David Blecken
2018年4月19日

ソレル:広告界に残した大きな足跡と、その将来

WPPのCEOを長年務め、現代の広告界の業態を築き上げたとも言えるマーティン・ソレル卿。その辞任で、業界は再び変わろうとしている。

ソレル:広告界に残した大きな足跡と、その将来

世界で最も権勢を誇る広告代理店のCEOの突然の辞任は、ある種の人々にとって朗報だろう。ソレル卿は賛否両論の多い人物で、広告を「商品化」し、クリエイティビティーを退化させたと考える向きは少なくない。

その他の人々にとっては、彼の辞任は不吉な変化の始まりを意味する。すなわち持ち株会社が分裂し、広告ビジネスが内向きかつ非グローバル化していく予兆であり、ビジネスリーダーたちに業界の価値をアピールできる、信用ある代弁者を失うことだ。

いずれにせよ、1つ明確なことがある。ソレル卿のビジョンが、今の世界の広告ビジネスの形態を作り上げたということだ。以下、彼がこれまで広告界に残した功績と「ソレルなき後」の将来を総括する。

ソレル卿とWPPは実質上、「一心同体」

スティーブ・ジョブズとアップルがそうであったように、ソレル卿とWPPは一心同体だった。近年の業績不振が実質的に彼を辞任に追いやったようにも見えるが、WPPはそれによって更に大きな打撃を被った。ソレル卿の辞任が発表された後、同社の市場価値は10億米ドル(約1080億円)下落。後継者が誰であろうと彼のような影響力と存在感を発揮できるとは思えず、WPPの将来に暗い大きな影を落とす。

ソレル卿は、真に大局的な考えの持ち主

彼は典型的な広告マンではなかった。1985年にWPPをスタートさせたとき、業界は彼のことを「侵略者」と見なした。現在のコンサルティング会社に対する認識とほぼ同じだ。1989年にオグルヴィを買収した際、デイヴィッド・オグルヴィが彼のことを「鼻持ちならない糞ガキ」と評した話はよく知られている。

毎年恒例のダボス会議の常連だったソレル卿は、広告界にとどまらず世界経済の動向を的確に予測できる希少な存在だった。広告界の他のリーダーたちがビジネスと経済への洞察を欠くなか、彼の見解は広く信望を醸成。またWPPの体制を整え、広告を投資対象のビジネスに変えた。クリエイティビティーやその意図は重んじなかったが、クライアントのビジネスに広告(及び、他のコミュニケーション手段)がいかに効力があるか、証明することに腐心。そういう意味で広告界のクリエイティブに携わる人々は、彼らが考える以上にソレル卿から恩恵を受けていると言っていい。

1つの国や都市に根差していなかった彼は、世界中に同じ尺度の「WPPモデル」を適用しようとした。簡単に言えば、広告界で彼ほどグローバルな視野を持った者はいなかったし、世界の出来事への卓見で業界を超えて評価を受けた者はいなかった。広告代理店がかつてないほどの難局に直面している今、業界に直言できる人物がいなくなったのだ。

アジア広告界、最大のサポーター

ソレル卿は他のライバルたちに先駆けて、急速に成長するアジア市場でのビジネスチャンスを察知し、活用した。彼の初期の実績で重要なものの多くは、アジアで成し遂げられている(下記のWPPの軌跡をご覧ください)。

「マーティンはどの持ち株会社のリーダーよりもアジアを重視し、その成長に寄与しました」と話すのは、コンサルティング会社R3のグレッグ・ポール社長。同氏はWPPがアジアで成功した主要因として、中国とインドに早い時期から投資を始めたことを挙げる。細部まで管理を徹底するソレル卿はしばしばアジアを訪れ、この地域とその「楽観性」に純粋に好意を抱いていた。

彼は2011年、Campaignのインタビューで次のように語っている。「私はアジアに来るのが好きなのです。人々がしかめ面ではなく、微笑んでいる地域に来るのは本当に素晴らしいことです」。

WPPに長らく勤めた元社員のニール・ドルウィット氏はこう語る。「ソレル卿がアジア太平洋地域に深く関与したことで、WPP傘下のエージェンシーのプレゼンスはこの地域で非常に大きい。例え持ち株会社がなくなったとしても、他社がこれらの企業と競合するのは難しいでしょう」

