Atifa Silk
2017年6月08日

dentsu Xの日比野貴樹氏、その足跡を語る

シンガポールに拠点を置く日比野貴樹氏がインタビューに応じ、アジアでの生活、顧客対応の変化、そして体験価値の創造においてデータが果たす役割について語る。

日比野貴樹氏
日比野貴樹氏

電通の執行役員として初めて海外に駐在する日比野貴樹氏の仕事は、日本の大手企業の海外での知名度を確立することだ。電通に34年間勤務する日比野氏は、同社のグローバルメディア事業の責任者としてdentsu Xと、電通イージス・ネットワークでアジア太平洋地域の指揮を執る。今回メディアのインタビューに初めて応じた日比野氏は、自身の経歴や電通ブランドに対する思い、海外展開に望むものについて語ってくれた。このインタビューがシンガポールで行われたのはちょうど、dentsu Xがメディアビジネスを欧州に拡大し、電通の名の付いたエージェンシーがアジア以外で初めて設立されると発表されたタイミングでもあった。

電通に入社した経緯を教えてください。

私は1983年、今から34年前に電通に入社しました。大学卒業後は電通一筋の、典型的な日本人ビジネスマンです。実は私の父も電通で働いていました。父が54歳の若さで亡くなった当時、私は17歳の高校生で、普通のサラリーマンになる気はありませんでした。しかし電通がこれまで何をしてきた会社で、何を目指しているのかを知るうちに興味を持つようになり、この会社で働くことを決心しました。

最初に興味を持ったのはスポーツ事業でした。入社したのはロサンゼルスオリンピックの前年で、電通がスポーツ事業に力を入れ始めた頃でした。オリンピック関連の刺激がたくさんあり、とても感動したことを覚えています。きっと私には父と同じように、電通マンの血が流れていたのでしょう。入社以降、私はストラテジー、クリエイティブ、メディアの各部門と共に、営業やメディアの仕事に従事してきました。34年の電通勤務のうち30年以上は、営業の仕事をしたことになります。主な顧客には富士フイルム、NTT、ブリヂストン、海外企業としてはコカ・コーラ、マクドナルドなどがありました。

日本では私のように、卒業と同時に企業に入り、長年同じ会社で働く人が多く、他の国とは状況が異なります。優れた人材の採用について尋ねられたとしても、私にはあまり経験が無くてよく分からない、と答えざるを得ません。

海外で働きたいという気持ちはありましたか?

驚かれるかもしれませんが、私は電通で初めての、海外に駐在する執行役員です。これは初めて申し上げることですが、私は電通に入社した時、国際的な仕事に就くことを強く望んでいました。でも当時の電通には、海外関連の仕事が極めて少なかったのです。20代で交換留学生として海外に出たこともあり、外の世界にとても魅力を感じていました。電通で働くことを選択した結果、30年間近く国内の仕事に従事することになりましたが、57歳になって望みが叶い、夢見ていた海外ビジネスを担当するなど全く予想していませんでした。ですから喜んでこの役目を引き受け、海外で働く最初の執行役員となったのです。5~6年前、電通の海外売上は全体の7~8%にすぎませんでしたが、昨年は55%と半分を超えました。今や国内売上よりも多いのです。そんな状況下、電通を真のグローバル企業に育て、強固なネットワークを構築することが私の役目だと思っています。

海外での仕事は、個人的に、あるいは企業人として、どのような難しさがありますか?

私はシンガポールに単身赴任しており、家族は東京にいます。妻は父親と私の母親の面倒を見、11歳になる犬の世話もしています。犬も含めた家族全員の世話をしているのです。私は10月で58歳になりますが、人生のこのステージでこのような経験ができることに、大きな喜びを感じています。ヨーロッパやアメリカへの出張は体にこたえますが、現在はメンタルとエモーションの両面において、これまでにないほど絶好調です。それはそうでしょう、ここには上司も妻もいないんですから(笑)。冗談はさておき、私は顧客と会ったり執行役員会に出席するために、月に1度は帰国します。ですから家族ともちゃんと会っています。

アジア諸国は日本とは異なります。日本は均質な国で、受け手のバラエティーやダイバーシティーを考える必要に、あまり迫られてきませんでした。一つの言語で、伝えるメッセージも一つです。しかしアジア太平洋地域には多くの国と文化が存在し、クライアントはそれぞれの国にふさわしいマーケティング手法を展開しなければなりません。中国のデジタル経済の急成長ぶりには目を見張るものがありますし、ミャンマーのような国では一足飛びにモバイル時代に突入し、先進国と同じようなビジネスが生まれています。チャンスに恵まれ、可能性を秘めた市場なのです。

顧客へのサービスは、どのように変化していますか?

電通には、顧客中心という考え方があります。顧客をビジネスの中心に据えるというのは、他では見られない関係構築の仕方かもしれません。50年以上と決して短くない期間にわたって、良好な関係を続けている顧客も多く存在します。我が社には、顧客が抱える課題を何が何でも解決するという文化があり、マーケティングを取り巻く環境が厳しさを増す中でも、この文化は変わることがありません。

電通は事業をグループから切り離したことが、国内では一度もありません。業界内で事業の切り離しが盛んだった10~15年ほど前、電通は時代遅れの巨人と称されたこともあります。しかし、電通は個々のサービスの提供に終始せず、トータルなソリューションを提供し続けていきたいと考えており、全ての事業を守り続けてきました。その姿勢はこれからも保持していきます。この目まぐるしく変化し、細分化された現代社会において、我が社が提供する総合型のアプローチは以前にも増して価値が高まっていると思います。私は電通が日本を越え、アジア太平洋地域を越えて羽ばたいていけると信じています。それを実現するのが私の役目なのです。

顧客体験の創造における、データの役割についてお聞かせください。

マーケティング理論におけるデータの役割は重要です。そしてデータは、ファーストパーティーデータ、セカンドパーティーデータ、サードパーティーデータを、一つのユニバーサルIDのもとでまとめることができる、新たなコミュニケーション手段となるでしょう。広告会社はデータの背後にある人々の価値観や動機、そして人間そのものを理解する必要があります。マーケティングが変化し、データと人間に焦点を合わせることが求められるようになっています。

この課題に挑戦するため、電通グループのDNAをイノベーションにおいても維持しつつ、ネットワークを構築し、全体の再編を計っています。私たちは単にメッセージを広告で発信することよりも、エクスペリエンス(顧客体験)の力を信じています。人間やデータ、広告配信を統合的に理解し、人に寄り添った体験価値をデザインしていくことこそが、電通のマニフェストなのです。

(このインタビューは、英語で行われた。 文:アティファ・シルク 翻訳:岡田藤郎 編集:田崎亮子)

dentsu Xの設立についてはこちらをご覧ください。

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