうした利点を相殺してしまう可能性がある」

アーキタイプのニュージェント氏によれば、現在の経済状況は、インハウス化を顕著に加速させるようには作用していないという。「実際、組織における景気後退時の典型的な対応は、インハウスチームの採用ではなく、固定費の削減だ」と、同氏は指摘する。「景気後退の際、企業は一般的には変動費となるエージェンシーサービスへの依存度を高める──ただし予算自体は削減されるのだが」

一方、M&Cサーチ(M&C Saatchi)・オーストラリアのエミリー・テイラー氏は、オーストラリアとニュージランドの市場において、インハウス化のトレンドは目新しいものではなく、むしろ好機と捉えていると話す。「我々は何年も前から、クライアントにインハウスモデルの構築やコンサルタントサービスを提供してきた」

M&Cサーチは2022年8月、インハウスコンサルタンシーであるマイクロエージェンシー(Micro Agency)を立ち上げた。このチームは、クライアントと経験を共有し、クライアントのインハウスチームの立ち上げや改善を支援するとともに、M&Cサーチグループとして培った専門性を活かして、クライアントのインハウスチームを成長させる役割を担っている。

「こうした柔軟なハイブリッドサービスにより、クライアントにインハウスと外部スキルの両方の利点がもたらされると同時に、どちらの側面でも我々は能力を発揮することができる」と、テイラー氏は説明する。

ハイリンクのホー氏は、インハウス化によってコストが抑制できるとは考えていない。同氏によれば、問われるべきなのは、マーケティングのインハウス化によってどのような価値を生み出せるかだ。「インハウス・マーケターは、新商品が直面するだろう課題については予測できるが、エージェンシーが提供するようなデータサイエンスやカスタムオーディエンス、戦略的思考などは持ち合わせていないことが多い」と、同氏は指摘する。

ライオン&ライオン(Lion & Lion)のCEO、フレデリック・B・ガンペル氏によれば、エージェンシーにとっては、企業がコスト節減のためにマーケティングをインハウス化することよりも、全体的なマーケティング予算が減少することの方が、より大きなリスクだ、という。

「不確実性が増大するなかで、企業は正社員の人件費などの固定費を削減しようとするだろう。社内マーケティングチームを縮小し、外部のエージェンシーに業務を委託することで、より柔軟な変動費に切り替えるのも一つの方法だ」と、ガンペル氏は言う。

独立系エージェンシーにとっては好機になるか

景気後退は、エージェンシーにとって、終焉の予兆というよりは、むしろ一歩前に踏み出し、自らの得意とすることを実現する好機となる可能性もある。つまり、少ない投資でより大きな成果をもたらすということだ。

「厳しい経済状況はいつであれ、エージェンシーにとって実力を発揮するチャンスだ」と、アーキタイプのニュージェント氏は言う。「安価に実現できる傑出したクリエイティブアイディアや、クライアントにとってROIが明確なマーケティングプログラムに、自然と注目が集まる。適応力と即応力を兼ね備えたエージェンシー、(そしてコミュニケーション戦略の範疇にとどまらず、)クライアントのビジネス上の課題を本質的に理解しているエージェンシーは、低迷する市場のなかでも成長を続けるだろう」

ザ・コアのターナー氏は、好況か不況かにかかわらず、少ない投資で大きな成果を実現するという、エージェンシーへのプレッシャーに変わりはないと語る。「予算が少なくても、コアアイディアを実現し、クライアントを際立たせることはできる。むしろ、広告費の逼迫によって、効果的なクリエイティブの重要性はかつてないほど高まっている」

インドに拠点を置くブレイヴ・ニュー・ワールドは、景気後退に備え、小さなコンテンツ・フォーマットに重点を置く形で、コンテンツ戦略を最適化するよう計画中だ。サムストッパー(スマートフォンのスクロールを中断させるコンテンツ)と呼ばれる短編モバイル動画広告や、シネマグラフ(画像の一部だけが動く静止画)は、大型フォーマットに比べて広告費を低く抑えることができる。

「逆境においては、セレブリティや著名インフルエンサーよりも、多数のナノインフルエンサーと提携する方が、マーケティング費用を節約できるだけでなく、ブランドの草の根レベルのつながりも強化できる。景気後退の際には、こうした取り組みが不可欠だ」と、ブレイヴ・ニュー・ワールドのサイモン氏は述べる。

だが、誰もが楽観的なわけではない。デジタルマーケティング業界は近年急成長を遂げ、大勢のマーケターが新たな役職に就いたが、彼らの多くはまだ経験不足であり、ビジネス面での洞察力や業界での競争力をまだ持ち合わせていないと、ジェイウィングのギーキー氏は指摘する。

「今後、そうしたマーケターやエージェンシーの多くは馬脚を現し、困難に直面する可能性が高い。単純に、彼らは経済状況の逆風や強いプレッシャーを経験したことがないからだ」と、ギーキー氏は語る。「逆にいえば、組織や人材開発、プロセス構築等に十分に投資してきたエージェンシーは、ライバルに差をつけ、市場の状況にかかわらず成長を続けるだろう」

ライオン&ライオンのガンペル氏の考えでは、最高マーケティング責任者は今後、少ない投資でこれまでと同等の成果をあげるというプレッシャーに直面する。しかしそれは、小規模エージェンシーにとっては強みを発揮する好機ともなり得る、と同氏は確信している。

提供:
Campaign; 翻訳・編集:

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