David Blecken
2017年7月07日

新時代のクリエイティブプロセス 〜 「電通総研Bチーム」に迫る

これまであまり取り上げられることのなかった、少数精鋭のクリエイティブユニット「電通総研Bチーム」。様々なスペシャリストをつなぎ、ユニークなソリューションを生み出す。

倉成英俊氏、キリーロバ・ナージャ氏
倉成英俊氏、キリーロバ・ナージャ氏

インタビュー・シリーズでお届けする「新時代のクリエイティブプロセス」の第1回。日本企業における斬新なクリエイティブプロセスやブランディング、マーケティングへの取り組みを随時ご紹介していく。

電通には専門性の異なる部署やチームが無数に存在する。正直に言うなら、彼らが提供するサービスの質は一律ではない。だが、電通総研Bチームという存在に関しては唯一無二だ。その実態は、「2軍」的イメージを与える名前からはかけ離れている。

電通のシンクタンクである電通総研の中に、Bチームがひっそりと設けられたのは3年前のこと。その中心は、共に元コピーライターで9年間一緒に仕事をしてきた倉成英俊氏とキリーロバ・ナージャ氏だった。今の彼らの仕事は、テレビのような広告媒体とは一切関わりがない。言わば、幅広い分野にわたる社内外のスペシャリストたちから成る緩やかなネットワークを活用し、クライアントに創造的で有益なサポートを行っていくコラボレーションユニットだ。最も重要な点は、一見まったく関連のない分野の核心を両者が見抜き、それらを有機的に組み合わせていくこと。結局、それこそがクリエイティビティーの神髄なのかもしれない。

Bチームが実際にクライアントと仕事を始めたのは、この1年ほど。チーム内でフルタイムの社員は5人で、彼らが他の部署の40人余りとネットワークを構築。皆、本業以外の得意分野を持つ面々だ。本業がレコードで言う「A面」ならば、趣味などの得意分野は「B面」。その時々の仕事に応じ、彼らは更にネットワークを拡大していく。例えば倉成氏は、プロダクトデザインに携わっていた経験からデザイン関係のつながりが深い。ただし、「誰と仕事をするにせよ、一緒にビールやお茶を楽しく飲める人としか仕事をしません」。「たとえ強烈なB面を持っている人でも、チームや仕事の雰囲気に融け込めなければうまく行きませんから」とキリーロバ氏。適切な人材を見つけ出すことは、「思うよりずっと大変です」。

これまで手がけたプロジェクトは、生徒のクリエイティビティーを育む新しいタイプの学校の創設や、現在進行中である新しいコーヒーの開発など。こうした取り組みにSF作家からバックカントリースキーヤー、医師、ストリートカルチャーの専門家、建築家、そして平和活動家……と、実に多彩な人々の知力を結集させた。

このようなプロジェクトにテレビCMを制作していたスタッフが携わるのは、やや奇妙かもしれない。だがキリーロバ氏は、「クリエイティブとして様々な条件の下で会得したスキルを、存分に応用できる」と話す。同氏は日本育ちのロシア人で、新卒で電通に入社した。「電通のような日本の広告代理店のクリエイティブチームは、欧米の代理店のそれよりも柔軟性があります。景気が良かった頃と比べれば、仕事のやり方に制約が増えたでしょうけれど」。

倉成氏は、「Bチームの仕事は電通のDNAを直接的に引き継いでいる」と話す。「仕事へのアプローチは、1970〜80年代の広告業界に似ています。当時の仕事のやり方は、もっと遊びに近かったですから」。Bチームも同様で、オフィスや会議室から出来るだけ抜け出し、人間観察や「実地調査」ができる公共のスペースに集結する。ブリーフィングやパワーポイントによるプレゼンテーションとも無縁だ。先日、日本のあるマーケターがCampaignにこぼしていたが、クリエイティブであるはずのプレゼンテーションの場に30人もの人々が集まったにもかかわらず、そのほとんどがまったく発言をしなかったという。まさに、対照的な慣行だろう。

電通の顧客リストには3千から6千の企業が載っており、クライアントを見つけるのは難しくはない。だが、各企業の目標を把握することは容易ではない。キリーロバ氏は、他の電通の部署とBチームが大きく異なる点として、「普段私たちがじかに交流するのは、企業のCEOやエンジニア、新しい事業やイノベーションの責任者たち。いわゆるマーケティング担当者ではありません」。これは、ブランディングやマーケティングの世界で存在感を高めつつあるコンサルティング企業と、電通が同じ土俵で勝負できることを物語っている。だが、「クライアントのほとんどが何をしたいか分かっていない」とキリーロバ氏。「我々の仕事のやり方を信頼してくれるからこそ、我々のところに来てくれるのでしょう」。

プロジェクトはクライアントとともに立ち上げるが、時には話し合いだけで何カ月にも及ぶことがある。プロセスにはたっぷりと時間をかけ、形式張らない。アイスクリームを食べながらのおしゃべりが仕事に具体化することも。「それこそが、リサーチの進め方と言えますね」とキリーロバ氏。「数カ月経って、クライアントの思いがようやく分かってくる。ブリーフィングがあまりに明快だと、何も提案できなくなることがあります。ブリーフィングがない方が、実際の課題を把握できるチャンスが広がりますね」。どのような案件でもクライアントが狭い考えにならぬよう、「新しい業界のことや思考法を知ってもらうことは不可欠」とも。

そうした確信を得るため、この3年間は様々なプロセスを試してきた。今、電通のクリエイティブの責任者たちは、より多様性を取り入れ、テレビへの依存度を減らす必要性を実感している。Bチームは、そんな彼らに間違いなくインスピレーションを与えられるだろう。Bチームの強みは「小さい」ことと、賞を取らねばならないプレッシャーから無縁なこと。倉成氏もキリーロバ氏(かつてカンヌライオンズのチタニウム部門でグランプリを受賞した)も、この業界では「成功のバロメーターとして広告賞に重きが置かれ過ぎている」と語る。キリーロバ氏は、「過去の受賞は私のキャリアに何の影響も及ぼしませんでした。クリエイティブに関する賞は日本では重要ではありません」。優れた作品からインスピレーションを得るのは良いことだが、「世界の広告界で何が起きているかを学ぶだけでは、イノベーションにはつながりません」と倉成氏。「それに、テクノロジーが全てというわけでもありませんし」。

「今日の問題を解決するために、常に最新のテクノロジーやち密なプロジェクトが必要なわけではない」とキリーロバ氏。「簡単なアイデアでも問題を解決することができるのです。私たちの使命は、賞を取るための素晴らしいデザインを生むことではなく、より本質的課題に取り組むこと。クリエイティブに携わる多くの人々が、そうした飛躍的な考え方に二の足を踏んでいます。でも、そうした思考の変化は避けられないことなのです」。

(文:デイビッド・ブレッケン  翻訳:高野みどり  編集:水野龍哉)

この記事は、シリーズでお届けしている「新時代のクリエイティブプロセス」の一環です。

提供:
Campaign Japan

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