WPPが崩壊すれば、他の持ち株会社も危機に

彼は辞任前、CampaignにWPPを再編する意向を語っていた。基本的に傘下のエージェンシーを全て統合し、出来る限りシンプルに仕事を進められる構図を作ろうとしていた。その理由として、「クライアントはエージェンシーのブランドには興味がない」ことを挙げた。

今となってはこのプランが実現するかどうか分からないが、アナリストは「持ち株会社の傘下に全企業を収める構造は解体した方がいい」と提言する。ジェイ・ウォルター・トンプソン(JWT)でアジア太平洋地域のCEOを務めたトム・ドクトロフ氏は、ソレル卿のプランは「投資家やクライアントが、持ち株会社にはブランドを成長させる能力がもうないと見限ったことの証し」という。

更に同氏は、「持ち株会社は明確な価値の提案ができなくなった」と語る。「もうWPPは、可能性の限られた何百という企業のP&L(損益計算書)の集積所でしかないのです」。現代の広告界の持ち株グループがWPPモデルをひな形にしていることを考えると、「業界全体が存亡の危機に直面している」。

「成長を促すという明確な目標を持ったシステムに根本から作り直すか、さもなければハイエナのような投資家たちにバラバラにされてしまうかのどちらかでしょう」

この意見を大げさと捉える向きもあろうが、「解体」自体は悪いことではないだろう。一度解体された企業が成長を遂げた例は、他分野では少なくない。ヘッジファンドは既に大手代理店株の大規模な空売りを始めた。グーグルとフェイスブックの複占状態が強まり、アマゾンの潜在的脅威が差し迫る中、代理店は長く生き残るために何らかの変革が不可欠だ。WPPの動向は、他社にとって今後進むべき指針となるだろう。

ソレル卿は「終わった」わけではない

多くの人々は、ソレル卿が死ぬまでWPPを主導していくと考えていた。彼が今後、新しい持ち株会社を始めるようなことはないだろう。だが同様に、彼ほど精力的な人物が簡単に引退するとも思えない。考えられるシナリオは投資家や会社役員、メディアのコメンテーターなどに転じることだが、広告界以外の大手企業のトップになることも十分にあり得るだろう。

アジアで影響力を誇るWPP 1985年からの軌跡

1985年:マーティン・ソレル氏がワイヤー製バスケットの製造メーカー「ワイヤー&プラスチック・  プロダクツ」社を67.6万米ドルで買収し、経営権を取得
1987年:WPP、ジェイ・ウォルター・トンプソン(JWT)に敵対的買収を仕掛けて5.66億ドルで買    収、広告界に進出
1989年:NASDAQ上場の翌年にオグルヴィ・グループを8.64億ドルで買収
1989年: 日本のバブル景気のピーク時に、JWTの都内の資産を2.05億ドルで売却
1989年:中国で初となるWPP取締役会を、広州の珠江国际酒店(パールリバー・ホテル)で開催
1997年:マインドシェア(香港)設立;ベイティー・アド(Batey Ads)の資本を37%取得
1998年:広告国内3位、アサツー ディ・ケイ(ADK)の資本の20%を出資
2000年:ヤング&ルビカム・グループを46億ドルで買収
2003年:コーディアント(Cordiant)を買収;ベイツ(Bates)がアジアに特化したエージェンシー    「ベイツ141」として再出発
2003年:グループエム(GroupM) 設立;オムニコムとのコンペでHSBCをクライアントとして獲得
2005年:グレイ・グローバル・グループを買収
2006年:中信国安(Citic Guoan)、グレイならびにWPPとの14年間にわたる提携を解消
2008年:アジェンダ(Agenda)を買収、ワンダーマン(Wunderman)のアジアでの事業が40%拡大
2011年:オムニコムを抜いて世界最大のマーケティンググループに
2012年:AKQAを買収
2015年:グループエム、エッセンスを買収
2017年:WPP傘下のMECと マクサス(Maxus)が合併し、ウェーブメーカー(Wavemaker)が設立
2017年:WPPがベインキャピタルとの激しい応酬の末、ADK株の売却で合意
2018年:WPP 傘下のコーン&ウルフ(Cohn & Wolfe)とバーソン・マーステラ (Burson-Marsteller)が合併

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉、田崎亮子)

提供:
Campaign Japan

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