David Blecken
2016年9月14日

エクスペディアは日本の旅行初心者をいかに取り込むか

米国の大手オンライン旅行予約サイト、エクスペディアは、アーリーアダプター(初期少数採用者)に焦点を当てて日本に参入してきた。いまだに実店舗を持つ旅行代理店が幅を利かせる日本市場で、同社はマスセグメントを取り込むべく舵を切る。

ポケモンマスターのニック・ジョンソン氏(中央)を迎える、エクスベアとエクスペディアジャパンのゼネラルマネジャー石井恵三氏
ポケモンマスターのニック・ジョンソン氏(中央)を迎える、エクスベアとエクスペディアジャパンのゼネラルマネジャー石井恵三氏

エクスペディアは先ごろ、全米で入手可能な全てのポケモンを最速で捕まえた「ポケモンGO」プレーヤー、ニック・ジョンソン氏に、パリ、香港、シドニーで地域限定ポケモンを捕獲後に日本へ立ち寄るツアーを提供した。「ポケモンGO」現象の一端となったこのスポンサーシップは、同社のグローバルな取り組みで、「もし当社が日本企業だったら実現しなかったのでは」とエクスペディア ジャパンのマーケティング ディレクター、木村奈津子氏は言う。

一方で同社は、マーケティングにおいて他のグローバルブランドとの差別化を図るために、ローカライズが重要であることも認識している。同社がより幅広い層をユーザーに取り込もうとする今、その重要性は極めて高い。エクスペディアのユーザーは旅の経験が豊富な30~40代が大部分を占めるが、今後は旅慣れていない人や、若い世代のユーザーにも訴求していきたい考えだ。

日本に進出して10年近くになるエクスペディアは、パフォーマンスマーケティング(成果報酬型のマーケティング)に注力してきた。デジタルプラットフォームに集中したことで、一定のブランド構築に成功。また、海外志向が強く、テクノロジーを使いこなせる旅行者を取り込み、強固なユーザー基盤を築くことができたという。一方で、少なくとも最初の数年間は、信用できない「奇妙な海外ブランド」として見られていたと木村氏は打ち明ける。

テレビ広告なくしてブランドなし

信用を着実に獲得してきたエクスペディアだが、認知度と理解度の向上はまだ十分とはいえない。同社のこれまでの成長を支えてきたのは、主にテレビ広告だ。テクノロジーブランドのテレビ広告への投資は、米国であれば明らかに直感に反する行為と捉えられるだろう。しかし、日本では事情が異なり、グーグルのような企業も従来型メディアへの広告に相当な額を投入している。木村氏もまた、日本でのブランド構築に本腰を入れるのであれば、いかなる企業もデジタルのみで成功することはできないと考えている。

「日本でブランドを構築し、事業を拡大するためには、まずはユーザーから信頼される存在になることだと当社は判断しました」と木村氏。「なかなか難しいことですよ。日本ではまだ大企業の方が信用できると思われており、大手だと認識してもらうことが鍵です。デジタルメディアで存在感をアピールするだけでは不十分。一方、テレビCMにお金をかければ、消費者はそれなりに大手と受け止めてくれます。当社はテレビCMを活用することで、ブランド構築の次のステージに進むことができました」

マスマーケットへの事業拡大に乗り出す中で、若いユーザーへの訴求を目標に掲げる同社だが、デジタル広告と並行してテレビ広告への投資も増やすことに価値を見出しているようだ。木村氏は具体的なマーケティング予算は伏せつつ、デジタルとテレビの最適バランスを見出すための実験のようなものと言及。ハイシーズンにはテレビ広告を優先し、オフシーズンには予算の最大80%までをオンラインメディアに配分する。

テレビ広告を出すこと自体の重要性もさることながら、ローカライズしたものを出すことがポイントだと木村氏は強調。そこで登場するのが、2010年から起用されているエクスペディアの日本限定マスコット、クマのエクスベアだ。外部の目には何の脈絡もなさそうに見えるかもしれない。しかし、特に「エクスペディア」という名前が日本人にとって何らの意味も持たず、連想性もないことから、ブランドに親しみを感じやすくする必要があったと木村氏は語る。今でこそ何かにつけてマスコットが使われているが、その当時はソフトバンクの「お父さん犬」やアフラックダックくらいしかなかった。クマのエクスベアを浸透させること自体が、戦略的な一手だったのだ。

モコモコしたキャラクターはエクスペディアのグローバルポジショニングに即していないため、本社のブランドチームの抵抗に遭うのは目に見えていた。そこで木村氏は、マーケティングの同僚にすらアイデアを話さずに、社長の承認を取り付けた。ここでアフラックダックが重要な役割を果たす。木村氏は、アフラックが米国では攻めの姿勢を打ち出す一方で、日本では「かわいらしさと柔らかさ」を取り入れたことを示し、市場ごとの感受性に合わせる必要性をアピールしたのだ。日本でより多くのユーザーを取り込むためにはクマのキャラクターが必要であることを直談判し、社長もこれを受け入れた。

「アフラックの例を示すことで、何とか納得してもらえました」と木村氏は振り返る。「アメリカの本社にいるメンバーには日本のことは分からないので、他の外資系企業のやり方を具体的に示すことが大事でした。おかげで正しい決断ができたと思います」

マスコットの活用

今日の日本には動物のマスコットが溢れ返っており、平均的な消費者に訴求するには創造力を駆使したアプローチが不可欠だ。木村氏によるとエクスペディアでは、ブランド構築とユーザーとの関係構築には、オンラインをより積極的に活用している。一方で、「よほど面白いか笑えるものでない限り、テレビCMと似たようなコンテンツをオンラインに持ってきても、ほとんど注目もされず、オンライン上でシェアされることなど望めない」と現実的だ。

エクスペディアのオンライン上での展開には、課題や競争の要素が織り込まれたものが多い。例えば、オンライン動画の「隠れエクスベアを探せ!」キャンペーンでは、見つけた人に旅行クーポンが当たる。従来型の旅行代理店がいまだに優勢な日本市場において、旅の情報を探してこれら代理店のウェブサイトを訪れるユーザーに到達することが、エクスペディアにとっての優先事項だ。エクスペディアのウェブサイトを見てもらい、使い方の感覚を掴んでもらうことが鍵となる。「その場ですぐの利用につながらなくてもいいのです」と木村氏。エクスペディアの使い方に関するクイズに答えるとクーポンがもらえるキャンペーンも試したという。

「当社では、ウィンドーショッピング感覚で訪れるユーザーに注目しています。クイズをやってみて、クーポンが人目を引くための単なる仕掛けではないことを理解してもらえればいいと思っています。そうすれば、そのときは予約をしなくても、いずれ戻ってきてくれますから」(木村氏)

同社はまた、さまざまな業種とのコラボレーションにも積極的だ。最近のタイアップには、ネスレ、ギャップ、より良い眠りをサポートする商品を開発したオムロンなどがある。オムロンの新商品を購入するとエクスペディアのクーポンが当たるキャンペーンで、オムロンのクリエイティブにもエクスベアが登場。オムロンのバナーからのクリック率が上昇した。このような取り組みは今後も増えていく見通しだ。「日本のブランドと協業することで、新しいセグメントに到達することができると考えています」

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:田崎亮子)

提供:
Campaign Japan

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